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初めての連載。
続けられるのか、不安しかない。
昔々のこと。
一匹の龍が空を漂っていた。
その龍には名前はない。
自分が、いつ、どこで、どうやって生まれたのかも知らない。
誰にも龍の姿を見ることができないので、この世界に生きている者たちも、この龍のことを知らない。
見えないから、知らないから、龍の存在を考えたこともなかった。
だから、龍も、この世界の生き物たちに話しかけることもなく、考えることもなく、ただ空を漂い、言葉を声にすることも知らず、時間だけが過ぎていた。
そして、龍は物を食べることを知らない。
食べなくても腹が空くことはなかった。
龍にとって食べることは大事なことではなかった。
龍が唯一、大事だったのは、気分が良いか良くないか。
この2つだけだった。
気分が良くなる時は良い香りがある時。
気分が良くない時は嫌な匂いを感じた時。
良い香りがするときには、龍は雨を降らせてみた。
雨を降らせることができるのをこのときに知った。
すると、その良い香りが少し増えるのだ。
嬉しくなった。
反対の嫌な匂いがするときには、龍は沢山の雨を降らせた。
最初は匂いが増えるのだが沢山降らせると、空気が雨に洗い流されて匂いが消えていく。
これもその時に知って、嫌な匂いが消えたのが分かると嬉しくなった。
それからの龍は気分によって雨を降らせることを覚え、いろんな種類の雨を作ることが出来るのを学んだ。
そして、龍はこの世界の自分の好きな香りを探してみようと思いつき、旅をした。
香りにも種類があることを知った。
生き物にはそれぞれ別の匂いがあるのだ。
赤い花、白い花、青い花、黃の花、大きな葉、小さい葉、高い木、低い木、芽、蜜、大きな実、小さな実、種。
虎、鼠、鳥、虫、獅子、蜥蜴、狸、狼、狐、蛇、兎、猿。
空から見える物に近づいて、汎ゆる者たちの出す匂いを覚えていく。
姿が見えない龍は、花に近づいてみたり、苔の上をコロコロ転がってみたり、目の前を通り過ぎる熊の匂いを感じてみたり…
龍の目に映る全てのものの匂いが気になった。
生き物たちの匂いをどんどん嗅いで、良い香り探しをしていく。
川を見つけた龍は、水の中にも匂いはあるかもしれないと思い顔を突っ込んで、中を覗いてみたのだが。
無かった。
生き物はいる。
生き物がいるのに匂いはない。
水の中には匂いが無いことが分かった龍はさっさと顔を引き上げた。
どれくらいの年月が過ぎたのかは分からないが、沢山の香りの中から、龍が一番気に入った香りを見つけることができた。
それは、山の中腹あたりの木から放たれていた、アケビによく似たムベの実だった。