第44話 アルデラの魔導書
ミレア・ワイズ、十代半ばの清楚系美少女だ。
アオザイのようなボヂィーラインがくっきり分かるピタッとした服にカーディガンを羽織っている。
そして目を見張るのは彼女の胸だ。ここを見てくれと言わんばかりに主張する凶悪なおっぱい様をお持ちである。
ごくり、と思わず唾を呑み込み、僕は手を合わせた。
ありがたや……。
なんでこんな美少女が、むさくるしい冒険者ギルドなんかに? ひょっとして美人局か?
僕は心の警戒度をひとつ引き上げる。
「はじめまして、極刀のユウ・ゼングウです。いやはや、なんと言いますか初めてのご指名がこんな可愛い女の子だなんて光栄です。顔を見た瞬間にチェンジなんて言われたらどうしようかと思いましたよ、ハハハハッ!」
サラッと出てきた歯の浮くようなセリフに彼女は、くすりと笑みをこぼした。
というか思わず本名を名乗ってしまったが、まあいいか。
「私も口髭を生やしたオジサンを想像していましたから意外なのです」
「いやぁ、気が合いますね、どうぞお掛けください」
和やかに挨拶を済ませると僕らは向かい合って椅子に座る。
「では、さっそく依頼内容についてうかがいます」
「つかぬ事をお聞きしますが、ユウさんは教会の敬虔なる信徒ですか?」
神妙な顔つきでそう尋ねてきた彼女に僕は首を振った。
「ではパーティーメンバーの女性の方は?」
「最近まで信仰していたけど今は違います」
そう答えると彼女は「よかったぁ」と破顔させて胸を撫でおろした。
「……あの、これって宗教の勧誘ですか?」
「試すような真似をしてごめんなさい。なぜ信者かどうか確認したかと申しますと、わたしの依頼内容が教会の教えに背くものだからなのです」
教会の教えに背く? なんだか不穏な空気になってきたが、とりあえず今はまだ様子を見よう。
「ははあ、それで東方出身の冒険者を探していたんですね」
きっと東方大陸にはまだ枢機教会の魔の手が及んでいないのだろう。
「はい、それから『極刀』を名乗るくらいだから、新人さんでも腕に自信があってお強いのかなって思いまして」
「あれ? おかしいな……極刀を名乗るヤツはヌケサクしかいないって聞いたけど」
「ええ、普通に考えればそうなのですけど、膠着状態といえ魔族がいつ侵攻してくるか分からないこの時代に『極刀』を名乗るには度胸がいりますからね」
「なるほど、それで信仰に背く依頼ってのは?」
「ユウさんは、ジュラル迷宮というのはご存知ですか?」
「あー、ギルドに登録するときに受付のお姉さんが、危ない魔物が多いから近づくなって教えてくれた迷宮がそんな名前だったかな? そこにお宝でも眠ってるの?」
「はい、わたしにとってはお宝ですね。でも他の人なら絶対に探そうなんて思いません」
聞いてくれと言わんばかりの含みのある言い方だ。ここは素直にその誘いにのっておく。
「というと?」
「実はジュラル迷宮には異端者アルデラが残した魔導書が眠っているそうなのです」
「アルデラ? なんか聞いたことあるな……」
ああ、僕の師匠のことか。異端で捕まって火炙りにされたっていう。
「ええ、アルデラは異端指定されている禁忌魔法をずっと研究していた魔導士ということで、異端界隈では有名人ですからね」
異端界隈って……そんな業界があるのかよ。
「アルデラはエリテマという町で捕まって処刑されたと聞いています。過酷な拷問の末、自身が書き下ろした書物を捕まる前にジュラル迷宮の深部に隠したと異端審問官に語ったそうなのです」
「過酷か……、ひどい拷問を受けたんだろうな」
思わず背筋に寒気が走り、ぶるりと体が震えた。
「そうなのですけど、異端審問官にとっても過酷だったと聞いています」
「どういう意味?」
「アルデラは拷問の過程で審問官たちから超級マゾヒストと呼ばれ、畏れられるようになりました。拷問する度に喜び悶えたそうなのです。『もっと、もっとだ!』と連日激しい拷問を求め続け、心の病になってしまい退職を余儀なくされた審問官も結構いたそうなのです」
なにやってんすか、師匠……。
「アルデラの死後、神官たちはジュラル迷宮へ魔導書の回収に向かったのですが、魔物が強すぎて近寄れなくて諦めたそうです。結局、誰も近づけないならそのまま封印しておこうってことになりました」
確かにセキュリティーとしては申し分ない。むしろ教会が持っているよりも安全安心かもしれない。
「ふーむ、質問いいかな?」
「はい、もちろんなのです」
「なんでそんな事情をミレアさんが知ってるの?」
核心をついた質問に彼女は顎を引いてうつむいた。
しばらくすると意を決したように顔をあげ、真剣な眼差しで僕の目を見つめる。
「実はわたし、枢機教会でシスターをやっていまして、橋の向こう側にある教会関連施設で禁書番をしているのです」
「つまり、今回の依頼は教会として魔導書を回収するってことですか?」
「いえ、その、お話しにくいのですが……これは個人的なお願いでして……」
「ふむ? というと?」
「バベルの門と呼ばれる禁書庫で禁書番として働いているのは現在、わたしと数人のシスターしかいないのですが、施設に異動になってから毎日が退屈で退屈でしょうがなく……ちょっと、魔が差してこっそり禁書を読んでしまったんです。見つからないように隠れて読んでいるうちに、だんだん面白くて、ハマってしまいまして……気付いたときには書庫の本をすべて読み終えてしまいました……」
おいおい、とんでもないことを告白しだしたぞ。そういう告白は神の前でこっそりやれよ。
「な、なるほど……、それでアルデラの残した魔導書の噂を聞いて読みたくなったと」
「は、はい……ダ、ダメですか?」
ミレアはおねだりするように上目遣いしてきた。ぐっ、あざと可愛い……。僕が純木童貞中学生だったら完全にやられていたところだ。
この子は自分の武器を知っていて最大限フル活用している、そんな気がする。しかし悪い子ではないのだろう。
「うーん、教会の仕事だったら断っていたけど、個人的な趣味なら依頼を受けるよ」
「ホントなのですか!」
「ああ、僕も師匠が残した本を読んでみたいしね」
「え? 師匠? ええッ!? アルデラが師匠なのですか!」
肩を跳ね上げたミレアの胸がぷるんと揺れる。
「う……、うん、まあね」
会ったことはないけど、とは言わなかった。
「これも精霊様のお導きです」
ミレアは瞳を閉じて祈るように手を組んだ。
どちらかといえば悪魔の囁きだと思うけど、どっちでもいいや。
「それより僕がこの話を教会に密告したらどうするつもりだったんだ?」
ふふっ、と可愛いらしく微笑んだ彼女は片目を閉じてウインクした。
「世間の人は東方からの異邦人と教会のシスターの言うこと、そのどちらを信じると思いますか?」
「怖いことをさらっと言うね……」




