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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第13章 奇跡の続きと新たな目標
51/69

第51話 秋古馬三冠を防げ

 私にとっては、ミラクルフライトに続いて、というより今まで関わってきた多くの馬同様に、彼も「勝たせてあげたい」馬の1頭、ファイナルフェーズの夏が終わった。


 秋初戦は、天皇賞(秋)に続く、前哨戦からのスタートとなった。

 話は前後するが、ミラクルフライトでスプリンターズステークスを制する1週間前の9月23日(日)。


 彼はオールカマー(GⅡ)に出走。かつて、スタートダッシュで驚異的な大逃げを達成したレースでもある。


 しかし、このレースには、そもそもライバルが不在で、おまけにスターフォレストはいなかった。彼は、同じく天皇賞(秋)のトライアルでもある京都大賞典(GⅡ)に出走したためだった。


 ファイナルフェーズは、そんなライバル不在の戦場で、単勝1.8倍の1番人気に押され、堂々と危なげなく勝利していた。

 そう、彼は決して弱くない。


 だが、またも彼の前に立ちはだかる馬がいた。


 2040年10月28日(日)、東京競馬場、11R(レース)、芝2000メートル、天皇賞(秋)(GⅠ)。


 天候は曇り、前日からの雨の影響で馬場は「重」。


 何気に私にとって、天皇賞(秋)の騎乗は初だった。


 ファイナルフェーズは、単勝4.2倍で2番人気。8枠16番。つまり16頭立てのこのレースでは一番外の「大外」だった。鞍上は私、石屋優。

 そして、やはり予想通り、単勝2.0倍の1番人気は、スターフォレストで、7枠13番。鞍上は、馬場貴久騎手。長坂琴音騎手の同期の騎手だ。

 一方、昨年のクラシック最終戦の菊花賞で、スターフォレストを抑えて1着になっていた注目馬、ダイヤモンドダスト(牡・4歳)が単勝4.8倍の3番人気で、鞍上にはマリアンヌ騎手が乗っていた。2枠4番。


 すでに何度も戦ってきた戦場とも言える、この東京競馬場の芝2000メートル。私には、正直「自信があった」のだ。


 何しろ、この芝2000メートルという距離は、このファイナルフェーズには合っているし、過去のレースを見ても、芝の2000メートルではかなりいい成績を残せていた。


 また、競馬ファンの間でも、強いと目されているスターフォレストが負けるとすれば、このレースだろう、という意見が多数あり、このレースにおいて、ファイナルフェーズの人気は高かったのだ。

 期待されていた。


 パドック、返し馬もいつも通り。


 やがて、GⅠのファンファーレが鳴り響き、各馬がゲート前に集まり、全16頭が並ぶ。


 このレースでは、1コーナー奥のポケット付近からスタートし、内枠が有利と言われているが、私にとって、大外枠であっても、ファイナルフェーズには関係ないと思っていた。


 レースが始まると、12番人気の馬が出て、それに競りかけるように、16番人気の馬が前に出て引っ張り、思った以上にハイペースな流れとなっていた。


 そんな中、ファイナルフェーズは好位を追走。4番手くらいにつける。スターフォレストは7番手くらい。ダイヤモンドダストはさらに下位だった。


(いい位置だ)

 実際、そう思っていたし、後はこのまま追走し、最終コーナーを回った後の直線で仕掛ければいいと思っていた。


 だが、その4コーナーを回って最後の直線。


 もちろん、すでに12番人気と16番人気の逃げ馬たちは、下がってきており、最後の坂道で、私とファイナルフェーズは先頭に立っていた。


 普通なら、これで勝てると思われる雰囲気なのだが。


(ヤバい)

 と、直感的に思えるくらい、後ろから強烈なプレッシャーのような「風」が向かってきた。


 すぐ外側を一気に抜かれていた。

 恐ろしい末脚で、1頭だけ次元が違った。もちろん、スターフォレストだった。


 そのまま抜いたスターフォレストは、さらにぐんぐん突き抜けるように、突き放すと2番手を走っていたファイナルフェーズに2馬身半も差をつけて、1着でゴールイン。


 私とファイナルフェーズは、宝塚記念に続き、またも2着となる。なお、ダイヤモンドダストは5着だった。


 スタンドは大歓声に包まれ、スターフォレストに惜しみない拍手が送られる。

 そんな中、私は、


(この馬さえいなければ)

 という黒い感情に似た思いが一瞬、頭の中をよぎっていた。


 何しろ、ファイナルフェーズは、決して弱くはない。むしろ同世代では抜きんでた強さがあった。

 性格は、普段は穏やかで、人懐っこく、優しい馬だが、一度レースになると、まるで顔つきが変わり、すごい集中力を発揮してくれる。その意味で、彼は真のアスリートだろう。


 だが、頭に浮かんだその思いを私はすぐに振り払った。

 何しろ、


(そんなことを言っても、それが競馬だ)

 と思う気持ちもあったからだ。


 かつて、こんなことはいくらでもあっただろう。


 同期に優秀な馬がいて、なかなか勝てない。あるいは、同期の3頭が競り合う熾烈な戦いを演じてきた連中もいる。

 逆に言えば、「強いライバルがいるからこそ、成長させてくれる」とも考えられる。


 私の役割は、このファイナルフェーズに、せめて引退までにGⅠを取らせることだが、出来れば「スターフォレストに勝って」それを成し遂げたいという気持ちがあった。


 レースが終わって、後検量後に、ジョッキールームに向かうと、声をかけられていた。


 馬場騎手だ。彼とはあまり親交はなかったが、長坂琴音騎手を通じて知己があったし、そもそも長坂騎手を「ツンデレ」と教えてくれたのは、彼だったから、多少の恩義が私にはあった。彼のお陰で、私と長坂騎手が仲良くなれたとも言える。


「石屋騎手」

 彼は、人懐こい笑顔を浮かべて、声をかけてくれた。


「お疲れ様です、馬場騎手。そして、おめでとうございます」

 と一応、言ってはいたが、私の内心では、もちろん悔しいという思いが勝っている。

 それを見透かしたかのように、


「惜しかったね。でも、ファイナルフェーズはいい馬だと思うよ」

 彼はそう言ってきたが、私は、


「ありがとうございます」

 と、一応礼だけは言いつつも、内心では、


(秋古馬三冠を防げなかった)

 と思っていた。


 秋古馬三冠。つまり、この天皇賞(秋)から始まり、ジャパンカップ、有馬記念を指す。

 すでに春古馬三冠を達成している以上、スターフォレストはこれを目指すだろう。


 せめて、防ぎたかった。

 だが、まだチャンスはある。


 その後、少し世間話をした後、私と馬場騎手は解散となったが。

(悔しい)

 ファイナルフェーズの前に立ちはだかる大きな「壁」、スターフォレスト。


 その壁の「厚み」は、かつてミラクルフライトが直面した、ハイウェイスターやイェーガータンク以上の物が感じられるのだった。


 ちなみに、ファイナルフェーズを預かる窪塚調教師は、私が所属している熊倉調教師とは真逆なくらい、明るい性格の、関西弁丸出しの人で、報告に言っても、


「くぅー! めっちゃ惜しかったやん! せやけどようやってくれた、石屋さん。次も屋根任せるさかい、期待しとるで」

 と、私にむしろ感謝の意を述べて、屋根、つまり騎乗を任せてくれることになったから、私は苦笑いをしていた。

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