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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第13章 奇跡の続きと新たな目標
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第50話 ミラクルを再び

 宝塚記念で、ファイナルフェーズが2着に敗れたことで、陣営は秋の天皇賞を目指すことになり、調整に入った。


 一方、実質的に私が再度、専属騎手になっていたミラクルフライトは、スプリンターズステークスを目指すことになった。

 ここは、競馬場こそ違うが、春に彼が初めてGⅠを勝った、高松宮記念と同じく、芝の1200メートルという短距離だ。


 ここを勝てば、俗に「春秋スプリント制覇」ということになる。


 熊倉調教師はミラクルフライトについて、

「衰えてきた」

 と言葉少なく、私に言ったことがあったが、私自身は、彼はまだまだやれると思っていた。


 黄金世代の同期であるヨルムンガンド、ハイウェイスター、イェーガータンク、ベルヴィがいずれも引退したが、同期の中でもっとも勝てなかった5歳の彼はまだ走り続けていた。


 そして、落ち着いた性格にはなってきたが、それでも絶対に諦めないような、「芯の強さ」がまだ彼にはあった。


 2039年9月30日(日)、中山競馬場、11R(レース)、芝1200メートル、スプリンターズステークス(GⅠ)。


 天候は曇り、馬場は「稍重」。


 そう言えば、ちょうど去年の今頃、ミラクルフライトは、大林翔吾騎手が鞍上で、このスプリンターズステークスに出て3着、続いてマイルチャンピオンシップに出て2着と、勝ちきれないまでもいい競馬をしていた。


 そのことで、常々、この馬には「スプリントかマイル」が適性と思っていた私の考えは、確信に変わるのだが。


 それはともかく、この年も去年と同じく、ライバルたちが参戦していた。


 6歳になったジェットストリーム、5歳になったサヴェージガーデン、そして8歳になったリングマイベルだった。


 私は、ミラクルフライトとリングマイベルのどちらも思い入れがあったが、ミラクルフライトに騎乗。


 ミラクルフライトは、単勝14.8倍の6番人気で、2枠4番。

 単勝2.0倍の1番人気は、サヴェージガーデンで、5枠10番。鞍上は今回は大林凱騎手。

 それに続く単勝4.1倍の2番人気は、ジェットストリームで、1枠2番。鞍上は山ノ内昇太騎手。

 そして、リングマイベルは、単勝26.8倍の8番人気で、6枠11番だった。鞍上は大林翔吾騎手。


 昨年のスプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップ、今年の高松宮記念に続く、4度目の因縁の対決だった。

 なお、ミラクルフライトとリングマイベルにとっても、因縁となる。


 パドック、返し馬の間にも、


「ミラクルフライト」

 と書かれた横断幕を持った連中と、いつものように客席には「ミラクルおばさん」の姿が見えた。


 一流の良血馬にしては、期待を裏切る勝ち方しかしてこなかった馬の割には人気は衰えていなかった。


 彼、ミラクルフライトはある意味、いつも通りだった。

 馬体重は488キロでプラマイゼロ。相変わらず水色のメンコをつけていたが、さすがに慣れてきたのか、ゲート入りで暴れるようなこともなかった。


 すでに何度目かわからない、中山競馬場の芝1200メートル。


 私も慣れてきていたという、メリットもあった。

 それに、

(ミラクルフライトは、短距離で末脚を生かせれば勝てる)

 と私自身が、信じていたのもあった。


 スタートすると、1番人気のサヴェージガーデンとジェットストリームは中団に控える。

 一方で、ミラクルフライトと、リングマイベルは、後方から数えた方が早い後方にいて、最後方に近いところにリングマイベルがいた。


 先頭から最後方までは、それほど距離がなく、淀みない展開になっていた。


 私は、もちろん最後の直線での「末脚」に賭けるつもりで、控えていた。


 あっという間に4コーナーに差し掛かると、思った以上の大歓声が轟いていた。


 ここで、サヴェージガーデンが内埒からするするっと伸びて、先頭に立つ。続いてわずかに外からジェットストリーム。リングマイベルは、得意の大外からの追い込みを計る体勢。


 私は、残り200メートルになって仕掛けた。

 鞭を打って、一気にミラクルフライトを追い込み、というより差し体勢に持っていく。


 ゴール板の前で、すごい叩き合いになっていた。


 前2頭は先頭のサヴェージガーデン、2番手のジェットストリームがほとんど横一線に並んでいる。


 ここで、高松宮記念の時と同じように、外から一気に差し切るつもりだった。

 だが、さらに大外から伸びてきたのは、あのリングマイベルだ。


 彼女の脚質は間違いなく「追い込み」だったが、芝ではダートほどは伸びなかったのが幸いした。


 外から迫り、ギリギリでかわし、ゴールイン。


 微妙な体勢ではあったが、私は勝利を確信していた。

 結果的には、わずかハナ差の1着がミラクルフライト、2着がサヴェージガーデン、3着がジェットストリーム、4着にリングマイベル。


 実力馬同士の共演であり、実力馬が順当に上位に上がってきていた。


 そして、私にとっても、ミラクルフライトにとっても、GⅠ2勝目が確定し、同時に同年の高松宮記念とスプリンターズステークスを制し、「春秋スプリント」の制覇となる。


 中山競馬場は大歓声に包まれていた。


「ミラクル!」

「最高!」

「よくやった!」


 かつて、あれだけ勝てず、観客からはほとんど呆れられて、見放されたかと思っていたミラクルフライトに対し、その激走に惜しみない歓声と拍手が送られた。


 私は、レース後に勝利者インタビューを受けた。


 さすがに、ここでは高松宮記念の時のように「泣く」ことはなかったが、

「この馬でGⅠを2勝できて、感無量です」

 そのことを笑顔で伝えていた。


 もちろん、終わった後に、ジョッキールームでは、彼らに声をかけられていたが。

「マジかよ。去年はこの馬、勝ってたんやけどな」

 山ノ内昇太騎手だ。

 思えば、彼とは色々と確執があったが、逆に最近は立場が逆転してきていた。私がGⅠ2勝に対し、彼は成績こそ悪くなかったが、未だにGⅠは未勝利だったのだ。


「まあ、去年は去年、今年は今年ってことでしょ。ミラクルフライト、ここに来て強くなったね」

 一方、すでに若手の中で、一番GⅠを勝っている大林凱騎手は、余裕があるようにそんなことを口にして、笑みを浮かべていた。


「ミラクルフライトが、大器晩成型って言ってた海ちゃんの言葉は本当だったんだよ」

 私が、海ちゃんにかつて言われたことを説明すると、彼らは驚いていた。正確には彼女は「私とミラクルフライトが大器晩成型」と言っていたが、私のことは恥ずかしいから伏せる。


「すげえ先見の明やな」

「海ちゃん。相馬眼でもあるのかな」


 一方、ベテランにして大林凱騎手の父である、翔吾騎手も現れ、

「おめでとう」

 と、私に祝福の言葉を投げた後、


「リングマイベルは、8歳とは思えない馬だね。まだまだ勝ちそうな気がするよ」

 と言ってきたのが、非常に印象に残ったのだった。


 私とミラクルフライトは、再び勝利し、「奇跡の続き」を演出していた。


 そして、秋の大一番がやって来る。

 次は、ファイナルフェーズの番だった。

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