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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第16章 ホースマンの夢
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第68話 日本ダービー

 すべてのホースマンの憧れ、夢。


 このレースを制覇することだけが「目的」で、このレースに勝つことだけが生き甲斐のようなホースマンもいるという。


 騎手・馬主・生産者・調教師・厩務員。競馬に関わる全ての日本のホースマンの憧れの大レースが今年もやってきた。


 2050年5月29日(日)、東京競馬場、11R(レース)、芝2400メートル、東京優駿(日本ダービー)(GⅠ)。


 天候は晴れ、馬場は「良」。


 そして、私は2038年にミラクルフライトで初めてこのレースに挑んでから、育休で休んでいた2044年と2049年以外、毎年挑み続け、負け続けること11連敗中だった。


 つまり、この年が12回目の日本ダービーへの挑戦。奇しくもこの「11」という数字は、ミラクルフライトがGⅠに11連敗した時と同じ数字であり、彼は12回目の挑戦でGⅠを初勝利している。


 どこか運命的な数字が彩る中、迎えたその年の日本ダービーは、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。


 何しろ、私が乗るミラクルウィンド以外にも、スターホースと有力騎手が集まっていたからだ。


 単勝2.0倍の1番人気は、皐月賞こそ怪我で回避していたが、未だに無敗の実力馬、パープルヘイズ。鞍上は何かと因縁のある山ノ内昇太騎手。1枠1番。


 続いて、単勝4.4倍の2番人気は、デビューから無傷の3連勝で、前走は毎日杯(GⅢ)を勝っていたが、皐月賞には出走していなかった、ハイアーズハイ。鞍上は大林凱騎手。4枠7番。


 皐月賞を制し、勢いに乗って、二冠奪取を狙っているだろう、単勝10.5倍の4番人気は、ブレードオブホープ。鞍上は川本海騎手。6枠12番。


 そして、ミラクルウィンドは単勝12.5倍の5番人気にまで落ちていた。鞍上はもちろん私。


 だが、私は極めて冷静だった。

(まあ、かつてのミラクルフライトの10番人気よりいい)

 かつて、日本ダービーでミラクルフライトは2番人気だったが、その後、負け続け、同年の年末の有馬記念では10番人気まで落ちたことがあった。


 それに比べればまだマシだろう。


 実は、ミラクルウィンドは8枠17番を引いており、この大外枠では近年、勝ち馬がいないこと、当日の馬場傾向から前に行った馬が止まらないことなどが理由で、人気が落ちていた。


 馬体重はミラクルウィンドと、ブレードオブホープがマイナス2キロ。パープルヘイズがプラマイゼロ。そしてハイアーズハイだけがプラス10キロという状態。


 パドックから返し馬、そしてGⅠファンファーレに、ゲート入り。すでに何百回と繰り返したルーチンワークだ。


 だが、12回目の挑戦となったこの日本ダービーだけは、特別な思いがあった。


 大外枠から、無事に五分のスタートを切った私とミラクルウィンドは、この時、作戦を変えて臨んだ。つまり、これまでの中団待機策ではなく先行策に打って出たのだ。これは一種の「賭け」だった。


 ハナを奪って逃げるブレードオブホープ、8番人気の馬、逃げ馬の背後につけるパープルヘイズに次ぐ4番手につけることに成功する。すぐ背後にハイアーズハイが控える好位の外側だった。


 どちらかというと、先に行きたがるミラクルウィンドにとって、この好位追走は、折り合いを欠いて惨敗する危険性があるリスクのある戦法でもあり、事実、2コーナーまでは彼は、先に行きたがる素振りを見せていた。


 しかし、2コーナー辺りで、傍らの16番人気の馬が前進したため、その背後のスペースを確保することができた。前に馬を置くと、彼は落ち着きを取り戻し、好位かつ末脚が期待できるスムーズな追走となるポジションにつくことに成功。傍らは代わってハイアーズハイになる。一方、先頭のブレードオブホープの前半の1000メートル通過タイムは60秒6であり、この日にしてはスローペースだった。


 やがて、大欅を見ながら、最後の直線コースに入る。私はパープルヘイズ、ブレードオブホープを捉えにかかる。


 最終コーナーで16番人気の馬の背後から離脱し、ミラクルウィンドはその外に持ち出し、16番人気の馬とともにブレードオブホープを目指した。


 その際、傍らで同じように上位進出を狙うハイアーズハイを封じ込め、相手に余計な行程を課すことに成功する。


 直線では、後方待機勢の出番はなく、先頭争いは先行勢に絞られ、逃げるブレードオブホープを、背後からパープルヘイズが、外からミラクルウィンドが追い上げるという形になる。16番人気の馬は後退する。


 ミラクルウィンドは、ついにブレードオブホープに並びかける。同じ頃、パープルヘイズもまたブレードオブホープの背後から進出を謀ったが、追い上げてきた2頭の関係で進路がなくなり、ハイアーズハイ同様に封じ込められ脱落していた。


 残り200メートルで残り2頭の叩き合いになっていた。100メートルからは逃げるブレードオブホープと迫るミラクルウィンドの一騎打ちの争いとなった。


 私は、ここでかねてから考えていた作戦を実行に移す。


 乗り手である私が、体のバネをすべて使い、全体重をかけて馬の首をその動きに合わせて押し出すのだ。


 こうすることで、馬という動物は瞬間的に、もう一段はずみがついたように前に出る。


 これは、ヨーロッパの一流の騎手がよく使う追い方であり、日本ではあまり知られていなかったが、私は仲がいいマリアンヌから、かつてこのやり方を聞いていた。


 それをずっと封印してきたのは、ここぞという時に、発揮したいと思って温存していたからだった。


 それが、この運命のレースで「技」として生きた。


 最後に私の鞭を合図に末脚を発揮したミラクルウィンドが残り50メートルで差し切りを果たし、半馬身差をつけてゴール板を通過していた。


「わあああーーー!」

 地鳴りのような響き、歓声がスタンドから響いていた。


 そして、

「優!」

 ウィニングランを行って、スタンド前をミラクルウィンドで通過して、手を挙げた私に、惜しみない拍手と歓声が送られてきた。


 ついに勝ったのだ。


 ホースマンの夢、そして12回目の挑戦で、ようやく日本ダービーを制覇することが出来た。


 巨大なうねりのような「優」コールに包まれ、私はウィナーズサークルに立つ。


 この時のインタビューだけは、生涯忘れられない物となった。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


「ミラクルウィンドでの日本ダービー制覇。今の気持ちをお聞かせ下さい」

 その瞬間、私の頬を一筋の涙が伝っていた。


 万感の溢れる思いが胸を伝ってきており、脳裏にはミラクルフライト、ミラクルプリンセスはもちろん、かつて乗ってきた名馬でもあるリングマイベルやスタートダッシュ、ファイナルフェーズ、そしてシンドウの顔も浮かんでいた。


「ミラクルフライトの仔、それもラストクロップでこのレースを勝つことが出来て、最高に嬉しいです。残念ながらミラクルフライトは昨年、不運にも亡くなってしまいましたが」


 一端、切って、私は滴り落ちる涙を拭う。

「きっと、この勝利は彼が残してくれた、プレゼントです。この勝利を今は亡き、ミラクルフライトに捧げます!」

 その瞬間、


「うわぁぁーー!」

 溢れんばかりの大歓声と拍手が、この東京競馬場を包み込んでいた。


 騎手として、そして一人のホースマンとして。私、石屋優はついにその夢、日本ダービー制覇を成し遂げたのだった。


 最大の夢、最大の勝利を掴んだ私には、この後、厩舎所属の仲間たちからの祝福の声、そして同期のライバルたちからも声をもらっていた。


 私、石屋優が、「ミラクル」と共に駆け抜けてきた、長い長い戦いは、ついに最高の形で結実したのだった。

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