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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第12章 奇跡を呼ぶレース
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第46話 北からの知らせ

 根岸ステークスで、とんでもないダートの追い込み勝ちをやって、2月1週目の日曜日だった。


 騎手というのは、通常、レース中はもちろん、競馬場に入ってしまうと、隔離に近い扱いを受けて、携帯電話はもちろん使えない上、外部との連絡を遮断される。


 これは「公平を保つため」だという。

 そして、それが災いしていた。


 ある日曜日のレースが終わった後。その日の全レースを終えて、美浦の独身寮に帰る前。ようやく携帯を使えるようになった私が、画面を開くと。


 複数の着信があった。

 父からだった。


 すぐに折り返しで電話をする。

 すると、何とも暗い声が耳に響いてきた。いつも明るい父にしては珍しい。


「お父さん。どうしたの?」

「落ち着いて、よく聞けよ」


「うん」

「父さん、いやお前にとってはお爺ちゃんか。亡くなった」


「えっ」

 信じられなかった。最近、足が弱くなったとはいえ、まだまだ元気な人だったからだ。

 さらに、沈んだ気持ちに追い打ちをかけるかのように、私に不幸が襲いかかる。


「それと、マリモも亡くなった」

「……」

 衝撃すぎて、言葉が出てこなかった。


 私をいつも応援してくれた、父方の祖父。さらに、私に「馬」という物を教えてくれたマリモ。


 父によると、先に亡くなったのは祖父。

 死因は、心疾患によるもの。享年86歳(満87歳)。最期の時まで、病室で孫である私のレースを観戦していたという。


 一方、マリモ。彼女は老衰だった。享年25歳(満26歳)。馬の寿命は25~30歳くらいだというから、馬としてはそこそこ長生きした方だろう。人間で言えば70歳は越えている。


「葬式はいつ? 帰るわ」

 ひとまずそれだけを聞く。


 父によると、明日、通夜が行われ、明後日に祖父の葬式が行われるという。マリモもそれに合わせて、簡易的な葬式を行い、土に埋めるということだった。


 私は、すぐに熊倉調教師に電話をしていた。

 事情を説明すると、さすがにこの非常時ゆえに納得はしてくれた。


 ただ、

「週末にはレースがある。最低限、それまでに戻ってこい」

 と言われていた。


 平日は、多くの場合、美浦トレセンで調教があるが、週末は大事なレースがある。幸い、平日の地方でのレース騎乗予定はなかった。

 騎手である以上、そのレースに出れないことだけは避けなくてはいけない。

「わかりました」

 電話を切って、すぐに飛行機のチケットをネットから手配した。


 私は、翌日の月曜日、悲痛な思いを抱えながら、成田空港から北海道の新千歳空港に飛んだ。実は羽田空港の方が便数が多いが、成田空港の方が美浦からは近いし、行きやすい環境にあったからだ。その上、成田空港からの便の方が、値段が安い。


 この時期、北海道の札幌では、「さっぽろ雪まつり」が行われるため、実はチケットを取ることが難しいことがある。


 そのため、不本意ではあるが、早朝の便を取って、私は翌日、速攻で北海道へ旅立った。


 真冬の北海道には久しぶりに来るが、この年は例年に比べ、雪は少なかった。ただし、猛烈な寒さがあった。

 あまりにも寒いと、逆に雪というのは降らなくなるのだ。


 父は、新千歳空港まで車で迎えに来てくれた。

 久しぶりに会った父は、少し疲れたような顔をしていた。


 車中で、車窓に映る、すべてが凍り付いたような真冬の北海道の景色を眺めながら、私は運転する父に、助手席から話しかけていた。

「お爺ちゃんは何か言ってた?」

 その最期を看取れなかったのは残念だったが、騎手である以上、それが難しいのもわかっていた。


「ああ。お前のレースをいつも見ていたからな。GⅠに勝つところを見たいと言っていたよ」

「そう……」

 私は、車窓を眺めながらも、胸に込み上げるような思いを感じた。


(ごめんね、お爺ちゃん)

 祖父の前で、GⅠを勝つことが出来なかった。それだけが心残りだった。


「でも、GⅢやGⅡは勝ってただろ。特にスタートダッシュ。あれで勝った時には大喜びだったぞ」

 そう聞くと、少しは恩返しが出来たかもしれない、と安堵する気持ちにもなった。


 日高に向かう途中、父は興味深い情報を伝えてくれるのだった。

「そう言えば、オロマップんとこの娘さん。来てるぞ」

「えっ。美鈴社長が。何で?」

 あの忙しい社長さんが、わざわざ祖父の死に合わせて帰ってくるとは考えられないし、マリモにしても同様だと思っていた。


 しかし、

「ああ。あいつと父さんは、知り合いだったからな」

 それを聞いて、納得はしたが、わざわざ北海道に戻ってくるとは、余程の事情があるのかもしれない、とは思った。


 道は、アイスバーンで固められ、スタッドレスタイヤを履いた車が、慎重に進んで行く。

 冬の北海道の道は、夏場とはがらっと雰囲気が変わるし、地元のドライバーは必要以上には飛ばさない。

 夏は逆にがんがんかっ飛ばす車が多い北海道の広い道だが、冬は一歩間違えればスリップして、死ぬ可能性があることを彼らはよく知っているからだ。

 逆に言うと、冬の北海道で事故を起こすのは、慣れない観光客のレンタカーが圧倒的に多い。


 やがて、日高町の実家に着いて、私は車を降りる。そのまま母が用意してくれた黒いワンピースの喪服に着替えて、通夜が行われる新冠にいかっぷ町の会場へと向かった。


 すでに会場には、大勢の人が集まってきていた。

 人は亡くなった時に、初めて「その人が生前にどれくらいの人から信頼されていたかを知ることが出来る」と言われるが、祖父の謹一郎は生前、色々な事業をやっていたそうで、その関係者が数多く集まってきていた。


 そんな中、鹿嶋田美鈴社長の姿もあった。


 私は、彼女に声をかける。

「美鈴社長」

「優さん」


 二人で、会場の外に出て、自販機で買った暖かい飲み物を飲む。

 静かなところで話したかったのもあったが、私には聞きたいことがあった。2月頭のこの時期、北海道は完全に真冬で、強烈な寒気に包まれるから、互いにコートを羽織っていた。


「どうして、祖父の葬式に?」

 もちろん、そのことだった。


 彼女は、わずかに微笑んでから、

「謹一郎さんには、随分お世話になりました」

 そう言って、遠い目をして見せた。


 曰く。彼女の会社「オロマップ・ホースクラブ」は元々彼女の父が建てた会社だが、その設立に強力してくれたのが祖父だったという。さらに代替わりによって、美鈴社長が後を継いだ時にも関わってくれたという。

 それだけでなく、困った時は資金援助をしてくれたり、マリモの件も相談に乗って、石屋観光牧場への橋渡しもしてくれたという。

 私の知らない祖父の姿だったが、元々彼にはそういうところがあった。


「本当に優しい人でした。あの方がいなかったら、今の私はいませんし、会社もどうなっていたかわかりません」

「そうでしたか」

 無償の援助、自分より人のために尽くす。そういうことが出来る人というのは、世の中に一定数存在するが、実際にそれが「出来る」人というのは、数少ないものだ。私は祖父を誇りに思うのだった。


 と、同時に、決意を固める。

「葬式が終わった後、もう一度話せますか?」

 彼女に提案していた。


 それを聞いて、彼女は短く頷いていた。

 それは、私にとって、新たな決断を下すべき、瞬間でもあったからだ。

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