第52話 火の玉ストレート
「ユウさんは女心が分かっていませんね」
今朝の痴話喧嘩の経緯を最後まで黙って聞いていたミレアは切り捨てるように言った。
鋭利な言霊がぐさりと胸に刺さる僕を横目に彼女はロブスターロールを口いっぱいに頬張っている。
僕はミレアから授業を受ける代わりに彼女にランチを提供している。
今回はミレアのリクエストでアイザムの街で最も有名なロブスターロールを買って来た。縦長のパンにマヨネーズで和えたぶつ切りのロブスターを挟んだホットドッグみたいな食べ物である。
正に噂にたがわぬ美味さで、朝から行列に並んだ甲斐があった。けど今は味がしない。
「女心って、ラウラが嫉妬してるとでも? いやいや、それはないよ。そもそもあいつと僕はそんな関係じゃないんだ」
「じゃあどういう関係なのですか?」
小首を傾げたミレアは上目遣いで僕を見た。まるで心を覗き込むように、嘘を言わせないためにその碧眼で僕の姿を捉える。
「それは……、目的を同じくする仲間、かな?」
「目的とはなんですか?」
「東方大陸を目指すっていう目的だけど……」
「それは本当にラウラさんが望んでいることなのですか?」
「そ……それは……」
確かにラウラは魔女認定から逃れるために国から逃げ出しただけ。僕と一緒に東方大陸に向かう必要はない。ただ、東方大陸は枢機教会の手が及ばない場所というだけで、他に安全に暮らせる場所があるならどこでもいいのだ。
「望んではいないかもしれないけど……それでも、ラウラには僕の仲間として付いてこようとする意思はあると思う」
「なるほど、仲間ですか? それはつまり、ユウさんもラウラさんのことを仲間として認識していると?」
「もちろん、色々あったけど今はラウラを信頼している」
「ふむむ、そうなのですね。ユウさんはラウラさんのことを『信頼できる仲間』だと思っていたのですね、知りませんでした」
いつにも増してミレアは含みのある引っ掛かる言い方をする。
「あれ? なんか怒ってる?」
当たり前です、とミレアはピシャリと言った。
「私が言いたいのは、スレイブリングを付けておいてよくそんなことが言えますね、ということなのです」
「ぐ……」
「ラウラさんのことを疎ましいと思うなら指輪を外して解放してあげればいいのではないですか?」
「うぅ……」
火の玉直球ストレートのド正論である。
「そのことは百歩譲っていいんです。それがユウさんとラウラさんの絆であるというなら私からは何も言いませんし言えません。しかしながら、その割にはお二人の関係は歪です。ユウさんはラウラさんを奴隷扱いしていませんよね? ラウラさんはラウラさんで感情を抑えて我慢しているにしても奴隷なのに小言を言ってきたり、ユウさんをたしなめたりします。主従があやふやなのです」
ぐっ、とか、うっ、とかしか言えない僕にミレアは畳みかける。最近分かってきたが、彼女は責める側に回ると容赦ない。
「重要なのは、ユウさんがラウラさんと一緒にいたいと思っているのにその気持ちに気付こうとしないことです。彼女のことは信頼している。でも指輪を外すのは怖い。彼女が離れていってしまったらどうしようと不安なのでは?」
「そ、そうかもしれない……」
ラウラは奴隷じゃない。お仕置きのために指輪を付けさせただけで、もうその役目はとっくに終えている。今、ラウラは反省して僕の力になろうとしてくれる。異端審問官に殺されそうになったときは命だって助けられた。僕の代わりに人を殺めた。
でも、それでも僕は指輪を外そうとしなかった。ミレアの言う通り、心のどこかで不安だったのだ。
ラウラがいなくなってしまうのが……。
だから指輪を外せなかった。分かっていたけどそのことから目を逸らして、考えないようにしていた。
「同じようにラウラさんも不安なのです。自分を奴隷として扱わず対等に扱ってくれる。だからといって指輪を外そうとしない。信用されているのか、されていないのか、自分がユウさんにとってどういう立場なのか不安なのですよ。どこかで捨てられてしまうのではないかと心細いんです。だからユウさんの目的を自分の目的に重ねて東方大陸に行こうと必死なのです」
ぐぅの音も出ない。返す言葉がないとはこのことだ。
「そして極め付きは、エッチなことはするけど『好きだ』と言ってくれないことです!」
「うぐっ!」
なんでそれを知っているッ! そう思った直後、ミレアがジトッとした軽蔑の眼差しで僕を見ていた。
「カマを掛けてみただけなのですが、まさかそこまで甲斐性なしだったとは……心底見損ないました」
「いやいや、あれは未遂だったから!」
「それをカウントしないと言うのですか?」
「っ!?」
僕は項垂れて頭を左右に振った。もう反論の余地はない。
「僕は……、どうすればいいかな?」
我ながら情けない声である。
「それは自分で考えてくださいなのです」
「だよね……」
僕は思い浮かべる。
東方大陸に到着した後、ラウラはどうするのだろうか?
住むところは?
仕事は?
そんなこと考えたこともなかった。
だってラウラは僕のそばにいると思っていたから、この先もずっと一緒にいるんだろうなと、そんな風に勝手に思い込んでいた。
だってラウラには帰る場所がない。
東方大陸は海の向こう側にある。飛行機でもあればリタニアス王国までびゅーんと飛んでいけるけど、一度海を渡ってしまえば易々(やすやす)と戻って来られない。
ラウラは知らない土地に骨を埋める覚悟で僕に付いて来ているはず。真剣にもなるだろう。相方が怠惰なら憤りもするだろう。
僕は彼女の覚悟を蔑ろにしてしまっていた……。
ふと、この街に来た時のことを思い出す。
ラウラのために買った仮面で僕が悪ふざけしたとき、ラウラは僕の身を案じて本気で涙を流していた。
彼女にとって僕は心の支えなのだ。唯一の繋がりを持った人間なのだ。
あのときも反省したはずなのに、分かっていたはずなのに……。
僕は前回と同じ過ちを繰り返してしまっていたんだ。
ラウラは僕との確かな〝繋がり〟が欲しいのではないか、禅宮游にとってお前はどんな存在だ? そう尋ねられたときに明確な答えが欲しいのではないか?
そして、彼女に答えを与えてあげられるのは僕しかいない。
「付いてきてもいい」じゃなくて「一緒に行こう」と手を握ってあげる、それが今の僕にできることだ。
部屋にひとり残るラウラの姿を想像する。
僕の頭の中に浮かんだ彼女は沈んだ暗い表情をしてベッドに腰を掛けていた。
……謝ろう。
「……今日は帰るよ」
僕がそう告げると、口許にマヨネーズを付けたままミレアは微笑んだ。




