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ムベは年中少しずつ葉から香りを出し続けていて、特に果実が熟れる秋頃には離れられなくなるくらいの強い香りが放たれる。
ムベの香りは龍を包んで幸せな気分にされてくれた。
しかし、ムベの木は一本しかない。
良い香りを出す赤紫の実も数える程しかない。
もっと沢山のこの香りに包まれたなら…
どんなに気分が良くなるのだろう。
龍はまた考えた。
他の場所にこの木がないかと、ムベの木を探し始めた。
龍はまた長い年月をかけて探す。
一休みするために気紛れに四方を山で囲まれた湖に龍は降りていく。
ムベの木がなかなか見つからない。
龍に時間は関係ない。
生き物が何代入れ代わったとしても、花が咲く季節が何十回あっても、真っ白な雪に覆われる季節が数百回訪れても、龍が歳をとることはない。
だからどれだけの年月が過ぎ去ったとしても、龍には関係ない。
その、時間に関係ないはずの龍が時間をかけてでもムベをずっと探している。
やっと見つけたと思っても、龍が満足するようなムベの木が集まっている場所がないのだ。
ムベの木探しを休憩にした龍は、湖に近づいていく。
水は澄んで、キラキラと水面を揺らして陽の光を反射させていた。
湖を眺めている龍の目の前を、小さな魚たちがゆっくりのんびりと泳いでいく。
あまり深くないのだろう。
湖底がよく見えた。
湖底に根付いている水草も魚たちの住処であり、遊び場であり、魚の尾が触れるとユラユラと揺れていた。
龍は気分が良くなった。
ムゲの香りの他にも気分が良くなることがあるのを思い出した。
ムゲに拘ることはないのだ。
そっと湖の中に顔をつけてみた。
ひんやりとした水の感触。
前に水の中には匂いがないことを覚えた龍は、それから水の中に入らなかったのだが、魚たちが泳いでいるのをもっと見ていたいと思い、全身を水の中に入れた。
今までは空を漂うように旅をしていたが、湖の中でも同じように漂う。
魚や貝、水草に近づいてみたい。
どうすれば近づけるのか。
あの魚の側へ行きたい。
小さな背中に赤い斑点の並んだ魚を見た。
同じようにして身体を動かせば良いのだろうか。
空にいるときよりも少し抵抗はあって進みにくいが、龍はしっかりと泳いでいた。
時間をかけて練習すると、魚と同じ速さで泳げるようになった。
水草のようにユラユラと揺れて、水の流れに身を任せて過ごす。
このまま水の中にいるのも良いなと思った。
湖底から水面を見上げた。
空から湖を見下ろしていた時とは違って、水中からのキラキラは空も一緒に揺れていて面白く見えた。
龍はこの場所が気に入った。
お気に入りが増えた。
ムベの木と湖。
湖から離れたくなくなった龍は、近くにムベがあれば良いのにと考えた。