第73話 役割
それにしても進みが遅い。
迷宮に入ってから、かれこれ一時間は経つのにまだ百メートルくらいしか進んでいない気がする。
さっきから探索隊リーダーのヤコブは、少し進んでは立ち止まって壁や床をチェックしてまた進むを繰り返している。
迷宮では魔物以上に注意しなければいけないのがトラップだ。多くの冒険者が死亡する原因のトップがトラップによるものである。
それは僕もジュラル迷宮で痛い目に遭ったから良く知っている。攻略された迷宮でさえ、トラップにやられて死ぬ可能性はある。
彼は『石橋を叩いて渡る』を実践している。さらに彼は生還率五割の世界を生き抜いてきたのだから「遅い!」なんて文句は言えない。
後衛の僕が暇を持て余してキョロキョロしていると、同じく後衛のアルペジオにクスリと笑われてしまった。
彼女の愛らしい笑顔に思わず僕の胸はトゥクンと少女漫画の主人公みたいにときめく。
「ねえねえ、ユウは迷宮初めてなの?」
友達感覚の軽い口調で彼女は言った。
「いや、クエストで何度かあるよ。でも出来立てホヤホヤってのは初めてだね」
ゲームの中でならこの中の誰よりも経験を積んでいるはずだけど。
「ふーん、それにしてもなんかイメージと違ったよ。《極刀》なんて名乗っているからもっと堅苦しくて厳めしい人たちなのかと思った」
「うん? がっかりした?」
「ううん、そんなことないよ。あたし、堅苦しいのって嫌いだからさ。ところでずっと気になっていたんだけど、それってどうなってるの?」
アルペジオは僕のピンと伸びた右耳を指さした。
「ハーフエルフって……訳じゃないんだよね? 見るからに後付けっぽいもん」
「あー……これはですね」
ある魔導士との戦闘によって右耳を失ったこと。
その後、ある人がハイエルフの耳のミイラをくっつけてくれたこと。
僕は歩きながらアルペジオに細かいところは端折って事情を説明する。
僕の話をアルペジオはケラケラ笑って聞いていた。
「うっそー、信じられないけどそんなこと出来る人いるんだ。おもしろー」
「人体合成ってレアなスキルなの?」
「レアと言えばレアだけど、異種間結合は初めてみたかも。だって普通は自分の体じゃないと拒絶反応が出るから絶対やらないんだよ? やったとしても兄弟とか血縁者が限界だよ。なのに別種族のパーツをくっつけちゃうんだから、その人って凄腕だけど絶対頭がおかしいよ」
頭のおかしい人呼ばわりされてますよ、ミレアさん……。まあ、一概に否定はできないかもしれない。彼女は常識人に見えてかなりぶっ飛んでいるところがあるからな。
「その耳、なんか特殊な能力とかあったりするの?」
「うん、聴覚もかなり良くなったし、空間を漂う魔力の流れを感じられるようになったね」
「へぇー、すごいね。『空間を漂うって』どんな風に感じるの?」
「池に投げると波紋ができるだろ? あんな感じに術者が魔法を使おうとすると波紋が広がるみたいに『視える』っていうのかな? そんな感じで分かるんだ。だから攻撃魔法による不意打ちを防いでくれたりするし、他にも盗み聞きしたりするときも便利だね。最初はちょっと人目が気になったけど、最近はジロジロ見られるのにも慣れてきたよ」
アルペジオはふんふんと相槌を打つように尻尾を振った。
「ねぇ、もう一個きいていい?」
「もちろん」
「準勇者にキミたちを押す声もあるのに、どうして迷宮探索なんてやってるの?」
「うーん、ギルマスに頼まれたから?」
「それだけ?」
「元々僕らは東方大陸を目指しているからお金を貯める必要があったんだ。今は魔王軍のせいでアイザムを離れられなくなっちゃったけどさ」
「そっか」
「キミたちはどうして迷宮探索を? 正直なところ《蛇咬》と《百夜》は行動理念が違うように思えるけど」
「《極刀》と似たようなものかなぁ、うちらも結局お金が必要なんだよ。装備やら物資やら渡航費用やら、北方大陸に行くにはね」
「北方大陸?」
雷帝が生きていたときに人族は北方全土を取り戻したが、今は再び魔王軍に占領されてしまっている。
「うちら三人ってさ、同郷の幼馴染なのね、その村の人間の先祖はローレンブルクの出身なのよ。だからローレンブルクを魔族の手から奪還することが目標なの。そのためにはさ、やっぱ先立つものが必要でしょ?」
アルペジオは人差し指と親指を合わせて輪っかを作る。
「せっかく勇者たちが取り戻してくれたのにさ。《極刀》も一緒に来てくれると助かるんだけどなぁ……、北方攻略ぅ」
彼女は流し目で僕を見てきた。猫耳がピコピコ動く様がなぜか妙に色っぽい。ケモナーの性癖に目覚めてしまいそうだ。いや、目覚めたい! むしろすでに目覚めている!?
「降りかかる火の粉は掃うし、困っている人がいれば助けてあげたいと思ってる。僕はさ、矛でいるより盾でいたいと思ってるんだ。正直、僕には準勇者は重すぎる。それに僕の魔法は迎え撃つ方が得意だから防衛に徹した方がきっとみんなの役に立てる」
「そっかぁ、ざんねん――、おっと」
アルペジオが先を歩いていた《蛇咬》のメンバーの背中にぶつかって立ち止まる。
前方を見ると先頭のヤコブが足を止めて通路の先を見つめていた。
「不気味なほど静かだな……、これまでの迷宮と様子が違うぞ」
そして不安を煽るようなことを言いやがった。




