第45話 魔神ヴァルヴォルグ
ギルドから配布された冒険者ビギナーズガイドによれば、ジュラル迷宮は四半世紀前に一度攻略された地下迷宮だ。
攻略され尽くしたといっても過言ではなく、銅貨一枚すら残ってないと言われるほどである。
迷宮内のアイテムや財宝は全国各地から集まった冒険者たちによって回収され、最奥部の守護者《赤竜》が討伐された現在はモンスターの巣窟となっている。
そんな危険だけが伴う近づく理由もない地下迷宮に目を付けたのがアルデラだった。
アルデラは自らが書き下ろした魔導書を迷宮深部に保管して教会の目を欺こうとした。要は天然の金庫として利用したのだ。
僕は現在、ラウラと依頼主のミレア・ワイズを連れて暗い迷宮を進んでいる。
ミレアには危険だからついてこない方がいいと忠告したのだが、本人は「異端者アルデラの足跡を感じたい」とまたもや聖職者ならぬことを言って同行している。
今のところ、彼女が持っていた迷宮の地図のおかげで迷うことなく進めている。
地図は当時の冒険者が攻略中に書き記した物を骨董屋で見つけて買ったそうだ。地図のある迷宮とはこれ如何に。
なによりシスターである彼女は回復や防御支援など光の精霊の加護が得意とのこと。正直その辺はかなり心許なかったので同行してくれるのはありがたい。
ミレアから加護を受けるにも精霊との相性があって得手不得手が存在すると教えてもらった。
ちょっとした加護ならどの系統の精霊も答えてくれるが、強力な加護を得る場合は毎日朝昼晩の三回決まった時間に祈りを捧げる必要があるそうだ。
ラウラも感心しながらミレアの話を聞いていた。
ってお前も知らんかったんかい! 思わず心の中でツッコんでしまう。ちょっと勉強すれば誰でもできるとか言ってたクセに。
仕方ないか、ラウラは感覚派だからな。
「禁書ってそんなに面白いの?」
道ながら僕はミレアに聞いた。
「はい、とっっっても!! 世界の真理に近づけるあの感じがたまらないのです!」
「あはは、シスターの言葉とは思えないね」
「大丈夫です。精霊様は謝れば赦してくれますから、ちょろいのです」
ちょろいって……。破戒僧みたいなシスターだな。
「ちなみに読んだ禁書の中で一番面白かったものってなに?」
「そうですねぇ、全部面白いですけど一番興味深かったのは、なぜ魔力を持った人間と持たない人間がいるのかということに着目したフォルクマンの『魔神論』なのです」
「確かに当たり前すぎて考えたこともなかった。そういう物としか思ってなかったし」
「ユウさんはどうしてだと思いますか?」
「うーん、単純に遺伝じゃないかな?」
「半分正解なのです。しかし我々のご先祖様をどこまでも遡ると、やがて誰もが魔力を持たない親に行き着ついてしまいます」
「じゃあ突然変異?」
「いえ、そうではなく魔力を持っている人間は、魔神ヴァルヴォルグと人間の間にできた子供たちの子孫なのです」
「魔神ヴァルヴォルグの子孫……」
勇者に魔王と来て今度は魔神か。
ミレアは語る。
――この世界で魔力を持った人間はおおよそ十人中三人、魔法を発現できるほどの魔力持ちになると十人中二人程度。
フォルクマンが魔力を持った人間の家々を周って調査した結果、ほとんどの家に魔神ヴァルヴォルグに関する伝承や言い伝えが残っており、北方大陸に先祖が住んでいたことが判明した。
北方大陸といえば長いこと魔族に占領されていたが、かつては魔神を祀る人族の国、ローレンブルグがあり、そこから魔神と人間の子孫が各地に散って広まり現在に至る――。
「というのがフォルクマンの主張なのです。私もこの説は正しいと思います。北方出身者は魔力を持っている人の割合が高いですし、それに魔法は元来魔族固有のスキルだと考えた方が自然ですからね」
ミレアは嬉しそうに禁忌を語り続ける。
「この本が書かれたのは枢機教会が誕生する三百年ほど前になります。フォルクマンの魔神論が遺跡から発掘されたときにはすでに教会は世界中に広がっており、教会内には魔力を持った大神官や神官がたくさんいました。そこで――」
「不都合な真実を隠すために禁書にしたのか」
「はい、その通りです。教会は魔法と加護を区別する傾向にありますが、完全に分離できないのはそのためです」
「それなら燃やしちゃえばいいのに」
「わたしたち教会の人間は精霊様から授かった文字で書かれた本を燃やすという行為に強い抵抗がありますので――といいますか、ジュラル迷宮をこんなサクサク進めるなんて、ユウさんの魔法って一体なんなのですか?」
そのとおり、僕らはほとんど足を止めずに迷宮を進んでいる。ミレアは未知の魔法に興味を持ったようだ。
「こいつは猛毒を持った魔法だよ」
「猛毒?」
ミレアは思案するように小首を傾げた。
「そう、だけど毒に侵されるのは使用者だけどね。強力過ぎて自分は強いんだと勘違いさせる恐ろしい魔法だ。今まで僕が死ななかったのも魔法の力じゃなくてただ単に運が良かっただけさ、そう思い込まないとどんどん『オレって最強じゃね?』と勘違いしてしまう。まあ、そんなことは気にしないで、どんどん行こう」
バガンッ!
時空転移魔法で両手足を失って床を這いずるスケルトンウォリアーの頭をラウラが剣で打ち砕いた。
「……非常識で申し訳ない」
前衛職のくせにほとんど僕の後ろにいるラウラが申し訳なさそうに言った。
「規格外の強さに驚いています。極刀のリーダーであるウララさんはもっとお強いのでしょうね」
いえ、そのようなことは……、と気まずそうに謙遜するラウラだった。
……名前間違えられてるぞ、ウララさん。
土曜日はお休みします。




