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ゆずれない想い

作者: いとうゆきひろ

「ゆずれない想い」


鬱蒼と茂る高い木々が上空からの光を遮っている。

そのため、森の中は薄暗くじっとりとしていた。

そんな中をもの凄い速度で走る2つの影があった。それは、何かを追っているかのように辺りを気にすることも無く高速で移動している。

そして、その2つの影は進路を二つに分かれると、相手をあっさりと追い詰めた。

命乞いをする相手を前に、腰の短刀を振り上げると、躊躇うこと無くそれを振り下ろした。


その夜、町の繁華街を抜けた安宿の一室では、一組の男女が仕事を終えて軽い食事を取っていた。

テーブルの上には、さっきの相手を始末した報酬が入った皮袋が置かれている。

食事を食べ終え、女が皮袋に手を乗せると、その手を包むように男が手を重ねた。


「あぁ、やっとこれで私たちも自由になれるのね」

「そうだな。 …長かったよ。10年も掛かってしまったけど、晴れて自由の身になれる。本当に良かった。これからは俺たちの好きなように生きることができるんだな」

「ええ、そうね」


安堵の表情を浮かべて見つめ合っていると、部屋の扉がノックされる。

2人は顔を見合わせて頷くと、男が立ち上がって部屋の扉を開けた。宿の廊下を照らす薄暗い照明ではフードに隠された顔ははっきりと見えないが、この訪問してきた男は2人の良く知る人物であったため、そのまま部屋へと招き入れられる。

そして、当然のように椅子に腰掛けると、懐から一枚の紙を取り出してテーブルに置いた。


「リーファ。来て早々で申し訳ないが、これを見てくれるか?」

「ガーランド。それよりも先にすべきことがあるんじゃないか? 俺たちは組織の人間じゃない。先の仕事で務めは果たしたはずだからな」


リーファはガーランドが置いた紙を手に取って見る訳でなく、冒頭に書かれていた『重要人物』と言う文字を見て、ガーランドがここに来た理由をある程度察していた。


「リーファ、ルニア。これは組織からではなく、俺からの頼みとして受けてくれないか?」

「なぜ? 貴方のところには私たちよりも有能な人がたくさんいるじゃない。私たちじゃなければいけない理由は何かあるの?」

「よせ、ルニア。どうせ使い捨ての駒が必要なだけなんだよ。つまり、潜入しての暗殺だが、脱出は不可能だと言う事だろうな」

「…っ!!」


ルニアが驚き思わず口を塞ぐ。

リーファは、テーブルのグラスを一口煽ると正面に座るガーランドを睨む。

その不満の気持ちが睨む目に宿ったのかも知れないが、ガーランドは謝る素振りも見せずに話を続ける。


「勘違いしては困るぜ。リーファとルニアならその困難な仕事もこなせると思ったんだよ。お前たちがバカな部下に嵌められて借金奴隷にされる前の盗賊団で培った技術は俺たちでも敵わないと判断したからこそ、お前たちに頼みたいのさ。もちろん、ボスから別に報酬も出るぜ?」


自分たちの組織には被害が出ず、リーファたちは成功報酬が出る。お互いに悪い話じゃないだろう? とガーランドが話を切り出したのには理由がある。

リーファとルニアは借金奴隷で、返済金の支払いが極めて困難な場合に限り、途中で逃げ出さないように借主と主従契約を結ぶものだ。

そんな奴隷契約も先の仕事で終了となったのだが、これから暫くは日銭を稼ぐような仕事をすることになる。

リーファ1人なら何の問題もないのだが、ルニアには不自由な思いをさせたくない。

今まで一緒に借金を返済するために欲しいものも我慢してきたのだ。

そんな中でのガーランドからの誘いだ。

こちらが不利であることを知った上で、目の前に魅力的なエサをぶら下げてきている。

やがて、リーファが小さな溜め息を吐くと椅子の背もたれに体重を預けて天井を見た。


「ふぅ… 仕方ないな。詳しい話を聞かせてくれ」

「よしっ! そうこなくちゃな!」


リーファからの返事を予想していたのだろう。

ガーランドは懐から数枚の紙を取り出すとテーブルの上に置いた。


「さて、本題だ。よく聞いてくれ」


それは、どこかの屋敷の図面が書かれているのだが、リーファがこれまでに見たことの無い規模の屋敷で、敷地そのものも巨大なものだった。

それを見て、リーファは頭を抱えると大きな溜め息を吐いた。


「はぁ~… 何だよこれは。どこかの要塞か何かか? いくらなんでも巨大過ぎるだろ!」

「いやいや、こう見えて個人の屋敷だぜ。 …何と、辺境伯のお屋敷ときたもんだ。どうだ? 凄いだろ?」

「…まずは下見をしたい。その上で決行の判断をさせてくれ。もし、やれると判断したら、その時に必要なものも連絡するから用意して欲しい。それで構わないか?」

「まぁ良いだろう。いい返事を待ってるぜ」


結局、こんなにも広大な場所へ侵入し、暗殺するとなると図面だけでは判断できないため、ガーランドには後日、決定した事を話すことに決めると、3人で借金奴隷からの解放を祝うのであった。



=====

==========

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それから数日間、リーファとルニアはガーランドから渡された図面に書かれている屋敷の観察をしていた。

念のため、屋敷からは遠く離れたところで遠見できる魔法を使い、仕事をする上で必要な情報を集めていく。

リーファが見た情報を伝え、ルニアがそれを書き留める。いつしか、情報をまとめた紙は分厚い束になっていた。


「それにしても、凄いお屋敷ね。人の出入りも頻繁に行われているみたいだし、物資の運搬も多いわ」

「あぁ、そうだな。 …だけど、その割には警備の人員が極端に少な過ぎないか? 門番も1人ずつだし、巡回の警備も2人か3人ってとこだ」


2人は、借金奴隷になる前は王都でも有名な盗賊団で、幾つもの貴族の屋敷に侵入しては金品を強奪していたため、貴族の屋敷の警備についてはそれなりに詳しい。

普通なら、冒険者パーティーや騎士団を雇って屋敷の警備をさせるのだが、この屋敷にはそのような警備がほとんど見当たらない。

かと言って、侍女が多いかと言ってもそうではないようだ。

この、いつもとは違った屋敷を見ながら、リーファがルニアに告げる。


「多少の不安はあるが、やろうルニア。これを最後の仕事にするんだ。終わったら、2人でどこかの田舎でのんびり暮らそうぜ」

「いいの? 盗賊団を再建するために頑張ろうって言ってたじゃない」

「構わないさ。お前さえいればいいんだ」

「…ありがとう。とても嬉しいわ。 …じゃあ、最後はバシッと決めなきゃだね」


そしてその夜、ガーランドに仕事を請けることを正式に伝えると、仕事に必要なものを幾つか手配するように頼む。

幸い、それらはガーランドが所属する組織にあったらしく、すぐにリーファの元へと送られてきた。


「さて、これがお前に依頼されたものだ。それと、ボスからの伝言だが、建物は極力破壊しないようにして欲しいってよ」

「なら、自分でやりな、って言ってやれ。こっちも命を掛けてんだ。多少の破壊は必要案件だろ」

「リーファ、準備もオッケーだよ」

「よし、決行は深夜だ。それまでは体を休めておいてくれ」


宿の床に並べた幾つかの道具と武装。

仕事に必要なものの準備を終えたのを確認すると、ガーランドは手を振って出て行き、リーファはルニアと作戦の実行に備えて体を休めるのだった。



=====

==========

====================



そして、その日の深夜。

辺りは皆寝静まった真夜中、例の屋敷のすぐ近くにはリーファとルニアが侵入のため、息を殺して中の様子を探っていた。

相変わらず、敷地内の警備は手薄としか言えないくらいの人員で、リーファたちはすぐにでも早く入り込みたい衝動に駆られていた。


「…よし、行こう。俺が先行するから、ルニアは予定通り遅れて入ってきてくれ」


無言で頷くルニアの頭を優しく撫でると、リーファは音も無く高い壁を難なく飛び越えた。

そして、敷地の内側に入ると、すぐ近くにあった資材小屋へと移動して身を潜める。

それから少しすると、ルニアも同じように息を殺して近付いて来た。


「さて、いよいよだな。 …ルニアは俺のすぐ後に来てくれ。不測の事態になったら、そいつを使って脱出の切っ掛けにするんだ」

「うん。 …絶対に無理はしないでね。2人で一緒に帰ろ?」


リーファが無言で大きく頷くと、2人は作戦を開始する。

まずは、今いる資材小屋から屋敷の外壁に到着すると、そのまま端を目指して進み、そこの窓を割って中へと侵入する。

それからは、ターゲットを発見するために目星を付けた部屋をしらみつぶしに確認していく。

ターゲットを始末したら後は脱出するだけだが、いざと言うときは用意してもらったものを使い、辺りを混乱させた隙を突いて脱出する。

準備段階で、何度も頭の中で実行してきた。

後は実行するだけだ。


屋敷の中に侵入した2人は、更に薄い警備に驚きを隠し切れなかった。

この巨大な屋敷の中は、ほとんど人の気配を感じない。


「これは… 予想以上だな」

「でも、逆に言えば仕事がやりやすいよ。行こう」


それから2人は部屋の確認をしていき、目星を付けた部屋も残りはあと2つになった。

そして、次の扉を開けて中に入ると、部屋の真ん中に大きなベッドが置いてあり、誰かが眠っているのが見えた。

2人は顔を見合わせて近付くと、その人物の顔を確認しようと覗き込んだところで意識を失った。



=====

==========

====================



カタン、と何かがぶつかるような音が聞こえた瞬間、リーファが飛び起きた。

そして、辺りを探すようにきょろきょろと見回し、すぐ隣りで眠っているルニアを見てホッと溜め息を吐いた。


「マイナス15点の減点」


その声にハッとして辺りを探す。

すると、ベッドのすぐ近くに置かれたテーブルで本を読んでいたと思われる人物と目が合った。

上手く状況が掴めないでいると、再び声が聞こえた。


「減点。マイナス10点の上乗せだ」

「は…?」

「は? じゃない。更にマイナス5点の減点だな」


何を言っているのか分からないが、既にマイナス30点の減点になっている。

これが何を意味するのかは分からないが、その表情を読まれたのか、その人物がパタンと本を閉じて机に置くと、リーファを直視する。

その目にはかなりの威圧を感じるが、それ以上にその見た目に驚いた。


「こ、子供…?」

「だったら何だ?」


その、子供とは思えないような威圧。

見た目は10歳くらいの子供なのに、放たれる威圧感は睨まれているだけで心臓が止まりそうなほどで、全身が汗だくになったリーファは動くことすらできなくなってしまった。


「ふぅ… この程度で動けなくなるヤツが、俺を殺しに来たなんて言わないでくれよ?」

「う、あ、あぁ…」

「お? あぁ、悪いな。ちょっと待ってろ… っと、これでいいだろ?」


フッとリーファの感じていた威圧感が無くなると、ベッドの上でへたり込んでしまった。

呼吸は荒く、滝のように汗が流れて息を上手く整えることができない。

その間も少年は、ただ黙って本を読んでいた。

やがて、リーファが落ち着いたのを確認すると、フッと笑う。


「時間が掛かり過ぎだ。マイナス20点の減点だな」

「くそ… 合計マイナス50点じゃないか。一体、何の点数なんだよ」

「そりゃあ、暗殺者としての評価だろ。はっきり言うが、お前は暗殺には向いてない。今までは幸運に恵まれてただけだ。死にたくなければ引退しろ」

「な…」


何も言い返せなかった。

これまで自分は暗殺者としての実績も多く、ガーランドからも高い評価を得ていた。

なのに、目の前の少年の言葉を否定できないのだ。


「まぁ、素人相手としては上出来だろうな。だが、ランクが上がれば違いとなってくる。事実、お前たちはどうやって自分たちが意識を失ったか分からないだろう?」

「…なら、お前は俺よりもランクが上だと言うのか」

「当り前だ。お前の相手など、子供の手を捻るように容易いことだ」

「こ、この… クソガキがっ!!!」


年端もいかないような子供に良いように言われ、リーファの我慢も限界を超えた。

衝動に駆られ、腰の短剣を抜いて斬り掛かろうとした瞬間、自分の首にひんやりとした何かが後ろから押し付けられるのを感じ、またも動けなくなった。

大量の汗を掻きながら見てみると、先ほどまで目の前で挑発してきた少年の姿が消えていて、背後からその声が聞こえてきた。


「更に減点だ。この程度の安い挑発に乗るとは… お前はどうしようもないな」

「…もういい。好きにしてくれ。 …だが、殺すのは俺だけにしてくれ」

「…安心しろ。お前みたいなのは殺す価値が無い。無駄に生かしてやるから、俺の質問に何も反論せず答えろ」


突然、少年の纏う空気が一変し、さっきまでの濃密な気配が消え、怒りを思わせる熱い気配に変わる。

何があったのかは分からないが、どうやら少年の怒りに触れてしまったらしい。

リーファは観念すると両手を上げ、敵意は無く無条件で降伏することを告げるのだった。



=====

==========

====================



「お前の言うことは理解した。そもそも、そのガーランドとか言うヤツに騙されてるって分かってるのか?」

「…分かってるさ」

「なら、聞かせろ。仮にこの俺を始末できた後、屋敷からどうやって脱出するつもりだったんだ? 言っておくが、絶対に無理だぞ? なぜなら…」


少年がリーファに絶対に屋敷から脱出できない理由を話し始めた瞬間、先ほどの濃密な気配を更に上回るほどのプレッシャーを感じた。

しかも、それは一気に増していき、押し潰されるようにベッドに押し付けられた。

その強烈なプレッシャーに、目を覚ましたルニアもリーファと同じように呻き声すら上げられないような圧力で押し付けられている。

そして、いよいよ意識が刈り取られると思った瞬間、スッと解放され、リーファとルニアが荒い息で脱力する。


「セレス。初心者にはちょっと刺激が強過ぎるんじゃないか?」

「いいえ。そのようなことはありませんわ。貴方を襲撃しようなんて考える輩ですのよ?この程度、むしろ足りないぐらいですわ」


フンッと鼻息を荒くしながら部屋に入ってきたのは、背の高い金髪のウェーブが目立つエルフの女性だった。

セレスと呼ばれた女性はゆっくり歩いてくると、少年の隣りで止まり、優雅に跪いた。


「彼女はセレスティーナ。俺の婚約者であり、最強の護衛でもある。分かるか? お前らは、運よく俺を始末できたとしても、セレスからは絶対に逃げられない。そもそも、俺たちのことすら知らない奴らが、裏の社会で生られるはずないだろ?」


少年が言うように、ガーランドの所属する組織は裏社会でもそれなりに規模が大きいと聞いている。

ならば、この少年やエルフの女性のことも知っていたはずだし、規格外の強さのことも承知した上で自分たちに仕事を振ってきたのだろう。

まさに良いように利用されたと言う訳だ。

項垂れていると、少年がゆっくりと立ち上がった。


「まぁ、騙されたお前らを今更どうこうするつもりなど毛頭無い。だが、騙した奴をそのまま放置しているほど俺も甘くない。しっかりと思い知らせてやらないとな。じゃあ、行こうか」

「行く? …まさか、これから組織のところに行くのか? どれほどの規模なのか、俺たちもその全貌を知らないんだぞ? 一体、何をすると言うんだ!?」

「お前が知る必要は無いだろ? セレス、行くぞ」

「は。承知しましたわ」


少年はリーファとルニアを連れ、セレスティーナを伴ってガーランドの下へと向かうために屋敷を後にした。

待ち合わせの場所へと向かう道中もほぼ無言で進み、ガーランドと落ち合う予定の酒場に到着すると、向こうの方から姿を現した。

リーファとルニアの姿と、少年とセレスティーナの姿を見比べると不思議そうな表情を浮かべる。


「おい。何だ? このガキと姉さんは。お土産って言う訳じゃねぇよな?」

「お前がこいつらを騙したヤツか? ちょうど良い。俺は… がっ!!」


ガーランドを前に、少年が話していると、急にその場に崩れ落ちるように倒れた。

ハッとしてリーファとルニアが見ると、少年の背後にセレスティーナが薄い笑みを浮かべて立っていた。

その様子から見て、少年を後ろから殴り倒したのだろうが、その意味が分からなかった。

少年は彼女の婚約者なのに、一体なぜ?

2人が何が起きているのか理解できないでいると、セレスティーナが前に出てスカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をする。


「貴方は、こちらの2人を差し向けた組織の方とお聞きしておりますわ」

「…そうだが、姉さんは何か用かい?」

「うふふ。実は私、貴方の組織にお願いがありますの。これはほんのお土産ですわ」


地面に伏したままの少年の頭に足を乗せ、目の前で平然と裏切りの発言をするセレスティーナに、リーファとルニアは驚きを隠し切れていないが、ガーランドは興味深そうにその光景を眺めていた。

そして、まずは組織に連れて行くことにする。

セレスティーナはそれを快く承諾すると、少年を縛り上げて肩に担ぎ、ガーランドたちの後に続いて歩き出した。

その道中、ルニアが近寄って来ると小声で話し出す。


「あの… その方は貴女の婚約者と聞きましたが… その…」

「あぁ、そのことにつきましてはお気になさらず。今は物言わぬただのお荷物ですわ」

「え…」

「ルニアと言いましたか? 貴女もそんなつまらないことを言わず、黙って歩きなさい」


前を見て歩くガーランドが、背後の気配を感じ取っていることは当然のことだろう。セレスティーナも余計なことは一切せず、無言で後を歩く。

暫く進み、大通りを外れてだいぶ歩いていくと、廃れた教会に辿り着いた。

そこから裏に回り、使用人の出入り口らしいところから中に入る。

薄暗い教会の中を進み地下へと進むと、大きな部屋に辿り着いた。

その中は、まるで酒場のように騒がしく酒臭い空気に包まれていた。


「お? ガーランド。そいつらは誰だよ? んで、そっちの美人は俺への貢物か?」

「ボス。手前の2人は前に話した奴らで、奥の2人の女の方はボスに仕事を依頼したいみたいだぜ」

「ほぉ? ガーランドが連れて来たなら儲け話なんだろ? いくら儲けられるんだ?」

「貴方の望む額のお金ぐらい、すぐに支払いますわ」


これで足りるかしら、と放り投げたものが床にゴロリと転がるのを見て、その場にいた全員が固まった。

何とそれは、人の頭ほどの大きさの魔石だった。

この大陸にある全ての国には冒険者ギルドが管理するダンジョンがいくつか存在し、その中にいる魔物は倒すと魔石を残して消滅する。

そして、その魔石は階層が深くなるほど大きくなり、比例して魔物も強くなる。

冒険者ギルドでの魔石の換金は大きいほど高額で取引され、セレスティーナが放り投げた魔石の大きさともなると、魔物はSランクの上位種となり、金貨数百枚に相当するだろう。


「ま、マジかよ… 姉さん、あんたすげぇな。まぁいいだろう、話くらい聞いてやるぜ?」

「あら、ありがたいですわ。うふふふ」


にこやかに微笑むセレスティーナだったが、その口から紡がれる信じられない言葉に、組織のメンバーも口を開けたまま呆気にとられてしまう。

その内容とは、簡単に言えばセレスティーナの父親の王宮内での発言力の強化で、邪魔な人間を全て消すと言うものだった。

だが、一気に消してしまっては派閥争いが絡んでいることが露見してしまうため、時間を掛けて人選をしながら作業していく必要がある。

そして、その中でも第一に手を下さなければいけないのが少年の父親だった。


「こいつの父親?」

「そうですわ。その方のお父上は辺境伯ですのよ? しかも、王族との関係もかなり近く、いろんな意味で邪魔ですの。だから、私のお父様は目立たないのですわ」

「なるほどな。そんな時に俺がリーファたちを使ってちょっかいを出したから、タイミングとしては今が最適ってことか」

「冴えてますわよ? いかにもその通りですわ。でも、辺境伯が異変に気付いて戦力を集める前に仕掛けなければいけませんわ」


そう言ってセレスティーナが組織のボスを見ると、いいところを見せたいのであろうボスがにやりと笑うい、軽く手を上げると1人の男が紙を一枚持ってきてボスに差し出した。

それを自慢げにテーブルの上に乗せると、セレスティーナにそれを見るように目配せする。


「これは… 組織図ですの? 見た限り、この町のいたるところに配置されているようですわね。細部まで把握しているとは思いますが、指揮系統に問題はありませんの?」

「任せろ。俺たちは伊達に裏社会で生きてる訳じゃねぇぜ。いかなる連絡手段も取れるから、伝達速度も数分のズレが出るくらいだ。襲撃には問題ないレベルだろ?」

「さすがですわ。あぁ、申し遅れましたが、私はセレスティーナと申しますの」

「俺はウェルズだ。で、決行はいつだ?」

「明日の朝にでも」


今の時間から見て、明日の朝の決行はかなりのリスクがあるだろうが、セレスティーナの言うように、辺境伯が自宅を襲撃された上に、息子が婚約者ごといなくなったと知ったら、早急に捜索隊を編成するだろう。

辺境伯ともなれば自前の諜報部隊もあるに違いない。

そうすれば、この場所も見付かるのは時間の問題だ。

やられる前にやらなければいけない。

ウェルズはスッと立ち上がると、その場にいる全員に明日の日の出と共に辺境伯の屋敷へ挨拶に行くことを決定し、念入りに準備を整えることを命令した。

それともう一つ、邪魔が入るとすれば冒険者ギルドだったが、それはセレスティーナが動かないように書面での通達済みだと言う。


「やけに手が早ぇじゃねぇか。気に入ったぜ。お前、俺の女になれ」

「こう見えても私は公爵家の令嬢ですの。ですから、貴方には伯爵以上の貴族位がありませんと釣り合いませんわ。 …すでに準備済みですが、この意味をご存知ですの?」

「へへへ… さすがだな。ますます気に入ったぜ」

「目の前で息子を殺すと言えば、どんな要求でも思いのままですわ」


2人で不敵な笑みを浮かべていると、さっきまで床に転がされていた少年が呻き声を上げながら体を起こそうとしていた。

この少年は、父親を脅迫するためには生かしておかなくてはいけない。

面倒なことだと、ウェルズは溜め息を吐きながら少年の方へと歩いていくと、その途中で何かがウェルズの頬を掠めるように飛んでいった。

驚くウェルズが振り返ると、そこには何かを投擲したと思われる姿勢のセレスティーナが立っていた。

ハッとして少年を見ると、その胸のところに数本のナイフが突き立てられており、信じられないと言った顔の少年の口元からは、鮮やかな血が溢れ出していた。


「お、おいっ!?」

「何ですの? 扱いが面倒なので、半殺しにしただけですわ。あまり騒がしくしないでいただけます?」

「は、半殺しって… あんた…」


婚約者だろう? と詰め寄りそうになるリーファをルニアが何とか押さえ込むと、そのまま部屋を出た。

そして、自分たちの割り振られた寝床でリーファが眠りにつくまで、リーファはずっとセレスティーナを批判していたのだった。



=====

==========

====================



翌朝、ウェルズたちはセレスティーナを伴って辺境伯の屋敷へと向かった。

その道中、町の中を武装した大勢が歩いていても冒険者ギルドの連中は誰一人出てくることも無く、ここでもウェルズの中のセレスティーナに対する好感度が向上した。

そして、暫く歩くとリーファとルニアにとっては見覚えのある屋敷へと辿り着いた。

門の外から様子を伺ってみると、やはり中では混乱が起きているらしく、慌しく走り回る人の姿があちこちに見られた。

そんな中、ウェルズが派手に門を開け放つと、あれだけの騒がしさが一瞬にして静寂に包まれた。


「だ、誰だ!? お前たちは! え…? セレスティーナ様?」

「辺境伯様はご在宅かしら? セレスティーナが話をしたいとお伝えしていただきたいのですわ」


屋敷の使用人が慌てて辺境伯を呼びに行こうとしたその時、屋敷の正面の扉が開き、見ただけで辺境伯本人だと分かる人物が姿を現した。

そして、明らかに不機嫌そうな表情の辺境伯は、自分の正面に立つセレスティーナに容赦無く近付いていく。


「さて、説明してもらおうか? セレスティーナ。事と次第によっては私もいろいろと忙しくなるのだ」

「おぅ、おっさん。俺を差しおいて2人で盛り上がってるんじゃねぇぞ。へへへ、こいつを見なよ。 …いいのか? こいつがどうなっても」

「あぁ、好きにするが良い。 …なぜなら、お前たちはここで全員始末されるのだからな」

「あぁ? てめぇ、何言って… っ!?」


もの凄い気配を感じたウェルズが後ろを見ると、そこには完全武装した侍女たちが仲間たちを包囲しているところだった。

そして、信じられないことに、セレスティーナがナイフを突き立てははずの少年が、何事も無かったかのようにセレスティーナを伴って立っていた。


「おいおい… 何なんだよ。てめぇはナイフを突き立てられて虫の息だったじゃねぇか。それに、お前も裏切りモンだったんだな? 参ったぜ、この俺様が完全に騙されるなんてよぉ。覚悟はできてんだろうなぁ? ただじゃ済まさねぇぞ?」

「それは貴方の方ですわ。まぁ、これで貴方の組織も壊滅ですわね」

「てめぇっ!! がっ!!」


怒りのままにセレスティーナへと飛び掛ろうとした瞬間、目の前に少年が現れて前傾姿勢になっていたウェルズの胸倉を掴む。

そして、少年とは思えないような力で抑え込まれると、ウェルズはそこから動けなくなってしまう。どんなに振り解こうと足掻いても、凄まじい力で抑え込まれているため、まるで巨大な岩を相手にしているようだ。


「で、てめぇっ!! 何者なんだよっ!! バケモンかっ!!」

「お前はセレスティーナに苦渋の決断をさせた。俺は、それを絶対に許さない。お前こそ覚悟しろ!」

「っ!!?」


少年は、掴んでいたウェルズの胸倉を力任せに引いて地面に顔面から叩き付ける。

そして、鈍い音とともにウェルズは動かなくなった。

そこからはあっと言う間の出来事で、町中に配置されているウェルズの配下はセレスティーナが場所を教え、辺境伯の侍女たちが討伐に向かった。

その呆気無い幕切れに、なぜか生き残ったリーファとルニアが呆然としていると、少年の元に人が集まり、会話が始まる。


「終わったか。見事なまでの完全勝利だな」

「チビ様にあんなことをさせた連中ですのよ? 組織に加担している連中は1人残らず始末するのは必然ですわ」

「ふぅ… それにしても、いくら組織を潰すための芝居とは言え、カノンを串刺しにするとは… 我が息子の妻もやるではないか」

「お、お父様… そ、その件につきましては、大変申し訳なく…」

「おい、セレス。誤ることなど何も無いだろう?」

「い、いえ… ですが… その… 私…」

「気にするな。それに、そこの2人にも言ったが、俺たちの信頼関係は誰にも理解はされないのさ。だとしても、俺たち2人が同じ想いならそれだけで良い」


なぜなら、と話し始めたカノンの言葉は、リーファとルニアの驚くべき内容だった。

カノンとセレスティーナの信頼関係は、リーファとルニアのようなお互いを信じて想い合うことではなく、相手の想いを実現させるためには手段を選ばず、必ず相手の望む結果を導き出す、と言うものだった。

だからこそ、カノンはセレスティーナに簡単に昏倒させられたり、殺されそうになったりするのだが、彼女が自分の望む結果を出す上で必要なことをしているのだと理解しているからこそ成せる事なのだ。

確かに、リーファとルニアには真似のできないことで、カノンの言うことがようやく理解できたのだった。


「いや… 本当に俺たちの想いは浅はかなものだったんだな…」

「相思相愛ってあるだろ? 互いに愛するが故に、互いを想い合い、相手の思うことを実現させる。これが俺たちの解釈なんだ。だから、お前らはお前らの思うやり方で良いのさ」


そして、これから何を言うのか察したかのように、セレスティーナが微笑みながらカノンの隣りに寄り添うと、優しくその肩を抱く。

2人はお互いに微笑み合うと、リーファとルニアの方を向いた。


「ただ一つ、俺がお前たちに言うことがあるとすれば、何があろうと絶対に生き残る努力をしろ。必ず相手も同じ事を思っている。生きようとする力は何事にも屈しない強さを生む。格上の相手だろうと隙は必ずあるんだからな。だから、絶対に死なない、生き残るんだと誓え」

「「は、はいっ!!」」

「良い返事だ。俺たちはこの想いだけは、絶対にゆずらない。その覚悟をもって生きてるからな」


反射的に、リーファとルニアが声を合わせてカノンの命令に返事をする。

あっと言う間に町の裏社会を仕切っていた組織の一つを壊滅させ、自分たちに信頼の言葉の意味を理解させた。

もし、自分たちがこれから誰かの下で働く機会があるのなら、この2人をおいて他にいない。

そう確信した2人が新たな主の下で働くために、毎日カノンの屋敷に通ったのは言うまでも無かった。


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