17
龍が雨を降らせたところはムベの他にもいろんな物が育つ土地になり、沢山の実が出来た。
「貴方はそこで何をしているのですか?」
ムベの香りを楽しんでいた龍に、誰かが話しかけてきた。
話しかけてきたのは人の子供だった。
子供は女の子で、植物の蔓を割いて編んだ服を着て、胸の高さまである木の棒を杖代わりにして左手で持っている。
龍がいるムゲの木の方に、しっかりと正面を向いているのだ。
誰にも姿が見えないはずなのにと、龍はとても驚いた。
よく見ると微かに視線が合わないし、焦点が合っていない?
瞳の色が他の人間は黒いのにこの子供は薄いですね灰色だった。
何か特別な者を見るようだ。
どうしてこの者は話しかけてこられるのだろうか。
(何故、我が分かる。見えぬはずだ)
龍は子供に言葉を発した。
ずっと昔に何度も試してみたが言葉は音にならず人に聞こえないのだと諦めていた。
「はい。私は何も見えません。貴方の姿はもちろんですが、仲間の顔も獣たちの姿も。産まれたときから私の目は見えていないのです」
龍の聞こえぬ言葉に返事をした。
「ですが、貴方が人でも獣でもないことは分かります」
龍は子供を見つめた。
「ここにはいろんな実がありますが、ムベがたくさん実っていますね。お好きなのですか?」
辺りの空気を吸って子供はムベがあったことに気づいた。
(そうだ)
好きな物を言い当てられて龍は短く答えた。
子供は少しずつ龍に近づいていく。
目が見えていないと言っていたが、険しい足元がちゃんと分かるのかしっかりと歩いている。
「この地を豊かにしていたのは貴方なのですか?ババ様が子供の時はこんなに豊かに沢山の果実が実る場所ではなかったと私は聞きました」
龍の顔のすぐ前まで来た子供は、杖代わりの木の棒を置いて柔らかそうな両手を突き出し、龍の鼻に近づけた。
自分を知ってほしいと思っての行動なのだろうか。
龍は子供の匂いを調べた。
名はカンノ。
カンノは本当に目がみえない。
生まれたときから見えないせいで、いろんなものの気配を強く感じ取ることができるので、精霊や物の怪の類いと交われた。
そんなカンノを、周囲の人間たちは【巫女様】と崇めている。