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ミラクルジョッキー  作者: 秋山如雪
第6章 三年目の戦い
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第23話 突っ走る君

 この2037年の後半には、大きな出来事が起こるが、前半はまだ静かなものだった。

 そして、私にとって、この前半に「振り回された」のが、彼だった。


 スタートダッシュ。


 その名に違わない「超大逃げ」の逃げ馬。

 彼は実に不思議な馬だった。


 体型的には、競走馬としては貧弱に思えるくらい小さい。牡なのに、体重が400キロ台前半しかないのだ。


 通常、サラブレッドの牡の体重は400キロ台後半から500キロ程度はあるものだが、まるで牝並みに小さい。


 そのくせ、体力だけは有り余っているようで、とにかく全速力で飛ばすのが持ち味。


 新馬戦でも、前走の1勝クラスでも、そのあまりにも無計画なほどの「逃げっぷり」で勝ち進んでオープンクラスに上がった初戦。


 この馬の主力騎手に代って、今回も私が任されていた。新規開業した刈屋厩舎の刈屋鷹也調教師に、私は気に入られたのかもしれないが、私にとってスタートダッシュは、どうも「読めない」馬に映っていた。


 もちろん、私は「馬が好き」だから、どんな馬でも乗ることに躊躇はない。

 ないのだが、彼の性格は「読めなく」て不思議だった。


 そもそもが「飽きっぽい」性格で、調教をしていても、やる気がある時と、ない時の振り幅が大きい。


 やる気がある時は、力を発揮するが、ない時はさっぱり。ムラがあると言っていい。


 だからだろう。

 その次のオープンクラスの初戦、青葉賞に臨んだ時、それは起こってしまった。起こるべくして起こったと言っていい。


 2037年5月2日(土)、東京競馬場、11R(レース)、芝2400メートル、青葉賞(GⅡ)。


 天候は曇り、馬場状態は「良」。


 東京競馬場の芝2400メートルの左回りコースは、一周約2120メートルと中央競馬の10競馬場の中でも最大の広さを持つコースだ。


 約530メートルの、最後の長い直線が特徴で、途中に高低差2メートルの急坂もあり、差し・追い込みが非常に有利とされる。


 最後の直線での末脚勝負でスピード・瞬発力を発揮する為に、脚を温存出来るだけのスタミナも必要と言われる。しかも、4コーナーの正面手前からのスタートとなり、さらに急坂を2度走るので、要するスタミナも相当なものになる。


 日本ダービーやジャパンカップなど、日本有数のビッグレースが開催されるだけあって、真の実力が問われるタフなコースと言える。


 また、一般的に速いタイムが出る高速馬場になる事が多く、スピード豊富でキレのある瞬発力を持つ馬が好走傾向とも言える。この傾向が強い開幕間もない時期は、先行した馬がバテずに粘り切るケースが多発。長い直線があっても、差し馬より逃げ・先行馬が狙い目とされる。


 つまり、典型的な逃げ馬のスタートダッシュにもチャンスはあった。


 しかも有利とされる外枠の8枠16番という位置を確保。もっとも人気面では全然低く、16頭中の10番人気だった。


 期待はされていない。だが、その反面、自由に乗れる。


 刈屋調教師は、今回も同じことを言ってきた。

「スタートダッシュの好きなように走らせて、ハナ(先頭)に立って下さい」

 本当にそれだけだった。


 彼の考えていることもよくわからない。だが、乗せてもらってる以上、ひとまず指示に逆らうつもりはなかった。


 改めて乗ってみると、本当に小さい。

 しかも返し馬の時に気づいたが、その日はさらに小さく、馬体重が410キロくらいしかなかった。前走から馬体重が12キロも減っており、競馬用語でいう「ガレる」に近い状態。


 状態があまりいいようには見えなかった。


 そして、出走してみてわかった。


 確かにいつも通りに、彼はひた走ってくれた。最初からかっ飛ばすのだ。この青葉賞は、一応、「日本ダービー」への最終切符とも言える「トライアルレース」。つまり、ここに勝てば日本ダービーに出れる。


 そのはずだが、勝つ気があるのか、それとも単細胞なのか、何も考えていないのか。スタートダッシュは、またも「暴走」に近いくらいに飛ばして、1コーナーからハナに立って、後続をぐんぐん引き離す。


 そのまま2コーナー、3コーナーと走り、気がつけば2番手とは10馬身くらい差がついていた。


 だが、様子がおかしいというか、だんだん彼が「かかって」きたかのように見えていた。


 そして、案の定、最終コーナーを回って最後の直線に入ると、急激に失速。私は刈屋調教師の指示通り、鞭をほとんど使わず、馬のやる気に任せていたが。

 あとは、まるで馬が「もう疲れた」とでも言っているかのように、やる気をなくしてずるずると後退し、最後尾に「沈没」。


 圧倒的な差をつけられて16着、つまり最下位になる。


 だが、不思議なことに、客席からはスタートダッシュに対して、拍手や歓声が上がっていた。それが、ただの判官贔屓か、それとも嘲笑なのかは、私にはわからなかったが。


 私は、レース後に半ば呆れてしまったが、渋々ながらも報告すると、刈屋調教師は笑っていた。

「あれでいいんですよ」

 と。


 どうにも気になったので、その理由を聞いてみた。

「スタートダッシュは、馬なりに任せた方が力を発揮するからです」

 という回答だったが、どうにも私には納得がいかないというか、釈然としない。


「たとえ10回失敗しても、11回目で勝てばいいんです」

 刈屋調教師は笑顔のまま、そんなことを言っていたが、私にはその意図するところがさっぱりわからないのだった。


 そして、季節は進む。

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