第十幕 「浮き沈みする情緒」
※田口アム視点
「……は?」
え? えっ、え?
――――――――#
機械名 人形型爆弾
詳細 製作者・製造会社不明
爆発物、取り扱い注意、残り時間17分
――――――――#
えええええええええええええええ――ッ!!!!???
「な、なにこれ。え? えぇ?」
人形型爆弾? それって、あの爆破事件の?
嘘だ、そんなバカな。
どうしてそれがこんな場所に……。
って……。
「残り時間……17分?」
やっと理解した。
目の前の持っている可愛らしい象のぬいぐるみが、
今まさに起ころうとしている大事件の。
大きなスターターピストルだったのだ。
その日、港区のとある裏路地で。
この日本を震撼させ、絶望へ導いた。
数日前の悲劇。
無差別爆弾テロの延長線。
いいや、あの続きが。
理解、そして同時にくる動揺。
「起動してる!! 爆弾が、起動してるでやんす……!」
17分と言う表記から察するに、これは爆弾の起爆時間だった。
拙者はとんでもない物を今手にしている。
爆弾、数日前死者も出したあの爆弾だ。
ど、どうしよう。
「いやっ、……ヒーロー、ブルーメさんを!!」
その時の田口は頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
彼はもちろん普通の人間。
人を殺す程の兵器も唐突に手にし。
冷静でいられるわけなかった。
そして、その冷静ではない頭脳で結論を導き出す。
ヒーローを呼ぶことだ。
その思考から発展して。
先ほどまで一緒に居たヒーロー、ブルーメへと思考が移る。
「ひっ!」
田口はぬいぐるみをその場にゆっくりと置き。
そのまま来た道を逆走した。
考えれば、機械マニアである田口が。
小さな衝撃程度であの爆弾が起爆しないのは考えれば分かるはずなのに。
慌てていた弊害だろう。
そこまで思考は回らなかったのだ。
不格好な走り方をしていた。
「はっ、ハァ!!」
拙者だってこんな精一杯走ったのは小学生ぶりだ。
だって、誰が思うか。
誰がこんなことに巻き込まれると思うか。
なんで、どうして、拙者が?
あぁ、もう。
だから偶然は嫌いなんだ。
数分走って、やっとの思いでソウタ氏やブルーメさんと別れた道までやって来た。
そこまで距離が離れていなかったからのもあるけど。
体力全部りの走りが功を奏したらしい。
拙者は壁に片手を置き、数秒息を整えてから。
顔をあげた。
「………」
すると、目に写ったのは。
「これでやっと二つ目かぁ」
本来、裏路地の入口に当たるその場所は。
人気が無く。
外の明るい太陽光の影に位置するそこには。
知らない黒ずくめの悪党が。
文句を吐きながらぬいぐるみを置いていた。
――――。
「他の班に比べたら遅れているぞ、もっと手際よくやれ」
「あいあい」
ゴミ袋の山に向かって。
ゴソゴソと何かをしているその連中を見て。
拙者は出来るだけ息を殺しながら。
奴らを観察し始めた。
3人のガラの悪そうなゴロツキが。
ゴミ袋の束に向かって何かをし。
その後ろでサングラスをかけた人間が。
苛立っている様に言葉で焦らす。
「時間が無いぞ、急げ」
「わーってるって。少しうるさいぞ」
「ったく。お堅い連中だな」
後ろのサングラスの男は。
右手首に巻いている腕時計を気にしているらしかった。
その時点で、拙者の頭の中で。
とある結論が飛び出す。
「――あいつらが仕掛けているの?」
始めて見る、悪党の姿。
テレビか何かで見た事がある悪党と比べ。
全くと言っていい程コミカルさが無く。
不衛生な見た目、不貞腐れた態度。
群れて出る嫌な気味の悪さが拙者の印象に強く残った。
「ど……どうしよう」
拙者はどうすればいいのだろうか。
ヒーローであるブルーメさんを呼ぶには。
あそこまで出て行って別の道へ入らなければいけない。
でも、目の前には悪党が悪さをしている。
後ろには爆弾、前には悪党。
逃げ道を全部塞がれ、拙者は思いつめる。
どうすればいいか。
どうすれば助かるか。
分からなかった。
――そうだ、電話でヒーローを呼べば。
いいや、もう間に合わないだろう。
ヒーローが向かう時間で起爆してしまう。
爆発処理班へ直通に電話できる番号とかあればいいのに。
それに電話なんてしてしまったら。
拙者は目の前の奴らに見つかるかもしれない。
リスクがある。
だから怖くなって、すぐ行動へ移せない。
「設置終わりやした」
「了解だ、次のポイントへ急ぐぞ」
でも、それしかないんじゃないか?
拙者が今できる事、それはヒーローに事態を知らせる事だ。
そもそも、間に合わないだとか言っている場合じゃない。
これは由々しき事態である。
早くしなければ、被害がでる。
死者もでる。
「………」
拙者がやらなきゃいけないんだ。
拙者が決めなければいけない。
電話をして、ヒーローを呼ぶべきなんだ。
だから……。
「おいおじさん」
「へ?」
頭上、頭上だった。
向こうで鳴り響いていた声が、今、頭上で。
頭上……あぁ、なら、そっか。
「お前、スマホ持って何しようとしてんの?」
その言葉と共に。
拙者が持っていたスマホに。
男は拳を振りかざし。
スマホは地面に落ちて。
その流れで拙者は一発パンチをお見舞いされた。
初めての暴力。
最初は何が起こったのか分からなかった。
でもすぐ殴られたことに気が付いた。
痛かったからだ。
そしてやっと、頭の中だったけど言葉を発することが出来た。
ば、ばれたぁ。
「あ? どうしたー?」
ど、どどどどどどどうしよう!!
慌ててどうにかなりそうな。
そんな拙者を見下すような視線で覗き込んでくる。
拙者は無意識に顔を上げた。
するとそこには、
両目にたまった涙越しに見えてきたのは。
さっきまで目の前で屈んでいた、チンピラの一人が。
拙者に『拳銃』を突き付けている場面だった。
「ひっ、ひぃ!」
拳銃、始めて実物を見る銃。
黒くて、思っていたより小さくて。
そして突きつけられていると。
全身が嫌悪するような。
すぐさま逃げ出したくなるような。
悪寒が走った。
「目撃者か?」
低く、体の芯が震えそうな声が飛んでくる。
サングラスの男が。
ゆっくりと拙者を見ながら近づいてきたのだ。
「どうやらそうみたいですぜ、こいつ、見てやがった」
「なるほどねぇ……」
「どうしますかね? 始末しますか?」
そう言った瞬間、チンピラは少し嬉しそうに笑った。
恐らくこのチンピラの男は、人を殺すことになんの躊躇いもない。
なんのストッパーもない。
本物の殺人鬼、悪党なのだ。
「もちろん始末するさ」
「あい。了解で~す」
やっぱりそうですよねぇ~。
「――――」
……あぁ、どうしてこうなったんだろうか。
拙者はただ、好きな事を続けたかっただけなのに。
好きな事で生きていたかっただけなのに。
悲しいなぁ。
苦しいなぁ。
どうして。
どうしてこうなるんだ。
「………」
好きな事に前のめりになる度に、他人はどんどん離れていった。
前のめりに前のめりに。
自分の理想へ近づけば近づくほど。
いつの間にか、ふっと消えていった。
みんないなくなった。
たった一人になったと思った。
でも違った。
自分の好きな事が活かせる仕事を見つけた。
大好きな事が出来る場所を見つけた。
少し話が合う異性と出会った。
拙者らを大事にしてくれる先輩に会った。
……でも、もう終わりらしい。
「――――」
拳銃にぐっと力が籠る音がした。
これから殺されると言われて、拙者は慌てなかった。
もちろん怖かったけど。
人間、どうしようもできない状況になると。
動く気力がなくなってしまうらしい。
ははっ。
結局最後まで、真の意味で分かり合えた『友達』はいなかった気がする。
ずっと孤独で、
ずっと心に穴が開いていた。
あぁ~あ。
ねぇ。
僕のヒーロー。
僕は、変われなかったよ。
「だが、拳銃でやるのは賢くない」
「ア?」
ふと、サングラスの男がそう言った。
その瞬間、チンピラは不機嫌そうな視線をサングラスの男に向ける。
「拳銃の銃声を考えていないのか? それにまだ作戦実行中だぞ」
……た、確かに。
銃声を今出せば。
この路地裏で音が響き。
異変に市民が気づくのだろう。
するとヒーローに連絡がいって。
爆発はどうか分からないけど、この人たちは恐らく逮捕される?
「……なら、どうすんだよ」
「――――」
そのチンピラは言いながら、拳銃を自分のホルスターに仕舞った。
あっ、あぶないぃぃぃぃ。
命拾いしたあああぁぁぁ。
力抜けるぅぅぅぅ。
これでとりあえず一安心だぁ。
あぁ、心臓痛った。
痛かったぁ。
「どうせならあの爆弾の近くで縛っておけばいい。爆死ならいいだろう」
「………」
……え、爆死?
「はっ、つまんねぇの」
「つまんないだと? 爆死はこの場で理想的な判断だ。警察捜査のかく乱にもなるしな」
「はいはい。いいですよミミさん。分かりました分かりました。ミミさんが全て正しいです」
「お前ら……不貞腐れるのもいい加減にしろよ。まぁいい」
サングラスの男は拙者に背中を向け、つぎの瞬間何かを持ってきた。
「こいつ縛ってそこらへんに捨てる。文句はあるか?」
「だからねぇーって。ミミさんがすべてただしーです」
「あ、あのぉ……慈悲だとかはありませんかね?」
「ん?」
肩の力が抜けたせいか。
拙者は助けを乞うような瞳で慈悲を求めることができた。
一度安心してしまったからだろう。
まるで人質から出る言葉ではないのは分かっていた。
その申し出に、サングラス男は顔色一つ変えず。
「ないね、自分の運の悪さを恨むといいよ」
「……」
……終わった。
本当の意味での終わり。
拙者の人生は、ここまでだったんだぁ。
サングラス男はロープを広げる。
その途中で「あ」と声を出し、仲間のチンピラへ視線を向けた。
「おいお前。そのスマホ回収しとけ」
「ん? あぁ、うっす」
命令された男は、変な顔をしながらこちらに向かってくる。
そして、拙者が落としたスマホを拾い上げられた。
ついに助けを呼べる唯一の切り札が奪われた。
拙者はスマホを持っていかれたら本当に終わりだ。
生きて帰れない覚悟を……というか、焼け死ぬ覚悟をした方がいい。
まだ20年くらいしか生きてないけど。
この歳で死を覚悟するとは、誰が考えるか。
……現実逃避が凄いな。
なんで他人事なんだ拙者は。
「ん? あれ?」
「どうした?」
すると、拙者のスマホを持ち上げた男がそう疑問符を打つ。
サングラス男はチンピラ男に反応し。
周りの視線が拙者のスマホに集まった時。
――真っ青な顔をしたチンピラの男が口を開いた。
「……通話中になってます」
「……は?」
通話中になってます。と言う言葉が響いた瞬間。
拙者は自分の手元に。
何かがある事に気が付いた。
それを最初は訳も分からず。
その不思議な感触を触っていたのだが。
触り続けて気づいた。
「――貴方たちは、自分らの運の悪さを恨むといいわ」
それは蔓植物の感覚だと。
頭上、人型の影が言葉を発した。
サングラス男始め、チンピラの男達。
そして拙者が頭上に視線を向ける。
するとそこには――蔓植物にぶら下がり。
こちらを静観していたヒーロー。
「悪党に名乗るのは気が引けますが、これでも仕事ですので、僭越ながら」
白い瞳……から一転。
澄んだ青色の美しい瞳からは本気の戦意を感じた。
地面に付きそうな長い白髪は、
空中で舞う中で赤く苛烈な色から深い悲しみの青色と、グラデーションを刻んで。
着地した彼女は両手をクロスさせ。
その手には蔓植物が纏わりつき。
「――私の名はブルーメ。『植物ヒーロー』ブルーメです。以後、お見知りおきよ」
一気に両手を引くと共に。
拙者以外の悪党の足は取られ。
「うっ、うわあああ」
気が付くと。
チンピラの男やサングラス男含め。
空中の蔦の中に体を囚われていた。
「くっ、くそが!」
「いつからいやがったヒーロー!!」
「田口さんも知らないようなのでお教えいたします」
捕まった悪党らの声に耳を傾けながら。
ブルーメさんはこっちへ振り返り。
「ヒーローは常に耳に通信機を付けているのです。事務所に通報があった時点で、私に連絡がくる」
そうだ、忘れていた。
ヒーローって言うのはすぐ現場へ向かえるように。
耳に通信機を常に付けているということを。
「で、でも……拙者通話なんて」
「恐らくですが、通話画面の状態で落としていませんか?」
「え……?」
「これは偶然でしたが。スマホを落とした衝撃か、それとも落とす直前に画面に誰かの指が当たったか。そのどちらかの要因で、通報(恐喝)は事務所へ届いていたのです」
な、なるほど。
それは、本当の偶然みたいなものじゃないか。
「……ははっ」
嫌いな偶然に助けられることもあるんだなぁ。
「ところで田口さん、こんなことに巻き込んでおいて本当に気が引けるのですが、頼みごとをしてもいいでしょうか?」
彼女、ブルーメさんの髪色が青色に変わる。
『植物ヒーロー』ブルーメの能力は植物音楽。
歌声に合わせ携帯している蔦植物を操る能力だ。
普段色素のない見た目をし、
真っ白い瞳、
真っ白い髪の毛、
真っ白いワンピースで着飾った彼女だが。
能力を行使する際、彼女の潔白は綺麗なグラデーションを描くという。
諸説あるが、彼女の感情によっても髪の毛や目の色が変色するらしい。
「あなたの能力を借りたいのです。爆弾を見つけ、回収する為に」
「拙者の能力で……やんすか?」
「拙者?」
「あ、僕です僕」
「まだ起爆時間が分からない以上、地道に回収するしか手はありません」
「………」
「あなたの後輩さんもまだ緊急事態を知らない可能性もありますし。探す必要がありそうです」
「…………」
「とにかく、先ほど捕まえた方々から情報を」
「あの、すみません」
拙者の割り込みに無表情で振り向くブルーメさん。
少し言いにくいが、言わなければならないことがあった。
「恐らく起爆までの時間はありません、僕の能力は機械の詳細までも閲覧できます。先ほど僕が見たときは17分でした」
「えっ、17分?」
その事実を聞いた彼女は。
顔が真っ青に染まった。
「……ええ、そしてそれから数分経った今、恐らく時間は」
「………」
「……」
「……どうしましょう、爆弾処理班を呼ぶにも時間が足りない。応援は呼んでいるけど、間に合うかしら」
絶望的。
ヒーローがいても既に事は刻一刻と最悪へ向かっている。
今の口ぶりから増援は望めない。
爆発処理班が来るのにも時間が掛かるらしいし。
つまり、言ってしまえば。
『拙者とブルーメさんしか現場で動ける人間がいない。』と言う事だ。
たった二人でこの絶望的状況を打破できるか。
……無理だ。
「……私達では収集が付かない」
「――――」
「ここは市民の避難を最優先に」
「――――」
……でも、まって。
確かに今この状況で。
僕らが出来る事は無いのかもしれない。
でも考え方を変えてみたら。
「………」
ある。
出来る事は、一つだけあるんだ。
ある意味賭けで、
ある意味命知らずで、
ある意味無謀で。
でも、たった一つの可能性に賭けれるのなら。
拙者は、あがきたい。
拙者はヒーローじゃない。
でも人間のつもりだ。
出来る事なら誰も犠牲者を、被害者を出したくない。
もう一度言う、拙者はヒーローじゃない。
でも。
出来る事は確かにあるのだ。
それは……。
「ブルーメさん、もしかしたら僕、爆弾を解除できるかもしれません」
――――。
拙者はもちろん爆弾の知識を持っていない。
あの世紀の大超人犯罪者であり、
大発明家とも呼ばれているアメリカの悪党『デストロイ博士』の様に。
爆弾を探求し、
爆弾と共に生き、
爆弾と共に世界を混乱の渦に叩き込んだ。
あの大超人犯罪者とは、もちろん違う。
拙者はあくまで機械いじりが好きな一般人。
でも、一般人よりはそれを職業にするくらい技術がある。
拙者はゴミの塊に視線を移すと、UIが表示された。
起爆まで残り12分。
爆弾本体はやっぱりぬいぐるみの中の綿にねじ込まれていた。
持ち合わせにあったハサミでぬいぐるみを切り。
中の綿から硬い物を取り出す。
「っ……」
形状は小さい。
恐らく軽量化の為、本当最低限の物で構成されているのだろう。
火薬と制御盤、そしてタイマー。
その三つの組織が丸裸でセットされていた。
拙者がこれからするのは制御盤とタイマーを繋ぐケーブルの切断だ。
タイマーは小さなパネルに秒読みで写されている。
この線を切れば、タイマーの信号が制御盤へ届かず。
時間になっても起爆しないように出来るはずだ。
アクションものの映画でよくある作業だけど。
何色の線を切らなきゃいけないだとかは関係ない。
だって拙者はこれでも本職の人だ。
制御盤がどういう物か、
このケーブルがどういう役割を補っているのか。
なんなら魔眼の力でもそれは分かる。
だから、ただ切ればいい。
「――――」
「……どう、ですか?」
と、背後からブルーメさんは聞いてくる。
「ふぅ……この爆弾は解除しました。でも、恐らく他の爆弾も、まだあると思います」
「そうですが……一体どうすれば?」
「僕の能力を使えば、見つけられるし、解除も出来ます。だから」
何だかこんな状況で達観しているが。
思えばここまではきはきと喋ったことは。
人生においてあまり無かった気がする。
もちろん拙者は仕事と割り切ればここまではきはきと喋れる。
でも、今の僕は。
殆ど素だ。
「ブルーメさん、僕らで爆弾を一つ残らず解除しましょう!」
なんでか分からないけど、
そんな状況じゃないことは、分かっているけど。
僕は今、とても嬉しかった。




