第69話 エピローグ・繋ぐ想い
2050年5月。ついに私は、ホースマンの夢、「日本ダービー」を制した。
ウィナーズサークルのインタビュー後、後検量を終えたらすぐに、改めてマスコミ関連からのインタビューを受けることになった。
インタビュアー曰く。
私は、
「日本初の女性ジョッキーによる日本ダービー制覇」
「女性ジョッキー初のGⅠ10勝目」
などの快挙を達成したという。
私自身は、覚えていない、というかほとんど意識していなかった。
ミラクルフライト、ファイナルフェーズ、ミラクルプリンセス、そしてミラクルウィンド。それだけでGⅠ6勝を達成していたが、それ以外にも確かに勝ってはいた。
それがいつの間にか、「女性GⅠジョッキー最多勝利記録」を持つ長坂琴音騎手の記録を塗り替えていたらしい。
インタビュアーは、「これは歴史的な瞬間です」と興奮気味に語っていたが、私は別に自分が大したことをしたという意識も、実感もあまりなかったのだ。
ただ、この道をずっと追い求め、デビューから苦労を重ね、ようやく16年目にして、やっと「ダービー」を制することが出来たという喜びはあった。
だからだろう。
インタビュアーから最後に、
「この喜びを誰に一番伝えたいですか?」
と聞かれた時。
「愛する夫と子供です」
と、笑顔で答えていた。
多くの歓声や拍手に見送られ、ようやく競馬場から解放された頃には、もう日が落ちていた。
翌日は、休みだったので、私は真っ直ぐに家に向かう。
結婚後の家は、夫が建てた、茨城県守谷市にあった。
高速道路が近く、美浦トレセンにも近いので、何かと都合がいいと、夫なりに考えてくれたようだった。
夫は、今も美浦で調教助手として働いている。
帰宅した時、夫はすでに帰宅しており、幼稚園に子供を迎えに行って帰ってきた後だった。
だが、玄関を開けて、真っ先に私の身体に飛びついてきたのは、小さくて、柔らかい塊だった。
「ママ! おかえり!」
あどけない幼い娘。2044年に産まれた長女、結花であり、目元は夫にそっくり、口元や髪質などは、私にそっくりだった。おかっぱみたいな髪型をしているが、確かに自分の若い頃の面影があるように見えた。
6歳の幼稚園年長の結花は、身長がまだ110センチほど。同年齢の女の子と比べても小柄だった。
「ただいま、結花。風花は?」
「寝てるよ」
風花、それが2049年に産まれた次女の名前。
我が家は、子供は2人とも女の子だった。
そんな、あどけない、可愛らしさに満ちた我が子が、私にこんなことを言い出したから、私自身が驚きと同時に、運命的な何かを感じずにはいられなかった。
「ママ。見てたよ。だーびーに勝ったんだね。お馬さんに乗ってるママは、カッコいい。私も、大きくなったら、ママみたいにお馬さんに乗りたい!」
さすがに、その一言に私は、しゃがみ込み、彼女に目線を合わせて、
「結花。お馬さんに乗るのって、大変なんだよ。乗りたいだけで出来るお仕事じゃないの」
と、口に出してみて、私は思わず遠い過去に思いを巡らせていた。
(そう言えば、この一言。昔、父に言われたな)
親から子へ。そして、またその子へ。ただ、私が父に言われた時とは違い、随分年齢が若い娘に言われていたことに苦笑していた。
競走馬の多くがそうであるように、サラブレッドは血統が命。重賞やGⅠを勝った馬が、種牡馬や繁殖牝馬になり、その血統の子がまた重賞やGⅠを勝つ。
その意味では、世間で「二世騎手」などと揶揄される、騎手たちも同じなのかもしれないから、人間界も変わらないかもしれない。
愛すべきその娘は、可愛らしく、まるでリスのように頬を膨らませ、
「むー。私だって、ママみたいにお馬さんに乗れるもん! できるもん!」
と駄々をこねていた。
私は、そんな彼女の頭を軽く撫でて、なだめながら、共にリビングに向かう。
リビングに向かう途中の1階の6畳間の部屋のベッドで、次女は安らかな寝息を立てていた。
私に似て、どこか「我が強い」結花と違い、1歳の風花は、どちらかというと夫に似ているように感じていた。
穏やかな性格で、将来、「騎手になりたい」なんて言い出さない予感がしていた。
だが、十数年後。彼女たちのどちらかが、私と同じように、「騎手」になるという道を選び、夢を繋いで行くのかもしれない。
競馬とは、騎手とは、そうやって、何世代にも渡って、物語が作られていくものなのだ。
それこそが、「ミラクル」を繋ぎ、次の「ミラクル」を起こすのかもしれない。
だが、今はまだ早い。せめて、この愛する娘たちの成長を暖かく見守り、人生を導くのが私の務め。
彼女たちが、騎手になっても、ならなくても、私には後悔はない。
それでも、「子は親の背中を見て育つ」ものだから、自分の活躍が娘に刺激を与えているのだとしたら、それはそれで嬉しいことではあった。
もちろん、「次のミラクル」を彼女たちが起こしてくれたら、とても嬉しいし、それ以前に、私自身がまだまだ現役にやり残したことがあった。
ミラクルの続きの可能性を密かに期待しながら、私はまだ「夢の続き」を追う競馬人生を歩むのだった。
(完)
ということで、やっと終わりました。思ったより長くかかってしまいました。
当初は、ミラクルフライトで勝って終わる予定でしたが、結局、その仔も描いてしまい、余計に長くなりました。
ただ、最後は日本ダービーで終わらせようというのは、途中の早い段階から決まっていました。
この辺は、優のモデルになった人物とも関係してますが。
以下、モデル馬とモデル人物を一気に紹介します。
(左側が作中での名前、右側が史実馬と史実の人物)
①モデル馬
シンドウ
・血統 エルコンドルパサー
・レース ゴールドシップ
・体調、最期 エフフォーリア、サイレンススズカ
リングマイベル ブロードアピール
スタートダッシュ ツインターボ
Jadgement Jane Goodbye Halo
Satisfaction Dancing Brave
ミラクルフライト キングヘイロー
ヨルムンガンド エルコンドルパサー
ハイウェイスター スペシャルウィーク
ベルヴィ グラスワンダー
イェーガータンク セイウンスカイ
ランナーズハイ エイシンサンルイス
スーパードライバー ダイワジェームス
ファントムワールド アイルトンシンボリ
ブレイヴソング ライスシャワー
ジェットストリーム ブラックホーク
サヴェージガーデン アグネスワールド
モンサンミッシェル モンジュー
ワンダーテイル ベラミロード
ファイナルフェーズ メイショウドトウ
スターフォレスト テイエムオペラオー
ダイヤモンドダスト ナリタトップロード
スプラウト テイエムオーシャン
カラフルボックス ローズバド
カルペディエム サウスヴィグラス
ミラクルプリンセス カワカミプリンセス
センチメンタルラヴ フサイチパンドラ
シスターズノイズ アサヒライジング
リフレクティア アドマイヤキッス
ミラクルウィンド ディープインパクト、ワグネリアン
パープルヘイズ ダノンプレミアム
ブレードオブホープ エポカドーロ
ハイアーズハイ ブラストワンピース
②モデル人物(敬称略)
石屋優 福永祐一、藤田菜七子
武政修一 武豊
大林翔吾 横山典弘
大林凱 横山武史
マリアンヌ・ベルメール ミカエル・ミシェル
ミラクルおばさん ミラクルおじさん
ということで、最初はメジャーな馬ばかりにするつもりが、ブロードアピールやツインターボに引きずられて、マイナーな馬が出てきたという感じです。
特に、ダイワジェームス、エイシンサンルイス、ベラミロードあたりは結構マニアックな馬です。
もちろん、モデルにした馬は、いずれも好きだから出したわけですが。特にキングヘイローやブロードアピールは好きです。
作中でブロードアピールは、「ダートだけ強い」としてますが、実際には芝もダートもどっちも強い馬でした。
なお、作中でのテーマの一つが「主人公を強すぎない馬に乗せる」というもの。
これは、「あまりにもチート級に強い馬は面白くない」という、私の持論から来るものでして。
最近、異世界に転生して、無双みたいのが流行ってて、そういう「何も苦労してないのに楽勝」みたいのが嫌いな私は、それのアンチテーゼとして、「苦労した末にやっと勝つ」みたいな作品を描きたかったのです。
なので、その意味では、キングヘイローは打ってつけの存在でした。
元々、競馬を始めた頃はスペシャルウィークやエルコンドルパサーが好きだったんですが、自分が年を取るにつれて、今度はキングヘイローが好きになってることに気づきました。
苦労して、苦労して、やっとつかみ取った栄冠。
その意味では、高松宮記念では、実際にはモデルになった、福永祐一(元)騎手は、そのキングヘイローには乗ってませんが、そこは現実と変えたかったので、強引に主人公に乗らせた上、さらにもう1勝、スプリンターズステークスを勝たせたわけです。(キングヘイローはG1勝利は高松宮記念の1勝のみ)。
ちなみに、実際にはキングヘイローは、GⅠに10回挑み、負け続け、11回目の挑戦で勝ってます。
ミラクルフライトは、それに1個足して、11回挑み、12回目で勝利。さらに苦労してる分、GⅠをもう1個追加して、春秋スプリント制覇にしました。
その意味では、主人公が乗った馬のモデル、メイショウドトウ(ファイナルフェーズ)もカワカミプリンセス(ミラクルプリンセス)もワグネリアン(ミラクルウィンド)も似たようなものです。いずれも一筋縄ではいかず、苦労をしてます。
また、カワカミプリンセスは、乗っていた騎手が本田優騎手だったため、優つながりでこれもヒントになっており、ワグネリアンは、福永祐一騎手が、ようやく勝った初の日本ダービーというのも関係してます。
「ミラクルおばさん」は、もちろんヒシミラクルで有名な「ミラクルおじさん」がモデルで、ミラクル繋がりで出しました。
そしてもう一つ、実は重要なテーマとして「死」というものを採り入れています。
実はこれは、私自身が、結婚式より葬式に出席する機会が多く、友人、家族、知人などを自殺、病気、事故で失ってきたという経歴から、「死」について割と触れているからというのもあります。
結婚式には2回ほどしか出てませんが、葬式は多分5、6回は出てます。葬式慣れしてしまいました。
現代社会は、何かとこの「死」を恐れて、忌避してますが、死は避けられないものであり、そして死から学ぶこともあるのです。
なので、かわいそうではありますが、シンドウ、祖父、マリモ、ミラクルフライトには、死を与える結果になりました。
シンドウも最初は、サイレンススズカのようなレース中での事故からの予後不良を考えたのですが、かわいそうなのと、一応モデルにしてる、ゴールドシップには似合わないと思い、エフフォーリアの事故を参考にしました。ちなみに、エフフォーリアは死んでませんが。
主人公のモデルの一つ、藤田菜七子騎手は「馬への愛」がすごいというのを知った(インスタを見ると、馬との距離が近い! 馬好きが伝わります)ので参考にしました。福永祐一(元)騎手(現在は調教師)に関しては、もちろんキングヘイローがらみですが、違うのは福永祐一(元)騎手が福永洋一(元)騎手の息子のエリートであること。この物語の主人公は、別にエリートではありませんし、騎手の子供でもないのです。
その意味では、親が競馬関係者ではない一般家庭で育ちながら、騎手を目指したという藤田菜七子騎手に近いかもしれません。
ちなみに、私は一応、北海道出身ですが、実は馬に乗ったことはありません。馬に触ったことはありますが、乗馬をするような機会がなかったので。
元々、実家は札幌市で、親は普通の会社員だったので、そんなに近くに牧場はなかったですからね。日高には何回か行って、馬に触れたことはありますが。
馬は、繊細な動物ですが、基本的には人にやさしい生き物で、可愛いものです。馬が嫌がるところを触らなければ暴れることもあまりありません。
もっとも、競走馬は、調教されて気が立ってるので、暴れることもありますが。
最後まで御覧いただきありがとうございます。次は、いつか「騎手以外」の生産者や馬主から見た競馬を描いてみたいな、と漠然と考えてます。




