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ムベの木が一本でもあればずっとこの場所に居られると思った。
龍はムベの香りがしないかと、注意深く周囲を探してみることにした。
湖から顔を出してみた。
空に上がってみた。
しかし、空からは見つけられなかった。
地を這うようにしてゆっくり、ゆっくりと沢山の木々を一本ずつ確認していく。
湖の周りをぐるりと一周。
見つからない。
湖畔から少し離れて、また湖の周りをぐるりと一周。
何度も湖を中心に回ってみたが見つからなかった。
悲しくなった龍は少し、涙の雨を降らせた。
ここにはムベの木はないのだと、悲しんでいるうちに季節は変わって涼しくなった。
すると山の何処からか、龍が探し求めていた香りが微かに香ってきた。
悲しい雨を振らせていた龍は香りに気がつき、またムベの木を探し始めた。
どこから香りがやってくるのか分からない。
僅かな風に乗って龍に届いた香りは、すぐに消えてしまった。
早く見つけなければ。
湖の周りをぐるり、ぐるりと慎重に。
そして、見つけた。
ムベの木は山頂と麓の中間あたりの、日の光が届く場所に一本だけ、小さな赤い実をいくつか実らせていた。
こんなところにあった。
龍は見つからなかった間の寂しさを忘れてムベの木に寄り添い、うっとりとその実の香りを楽しんだ。
気分がとても良くなった。
龍の降らせる悲しい雨は、嬉し涙の甘露となる。
ムベの木は龍が降らせた雨に濡れてまた少し香りを強めた。
たったの一本だが、龍はそれでも良いと思えた。
気に入った美しい湖の近くに大好きなムベがある。
それだけでも良いと思えるようになった。
ムベが大好きな者は他にもいた。
甘い果実を求めて、どこからともなく生き物がやってくる。
鳥たちが器用に皮を啄み、食い散らかして実を落とした。
虫たちが落ちてきた実の蜜をなめていく。
小動物が蜜と一緒に皮や種を食べている。
ムベは無くなった。
龍はまた、少し悲しくなった。