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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第7章 伝説の始まり
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第27話 黄金世代のライバルたち

 競馬の世界では、稀に「当たり年」というのがある。

 つまり、野球やサッカーで言うところの「黄金世代」が、競走馬の中でも現れる事がある。


 そして、私が乗ったミラクルフライトの世代が、まさにこの「黄金世代」だった。


 2037年11月8日(日)。

 私はまず2頭の鮮烈な戦いを目にした。


 1頭は、阪神競馬場の新馬戦(ダート・1600メートル)で何と2着に7馬身も差をつけて圧勝してしまった、怪物級の馬で、外国産馬のヨルムンガンド(牡・2歳)だ。上がり3ハロンのタイムが37秒2だった。

 日本で騎手免許を取ったばかりの若いフランス人のマリアンヌ・ベルナールという女性騎手が乗っていることでも、メディアの注目を浴びていた。

 さらに、血統的には、両親共に優れていて、「奇跡の血量」と呼ばれる18.75%を持っていた。特に母の母には、2017年、2018年に凱旋門賞を制した、イギリスの超有名な牝馬、Enable(エネイブル)がいた。

 来年のクラシック戦線の最有力候補と言っていい。


 そして、もう1頭。それは長坂琴音騎手が前回、「実は私も、外国産だけど凄い馬に出逢ったのよ。来年の戦いが楽しみだわ」と言っていた馬だった。

 こちらも外国産馬で、ベルヴィ(牡・2歳)。ただ、欧州産のヨルムンガンドと違い、こちらは米国産の血を色濃く受け継いでいるが、良血だった。

 ダート戦線で活躍しそうだ、と思っていたら。

 9月に新馬戦、10月にオープンクラス、そしてこの週には、京王杯2歳ステークス(GⅡ・芝1400メートル)という、いずれも芝のレースを圧倒的強さで制していた。しかも、その間、長坂琴音騎手は「鞭」すら使っていなかった。

 こちらも、恐らく来年のクラシック戦線に出てくるだろう。


 そして、ミラクルフライトにも次の戦いが待っていた。

 2037年11月23日(月)、東京競馬場、11R(レース)、芝1800メートル、東スポ杯2歳ステークス(GⅡ)。


 天候は曇り、馬場は「良」。


 実は、ミラクルフライトは、前走の1勝クラスでも圧勝しており、晴れてオープンクラスに挑む初戦だった。


 実はこのレースは、日本ダービー馬や無敗の三冠馬も輩出している、「出世レース」としても知られており、ミラクルフライトの将来を左右する、最初の試練と言ってもいい。


 そして、私は体験することになる。


 私にとって、2回目の中央の重賞制覇がかかっている、その大事な一戦。

 彼は、非常に「落ち着いて」いた。2歳とは、人間で言えば、せいぜい中学生か高校生くらいの年齢に当たる。それにしては、貫録があるほど彼は落ち着いていた。


 どちらかというと、彼は性格的に「わがままな」馬ではあるが、この時は珍しく、かかることも暴れることもなく、どこか達観したような利口な馬に見えた。


 そして、ここ東京競馬場の芝1800メートルは、実は私がシンドウで初めて「勝利」を手にした思い出のコースでもあった。

 これもどこか運命的な物を感じる。


 シンドウは残念ながら亡くなってしまったが、今の私にはミラクルフライトがいる。


 実際、このレースでの「敵」は2番人気のレッドサン(牡・2歳)くらいのものだった。鞍上は山ノ内昇太騎手。

 そして、ミラクルフライトは単勝2.2倍の圧倒的な1番人気だった。

 全12頭の競争となる。


 実際、スタートしてからは、ずっと中団に位置し、じっくり脚を溜める競馬をやり、最後の4コーナーを回って、最後の約530メートルある長い直線に入り、残り400メートル付近から仕掛けたら、あっという間に外から一気に上がって行った。


 それも、少し鞭を打っただけで、

(凄い! なんて速さ!)

 衝撃を受けるくらいに反応が良かった。


 途中で先頭を進むレッドサンを抜いて、1着のまま余裕でゴール板を駆け抜けていた。2着のレッドサンとは2馬身半は差がついていた。


 しかも、上がり3ハロンのタイムが35秒1という衝撃のタイムだった。2番手のレッドサンが35秒7だったので、0.6秒も速い。


 まさに「衝撃の末脚」を発揮していたミラクルフライト。


 後検量後に、ジョッキールームで、山ノ内昇太騎手から声をかけられた。

「速いな」

 彼には珍しく、神妙な面持ちで、言葉数が少なかった。それほど彼も衝撃を受けたようだった。


「せやけど、気ぃつけた方がええで」

「何で?」


「ヨルムンガンド、ベルヴィもそうやけど、凱の奴がえらい速い馬に乗るっちゅうて興奮しとった。それに武政騎手が乗る馬も速いという噂や」

「ありがとう。随分優しいんだね」


 一時は、色々といがみ合っていたというか、突っかかられていた彼にそう言われたことに、私は軽く衝撃を受けていたが、


「そんなんやない。ただ、競馬は血統だけやないしな。それに、俺も川本も来年のクラシックで活躍できるような馬には巡り逢えてへん。ちょい、お前が羨ましいわ」

「へえ」

 あの生意気な山ノ内昇太くんにしては、随分と殊勝な態度だと思った。同時に、彼も海ちゃんも、私みたいに「強い馬」に巡り逢っていないということは、私は幸運なのかもしれない。

 そう思った。


 そして、この時、何気なく聞き流していた山ノ内昇太くんの言葉が現実のものとなる。


 翌週。

 2037年11月29日(日)。阪神競馬場での新馬戦(芝・1600メートル)で武政修一騎手を鞍上にデビューした馬、その名はハイウェイスター(牡・2歳)。彼が後に最大の「壁」として立ち塞がることになる。


 ハイウェイスターは、追い切りの時計の良さから直前の単勝オッズは1.5倍の1番人気に支持され、2番人気の4.7倍、3番人気の7.6倍と大きく離れていた。

 大外8枠の14番からスタートし、道中は4〜5番手を追走。2コーナーで外から内に切れ込み、前を射程圏に捉えると、34秒8とメンバー最速の上がりを記録して持ったまま余裕で勝利していた。2着の馬とは2馬身差、3着の馬とは4分の1馬身差をつけていた。

 また、勝ちタイムは1分36秒8で、当日は稍重発表ながら次のレースは不良馬場となるほどの雨が降る中での好タイムだった。


 レース後の勝利インタビューで武政騎手がこう言っていたのが印象に残った。


「この馬の将来性はかなり高いですね。いつでも反応してくれそうな手応えだったし、直線で仕掛けてからの反応も抜群でした。調教で乗った時にイメージした通りの競馬をしてくれました。非常に強い馬ですね」


 本格的なクラシック戦線が始まる前から、すでに「黄金世代」の前哨戦が行われようとしていた。

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