第60話 無敗の連勝
ミラクルプリンセスにとって、次の大レースを決めるための、登竜門でもあるレース、それは4月末に行われる、スイートピーステークスに決まった。
このレースは、いわゆる「リステッド競争」と呼ばれるレースで、2着までに優駿牝馬の優先出走権が与えられる。
私個人としては、ミラクルプリンセスの実力は想像以上にあると見ていたから、どちらかというと、その前に行われる、オークスのトライアルレース、フローラステークス(GⅡ)に出走することを望んでいたが、陣営の玉縄厩舎はそう判断せずに、慎重に、強敵を避けるように、スイートピーステークスを選んでいた。
2046年4月22日(日)、東京競馬場、11R、芝1800メートル、スイートピーステークス。
天候は晴れで、馬場は「良」。
ここの競馬場では何度も戦っているし、500メートルを越える長い直線や高低差2メートルはある急坂があるのも熟知している。
唯一、不安なのは、本番のオークスと同じ競馬場とはいえ、距離が全然違うことくらいだった。
つまり、オークスの距離は2400メートルと長い。おまけにミラクルプリンセスは、デビュー以来、一度も2000メートル以上の距離を走っていない。
仮にここに勝ったとしても、いきなり次が2400メートルはハードルが高い、と見ていた。
だが、競馬ファンからの期待は高いのか、単勝2.0倍の1番人気に押されていた。2番人気の馬は、単勝7.2倍だったので圧倒的だ。
頭数は、16頭立て。
4枠7番に入った。
リステッド競争とはいえ、どちらかというと注目を浴びにくい、静かな出発となった。
スタートからは、中団を追走し、そのまま進行。やがて、第3コーナー、つまり最終コーナーから進出。
最後の長い直線に入る。
私は、彼女に鞭を打ち、大外から一気に追い上げた。
実際、反応はよく、するすると馬群を抜け出し、ハナに立つ。後は末脚を使い、大外からまとめて他馬をすべて差し切り、2着に半馬身差をつけて勝っていた。
これで、デビューの新馬戦、1勝クラスに続き、無傷の3連勝となっていた。
レース後、玉縄調教師に報告に行く。
「想像以上に、強いですね。オークスでも、勝てる気がしてきました」
私のその自信に満ちたような発言が、予想外だったのか、玉縄調教師は目を丸くしていた。
「マジでか。俺はてっきり、オークスは参戦するのが目的やろ、くらいに思っとったわ」
どうやら、この辺りが、乗り役、つまり騎手と、調教師の認識のズレになっていたようだったが、彼もまた私が詳しく、彼女の強さを説明すると、納得してくれるのだった。
「ほんなら、本戦も期待してええんやな?」
「はい」
かつての、自信がなかった私では、恐らく言えなかった一言だっただろう。
だが、今の私にはこの「自信」と、そして、「ミラクルフライトの仔を勝たせる」という目的意識が強く働いていた。その上で、ミラクルプリンセスの強さも加味している。
勝てる、と踏んでいた。
そして、牝馬クラシック戦線において、私にとって初めての大勝負が始まる。




