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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第13章 奇跡の続きと新たな目標
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第49話 勝たせてあげたい馬

 ずっと勝てなかったミラクルフライトをGⅠという大レースで勝たせたことで、私の評価が上がったのか。

 テレビやネット関係から取材が入るようになり、そちらでも収入が入るようになっていた。


 だが、この国は「ルッキズム」というか、見た目を極端に気にしすぎる。私は自分の騎乗技術を見てもらいたいのに、まったく関係ない容姿に注目するようなコメントを求められるようなキャスターやメディアには、正直ウンザリするのだった。


 高松宮記念で初めてGⅠを勝ったことで、私は美鈴社長にも認められ、そのままミラクルフライトの騎乗を任されることになった。


 そんな中、早くも効果はあったらしい、と思われる出来事が起こった。


 それは、窪塚くぼづか元気という名の栗東の調教師からの依頼だった。

「ファイナルフェーズに乗ってくれへんやろか?」

 というものだった。


 ファイナルフェーズ。その名は知らなかったため、調べてみた。


 血統としては、父がアイルランドの馬でGⅠに5勝もしており、母はあまり有名ではなかったが、母の父がアメリカ三冠を含むGⅠを14勝も挙げた名馬だった。血統は悪くないし、ミラクルフライトには及ばないが、良血馬だ。


 昨年にデビューしたものの、どうも勝ちきれずに、クラシック戦線にも出走できず、苦労してオープンクラスに上がった後も、なかなか勝てず、ようやくついこの間、つまり私がミラクルフライトで高松宮記念を勝つ1日前の土曜日に、日経賞(GⅡ)でやっと重賞を制した馬だった。確か牡の4歳。


 決して、「弱くはないが、勝ちきれない馬」に思えた。ある意味、そういう部分はミラクルフライトに似ている。


 こういう時、

(何でこういう馬ばかり、私に)

 と腐ってもいいところだが、私の感想は違った。


(勝たせてあげたい)

 と切に願うのだった。もちろん、快く了承していた。


 そして、実際に会ってみて、その思いが強くなっていた。

「うわっ、かわいい~」

 ファイナルフェーズという名前に似合わず、何とも人懐こい馬だったからだ。


 ちょっと寄っていくだけで、全然遠慮なく寄ってくるし、鼻を擦りつけて甘えてくる。私のことを遊び相手か何かと思っているようにも見える。見た目は、鹿毛の少し大柄な馬だった。

 とても過酷な競走馬の世界にいるとは思えず、マリモのような親しみやすさを感じる馬だった。


 実際、またがって調教をしても、彼はとても穏やかで、言うことをよく聞いてくれるし、むしろ何だか「友達」みたいに接してくれる馬だった。だが、素質はあって、いざ走らせると、顔つきが変わり、ちゃんと速いし、いい末脚を使ってくれる。


(この仔は勝たせてあげたいな)

 心底、そう思うくらいに、何とも可愛らしい馬だった。ミラクルフライトはどちらかというと「カッコいい馬」だったが、こちらは女の子のように可愛らしいというか、人懐こい、まるで犬のような馬だった。


 そんな彼を調教して、次の大レースを勝たせるのが目標の一つになった。その大レースとは、宝塚記念であり、そこに同年代のライバルとも言えるスターフォレストがいた。


 まるで、ミラクルフライトにとっての、ハイウェイスターやイェーガータンクであるかのようだが、このスターフォレストが、「最大の壁」として立ちはだかる。


 彼は、元々デビュー時から私自身が「速い」と注目していた馬だ。

 事実、昨年はともかく、この年のスターフォレストは恐ろしい存在に成長していた。


 京都記念(GⅡ)、阪神大賞典(GⅡ)、大阪杯(GⅠ)、さらに天皇賞(春)(GⅠ)を勝って、GⅠ2勝を含む、4連勝をしていたのだ。

 ひとまず6月末の上期のグランプリレース、宝塚記念を目指して調教を続ける。


 その前に、マイルのGⅠである安田記念があり、すでに美鈴社長にミラクルフライトを任されていた私は、そのレースに自信を持って挑んだが。

 結果は3着だった。


 またも勝てない日々が続く。


 そして、やって来た宝塚記念。私にとって、初の出走となった上半期のグランプリレース。


 2040年6月26日(日)、阪神競馬場、11R(レース)、芝2200メートル、宝塚記念(GⅠ)。


 天候は雨、馬場は「良」。雨が降っていた割には、濡れているのは芝の表面だけで、芝の中はあまり湿っていないため、「良」と判断されていた。


 ここ阪神競馬場の芝2200メートルは、内回りコースを使用。通常、阪神競馬場は内馬場が荒れる事が多いので、内枠はプラス材料にはならない。しかし、スタートから最初のコーナーまでの距離が長く、2200メートル戦ともなると、常に外々を回る馬は皆無。ここでは、内枠の馬が有利となる。


 勝負所の3コーナーから直線途中までが下り坂になっており、過度にスピードがつきやすい。勢いに乗っての外から、もしくはバラけた馬群のインを突いての差しがかなり決まると言われる。


 また、約357メートルと短めだが、残り200メートルから100メートルの間に勾配のキツイ急坂が待ち構えている最後の直線も、差しが有利な要因。


 荒れ馬場・急坂を2回走るという特徴から、スタミナに富んだパワータイプの馬が狙い目と言われる。


 単勝1.8倍の1番人気は、スターフォレストで、1枠1番。鞍上は馬場貴久騎手。ファン投票は堂々の1位。


 対して、単勝2.6倍の2番人気は、ミラクルフライトの同期でもあるベルヴィだった。8枠10番。鞍上は長坂琴音騎手。ファン投票は3位。


 そして、ファイナルフェーズは、単勝23.2倍の6番人気。4枠4番。ファン投票順位が17位と、注目度は薄かったが、馬体重は増減なしのプラマイゼロだった。

 だが、私は自信があったのだ。


 下馬評では、実績のあるベテランのベルヴィと、新進気鋭で勢いがあるスターフォレストの2強と言われており、この栗毛の2頭に注目が集まっていた。


 このレースは、珍しいくらいの「大雨」の中で行われることになった。本馬場入場から返し馬の段階で、すでにかなり芝が濡れているのがわかったし、観客席には無数の傘の花が咲いていた。だが、雨にも関わらず、大きな歓声が上がっていた。


 宝塚記念特有のファンファーレが鳴り響き、大歓声が競馬場を包み込む。

 一昨年、初めて有馬記念に出走した時に似た異様な雰囲気が漂っていた。


 そんな中、全12頭の出走となる。

 先行の馬に続いて、私はファイナルフェーズを2番手に入れる。

 ベルヴィとスターフォレストは中団あたりにつけていた。


 全体的に縦長の展開になっていた。

 やがて1、2コーナーを回った向こう正面辺りから、スターフォレストが徐々に前に出てきた。さらに外からベルヴィが進出し、歓声が上がる。やはりこの2強の人気は高かった。


 そして4コーナーに差し掛かる辺りで、ファイナルフェーズは先頭に立っていた。


 最後の直線に入ると、外から猛烈な勢いで伸びてきた馬がいた。

(来たか)

 予想通り、スターフォレストだった。


 もの凄い末脚だった。

 あっという間に並ばれていたが、先頭はほぼ3頭が重なるように、もつれ合うような叩き合いになった。


 スターフォレストは、かつてハイウェイスターに感じたような「プレッシャー」に似た恐怖は感じない代わりに、忍者のようにすっと迫ってくる怖さがあった。


 結局、1着はスターフォレスト、2着にファイナルフェーズ、ベルヴィは6着に沈んでいた。


 これで、スターフォレストは年始から5連勝、さらに大阪杯、天皇賞(春)、そして宝塚記念と「春古馬三冠」を達成していた。


 しかし、競走後には、そのスターフォレストを称える声と共に、別の意味で異様な雰囲気とどよめきが競馬場を包み込んでいた。なんと向こう正面で長坂騎手がベルヴィを下馬してしまうアクシデントが発生していた。そのまま、馬運車でコースを後にし、レントゲン撮影の結果「左第三中手骨骨折」と診断されていた。


 ベルヴィは、そのまま不運にも引退となる。

 長坂騎手が珍しく、泣きそうな顔を浮かべていたのが、印象的に映った。


 だが、私としてはまたも勝てなかったのだ。

 まるで、ミラクルフライトが連敗した時のような、「嫌な予感」を感じる結末だった。

 彼を「シルバーコレクター」に終わらせるわけにはいかない。

 私は決意を新たにする。

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