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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第14章 7年目の奇跡
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第54話 決意表明

 2041年が始まった。私にとって、騎手生活7年目、27歳になる。


 その年、早々に1勝を上げ、ようやく父に言われた「30歳までに重賞を含む200勝」を達成した私は、オフの日に、その実家の父に電話をした。


 したのだが。

「おお、優か。元気か?」

「元気だよ。それより200勝達成したよ」

 私にしてみれば、それは誇らしくもあり、ようやく達成できたという安堵感に包まれ、父に褒めてもらいたいという気持ちがなかったとは言えなかった。


 ところが。

「ああ。そう言えば、そんな約束もあったな」

「忘れてたの? 呆れた」

 電話口で盛大に溜め息をついていた私に対し、父はやはり父だった。


「違う。お前を試したのさ」

「試した?」


「ああ」

 父によれば、最初に「30歳までに重賞と200勝」と言ったのは、あくまで「目安」で、言うなれば私の「本気度」を知りたかったからだったそうだ。「騎手」という職業に対して、どこまで本気なのかということだろう。

 なので、仮に30歳までに200勝を達成していなくても、別に私に騎手を「辞めさせる」つもりはなかったという。


 一杯食わされた、というのが一瞬、思った私の感想だが。

 父は、やはり年長者だった。


「本気で何かに取り組んでいる人間には、いずれ必ず結果がついてくるものだ。がんばったな」

 その一言に私は救われると同時に、父の言葉が涙が出るくらいに嬉しかったのだった。


「ありがとう」

 しかし、どこか照れ屋でもある父は、正面切って相手を、それも娘を褒めるのを恥ずかしがるように、すぐに憎まれ口を叩くのだった。


「まあ。大変なのはこれからだ。今度は、ファイナルフェーズで勝てなくて苦しんでるんだろ?」

「うん。まあ」


「じゃあ、気が済むまでやってみろ」

「うん」

 父は、年を取っても、やはり父だった。


 母もいい加減、私の仕事について理解はしてくれたし、最近は、ミラクルフライトの関係で、鹿嶋田美鈴社長との関係も良好だ。


 私にとって、「いい追い風」が吹いていると思った。


 その年、ファイナルフェーズがGⅡに出走した。

 3月30日(土)に行われた、日経賞(GⅡ)だ。


 ここで、彼は1.1倍という、圧倒的すぎる1番人気だった。そして、やはりスターフォレストは不在だった。


 ファイナルフェーズにとって、芝2500メートルという、有馬記念に続く長距離だったが、難なくこのレースを制していた。

 競馬の歴史を見ると、他にいくらでも「勝ちきれない馬」というのはいたが、彼は「真に強い」馬だと思うのだった。勝てないのは、同世代に巨大な壁、スターフォレストがいたため、という不運に近い。


 さらに、次のレースが始まる。


 2041年5月5日(日)、京都競馬場、11R(レース)、芝3200メートル、天皇賞(春)(GⅠ)。


 天気は雨、馬場は芝の深いところは濡れていなかったので「良」。


 天皇賞は、春と秋に実施されるが、この春における京都競馬場でのレースは、日本のGⅠでは最長距離のコースで実施される。


 京都競馬場、芝3200メートルのスタート地点は、向こう正面の中間点よりやや2コーナー寄りで、外回りコースを1周半する。

 3コーナーまでの距離は約400メートル。3コーナーにかけては上りで、4コーナーへかけては下り坂。4コーナーを回った最初のホームストレッチではいかに折り合いをつけられるかがポイントになる。


 また、このコースは天皇賞(春)のみで施行されており、ホームストレッチではスタンドの大歓声を受ける。ここで取り乱すことなく冷静に走れるかが重要になる。

 そして1コーナー、2コーナーと回り、バックストレッチへ。2回目の3コーナーへ向かうところで、高低差3.9メートルの坂を再び上り、4コーナーにかけて下る。最後の直線は平坦。


 京都競馬場で有名な「坂」を2度も上るという、パワーとスタミナ、両方が求められるコースだ。


 そこに出走することになった、ファイナルフェーズだが、さすがに芝3200メートルという長距離は、この馬にとって初めてだったため、人気は落ちるだろう、と私は予想していたが。


 蓋を開けてみれば、ファイナルフェーズは単勝6.6倍の3番人気で、5枠6番を確保。

 一方で、もはやこの地位は揺るがないのか、単勝2.0倍の1番人気は、スターフォレストで、1枠1番の最内枠。鞍上は馬場貴久騎手。


 単勝3.4倍の2番人気は、ダイヤモンドダストで、8枠12番。鞍上はマリアンヌ騎手。


 レース前に、久しぶりに彼女と少しだけ会話をする機会が出来た。

「今日こそ、勝つわ! 見ててよ、スターフォレスト!」

 と、彼女もまた闘志を燃やしていたのが、私の印象に残ったが、私自身がまったく同じ気持ちだった。

 だが、実はダイヤモンドダストは、前走の阪神大賞典(GⅡ)で久しぶりに1着になっており、勢いがあった。


 これまで負け続けた、スターフォレストとの決着。


 今度こそつける思いだった。


 やがて、関西GⅠを告げる、派手なファンファーレが鳴り響き、レースが始まる。


 実を言うと、スターフォレストは放牧先が豪雪に見舞われたため、ロクな調整が行えておらず、前哨戦の大阪杯(GⅠ)で4着に敗退していた。つまり昨年から続いていた彼のGⅠ連勝記録が「6」で止まっていた。


 もうスターフォレストの時代は終わりか、はたまた巻き返すか、というところがファンの間で話題になっていた。


 もはや「誰が勝つ」というより、スターフォレストがどういうレースをするかに注目が集まっていた。


 その意味では、間違いなく、彼は時代を作ったスターホースだろう。


 レースが始まる。雨の中でのスタートとなった。


 最初に逃げを打ったのは、6番人気の5枠5番の馬。


 注目のスターフォレストは中団につけ、ファイナルフェーズは内沿いに、ダイヤモンドダストとほとんど並んでその少し後ろにつける展開になった。


 レースは、その後、縦長の展開になって進んで行った。先頭から2番手まで5、6馬身、そこから3番手までは7馬身近く差が開き、その後に私たちが控える形。


 だが、ここはいつも通り、冷静に「脚を溜める競馬」をやり、2周目の3コーナーの坂の手前くらいで、私はぴったりとスターフォレストをマークするように少しずつ上がる。


 一方、ダイヤモンドダストはそれより先に上がっていった。


 最終の4コーナーを回る。

(しまった)

 と思ったのは、ダイヤモンドダストの脚色が、私の想像以上に速かったことだ。


 いつの間にかダイヤモンドダストが先頭に立っており、スターフォレストは残り200メートルを切った辺りで、猛烈な末脚を発揮して、ぐんぐん上がって行き、ダイヤモンドダストをかわす勢い。


 ようやくスパートをかけた、私とファイナルフェーズだったが、先を進むダイヤモンドダストに追いつけないかと思うくらいの危機感を感じたが。


 終わってみれば、ダイヤモンドダストをかわして2着だった。1着はまたもスターフォレスト。3着にダイヤモンドダスト。


 そう。またしても勝てなかった。

 これで、スターフォレストとの直接対決では、0勝5敗の5連敗になる。


 さすがに、これだけ負け続けると、私のプライドや沽券にかかわる。

 レース後に、窪塚調教師の元に向かった私の顔つきは、恐らく沈痛な物だっただろう。


 何しろ、私は、悲愴な思いを抱えていたからだ。

「いやー、今回も惜しかったなあ。ホンマにあと少しなんやけどな」

 大袈裟なリアクションで悔しがる、窪塚調教師に対し、私は、決意の籠った瞳を向ける。


「窪塚先生」

「ん? 何や?」


「次のレース。恐らくGⅠだと思いますが。そこで結果が出なければ、私はファイナルフェーズの主戦騎手を辞めます」

「マジか!」


 さすがに、彼の表情が一変していた。ただでさえ、感情表現が顔に現れる人だ。さすがにこの発言には、驚くと同時に、


「なあ、石屋さん。そないに気にせんでもええんやで。あんたは十分やってくれとる」

 必死に私を繋ぎとめようと、説得に入ってきたが、私の意志は微塵も揺るがなかった。


「いえ。むしろ、それくらいの気合いで勝ちます、ってことです」

「おお、そうか。そら、頼もしいな」

 窪塚調教師は、呑気にも見えるくらいに、表情をコロコロ変えていたが、私の中では、闘志が燃え上がっていた。


(次こそ絶対に勝つ。見てろよ、スターフォレスト)

 己を徹底的に追い込んでまで、私は、「スターフォレスト」という壁を、この馬で打ち破ってみたくなったのだった。

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