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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第12章 奇跡を呼ぶレース
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第47話 死と再生

 通夜は滞りなく行われ、私たち家族は、祖父の棺の元で、最後の夜を過ごす。

 こういう時、普段は会わない親戚一同が会するから、親戚の叔父さんや叔母さんがたくさん来ていた。


「大きくなったね、優ちゃん」

「騎手で活躍してるなんて、すごいね。どうやったら勝てるの?」

「いい人はいないの? 結婚はいつ?」

 質問攻めに遭っていた。


 苦笑いしながら、それらを受ける羽目になっていた。


 翌日、祖父の葬式と告別式が執り行われた。

 日高地方は、北海道でもあまり雪が降らない、比較的温暖な地域だが、それでも本州以南、特に関東とは比べ物にならないくらいには寒い。


 道路には薄く雪が積もっているが、それよりも日中でもマイナス5度を越える寒さがツラい。


 幸い、葬式は外で行われることはないが。


 そして、その葬式の読経が終わった後、浄土真宗の僧侶が最後に説法のように不思議な話をしてくれたのだった。ちなみに、我が家は代々、浄土真宗派で、北海道民は元々、浄土真宗派が多いという。これは北海道民のルーツが東北や北陸に多いことが関係している。特に北陸には浄土真宗派が多い。


「人はいつかは亡くなるものです。まさかあの元気な人が、と思っていても『死』は誰にも避けられないのです。我々現代人は、その『死』から目を背けて生きていますが、この『死』によって、『再生』するものもあるのです」

 死と再生についての話だった。

 そう言えば、仏教には「輪廻転生りんねてんしょう」という言葉があることを思い出していた。同時に、身近に戦争などない現代日本では、確かに「死」は身近にないと思われがちになっている。


「故人が亡くなったことで、故人の想いと共に、残された人は、新たな『再生』の時を迎えるのです」

 何とも、精神的というか、哲学的な話に聞こえたが、これはたまたま私が、美鈴社長を呼んで、話そうと思っていた内容と合致していた。

 私は、この「再生」に期待したのだ。


 一通りすべての儀式が終わり、最後には霊柩車で火葬場に行って、故人の骨を拾う。

 この瞬間だけは、私もいたたまれなくなって、嫌な瞬間でもあったが。


 そして、すべてが終わった後、私は前に話したように、美鈴社長を火葬場のある建物の、カフェテリアに呼んだ。


「話とは何でしょうか?」

 彼女は、黒いワンピースを着て、髪をまとめ上げて整えた、未亡人のように厳かな様子で、片手にプラスチックのコーヒーカップを握っていた。


 向かい合って、同じくコーヒーカップをテーブルに置いていた私は、満を持して口を開いていた。


「ミラクルフライトに乗せてもらえませんか?」

 これは、一種の「賭け」だった。


 元々、私のせいで負け続けたから、彼には乗れなくなったし、私を降ろす決断をしたのは、馬主の彼女だ。

 だから、当然、断られることも覚悟していた。おまけに、調教師もエージェントも通さない、越権行為に等しい行動だ。


 しかし、彼女は、私の目を真っ直ぐに見つめ、一言、

「勝てますか?」

 とだけ聞いてきた。


 普通なら、ここで「勝てます」と自信満々に答えるのが、正解かもしれない。

 だが、私は「嘘」はつきたくなかったし、亡くなった祖父にも「嘘」をついてまで勝ちたいという姿勢を見せたくはないと思っていたから、正直に口に出したのだった。


「確実に勝てるとは言えません」

 さすがにそう言うと、彼女は小さく嘆息した。


「バカ正直ですね、優さんは。こういう時は、嘘でも『勝てます』って言うものですよ」

 その顔は、怒ってはいなかったが、笑ってもいなかった。呆れているに近いかもしれない。


 だが、私も下がるつもりはなかった。

「そうかもしれません。ただ」

「ただ?」


「私の全身全霊で、彼に乗って戦ってみたいと思いました」

 美鈴社長の表情が少しだけ、柔らかくなったように感じた。それくらい小さな変化で、よく見ていなければ気づかないような動きで、眉が少しだけハの字になっていて、口元がわずかに緩んでいるように見えた。


「わかりました」

「本当ですか?」


「ええ。ただ、次のレースはもう決まっていて、騎手も決まっています。今さら変えられません」

「次のレースは何ですか?」


「フェブラリーステークスです」

 それを聞いて、私はむしろ「乗らなくて良かった」と感じるのだった。


 何しろ、ミラクルフライト自体が、元々明らかに「ダート向き」ではないと思っていたからだ。

 だが、その出走理由を知りたくて、聞いてみると、


「長距離、中距離、マイル、短距離、どれでも勝てなかったのです。ならば次はダートと思いまして」

 と、当然のように主張し、それを熊倉調教師に相談したという。


 なるほど。まっとうな理由であることはわかったが。それにしてもミラクルフライトにダートは「似合わない」と思った私は、


「では、その次のGⅠレースでお願いします」

 とだけ言ったら、彼女は納得して、頷いてくれるのだった。


 ただし、彼女が許可したのは「1レース」だけで、それを見てから、その後、私に騎乗を任せるか、このまま大林翔吾騎手で行くかを決めるという。

 さすがに会社の経営者だけあって、安易に決めずに、慎重なところがあった。


 だが、とにかく私は「約束」を取りつけることに成功した。


 結局、その日も日高の実家に泊まることとなり、翌日の水曜日。北海道を去る前に、私はある場所に向かった。


 新ひだか町の静内川を遡った山に近いところに「静内調整池」という池がある。


 マリモというのは、元々、北海道の阿寒湖に生息する藻の一種のことを指す。マリモの墓を作る時に、「水」のそばがいいという意見が家族の間から出たため、選ばれたのだが、本当は阿寒湖にしたかった。


 だが、冬季の北海道ではあちこちが通行止めになるため、この時期に危険を冒してまで阿寒湖に行くのは、現実的ではなかった。


 静内調整池は、人工のダム湖だが、この際、妥協したのだった。

 そして、この湖畔に小さな石の墓を作り、マリモの骨を埋めることにしたのだ。


 その静内調整池に父の車で連れて行ってもらい、私は「彼女」との最後の別れを済ませ、心の中で誓うのだった。


(ありがとう、マリモ。そして、私を見ていて。きっとGⅠを勝ってみせるよ)

 新たな決意を胸に、私は身が締まるような思いを抱いて、再び決戦の地、関東へと出発した。

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