第42話 雷帝
「仮面魔導士だって? 完全に僕のパクリじゃないか……」
僕は口を尖らせ独り言ちる。
「そんな訳ないだろう……、センスの悪い偶然だ」
ラウラはあきれ顔である。
「あのー、すみません。さっきの話、ちょっと聞かせてくれませんか?」と僕は椅子にもたれながら後ろを振り返った。
「あん? なんだてめぇは?」
冒険者のおっさんたちが条件反射的にメンチを切ってきたので、僕はすかさず手を挙げてウエイトレスを呼んだ。
「お姉さーん、この人たちに同じやつ追加で」
「おう? 悪いな、にーちゃん」
オッサンズの表情がコロリと変わる。酒の力は偉大だ。みんなを笑顔にしてくれる。たまに不幸になるヤツもいたけど。
「いえいえ、お近づきの印ですよ。それで、その仮面魔導士なんだけど、葉っぱで顔を隠した裸の男のことじゃないよね?」
ぽかーんと男たちは僕の顔を見つめた後、ぶひゃひゃひゃと豪快に笑い出した。
「なんだそりゃ! そんな変態がいたら見てみたいもんだぜ!」
「面白れぇな! お前も一緒に吞めよ!」
「あ、どもども」
僕は果実水の入った自分のジョッキを持って立ち上がり、椅子をくるりと回転させてオッサンたちのテーブルに移動する。
「俺が耳にした噂の仮面魔導士っつーのは、そっちのねーちゃんみたいな仮面を付けた男らしいぞ」
赤ら顔のおっさんがラウラを指さした。
いや、それそのままじゃん……。
「俺はそいつを実際に見たことがあるヤツに聞いたんだが、黒鉄の仮面に黒いローブ、でっかい魔石の付いた杖を持っているそうだ」と眼帯のおっさんが付け加えてくれた。
黒い仮面に黒いローブ? これで赤く光る剣を持っていれば完全にベ○ダー卿だ。シュコーって呼吸音が聞こえてきそうだ。
「三日でアイアンからプラチナになるってそんなにすごいの?」
「なんにも知らねえだなぁ。これだから最近の若いやつはよ……。いいか? 雷帝ライディンだってギルドに登録してからプラチナになるまで三ヶ月掛かってんだ。それですら早いって言われてたんだから尋常じゃねぇスピードだぜ!」
「そうそう、こいつなんて十五年も冒険者やってるのにまだシルバーなんだぜ」
「うるせえ、てめえだって同じじゃねぇか!」
「ところで雷帝ライディンという方は有名人なんですか?」
僕がそう質問すると、男たちは唖然と口を開いた後に顔を歪めてみせた。どうやら知らないと常識を疑われるレベルの有名人のようだ。
「おいおい、なんも知らねぇにしても限度があるぞ。ひょっとして冒険者登録したばかりの辺境から来た田舎者か?」
「ええ、まあ、さっき登録したところです」
「どおりで面を見たことがねぇ訳だ。しょうがねぇからベテランの先輩が教えてやるぜ。雷帝ってのは現勇者の通り名だ。ま、こんなことはその辺のガキでも知ってるがな」
現勇者……。へぇ、雷帝ライディンっていうのか。
しかし犬ドッグみたいなネーミングセンスだな、あるいはロボットシリーズか?
「おめぇ、そんな調子で大丈夫かよ? 悪いヤツに騙されないか、おじさん心配だぜ……。よし、今夜は俺たちがとことんお前に冒険者のイロハを教えてやる! うっひひひぃ!」
赤ら顔のオッサンは僕を見つめていやらしく笑った。
それから僕はおじさんたちから手取り足取りくんずほぐれつしながら教わって大人の階段を昇り――は、せずに意気投合した僕らは楽しく酒を酌み交わした。
あっという間に時間が過ぎていき、気が付いたら日が暮れていた。
ほろ酔い気分で宿の部屋に戻る。
シングルルーム×2では割高なので宿に泊まるときはいつもツインルームだ。こっちの世界の宿は基本的にシャワーもなければトイレもない。クローゼットもない。ベッドが二つあるだけの質素で狭い部屋がデフォルトだ。
若い未婚の男女、しかもお付き合いしていない男女が一緒に過ごすには距離が近すぎる。
ラウラと同室で夜を明かすのはこれが初めてではない。
んが、綺麗すぎてヌケない問題は距離が近づくにつれて解消されていったのがこれまた問題だった。
今は逆の問題が発生している。
さらに行為寸前までいったあの夜から特にひどくなっている。
飯も食べた、後は寝るだけだ。
後は寝るだけ……。
めちゃくちゃムラムラして寝られない。アルコールが入っているから余計ムラムラする。
「そろそろ、寝るか……」ラウラが言った。
それはラウラが服を脱ぐという合図だ。
「あ、ああ……」
いつも通りに、僕は壁を向いて見ないようにする。
しゅるる、と服が肌に擦れて落ちる音が静まり返った室内に木霊す。
元上級貴族の習慣なのか、寝るときラウラは必ず寝間着を着用する。以前、大聖堂で着ていたシルクのネグリジェだ。
振り向けば裸体に近い姿を拝観することができよう。それだけではない。僕は、彼女になんでもいうことを聞かせることができるのだ。なのに、僕の日本人としての倫理感がそれを邪魔してくる。
――やっちまえよ、我慢は体に良くねーぜ。
僕に似た悪魔が囁いた。
――そんなことをしてはいけません。彼女に嫌われてしまいます。そういった行為は愛がなければなりません。
ラウラに似た可愛い幼女の天使がそう説いた。
――はっ! カマトトぶりやがって! お前なんかこうしてやるぜ!
悪魔が天使を押し倒して襲い始めた。
――や、やめなさい! やめて……、あっ、いや……ああ、ああっ! いいっ!
生殺しだ……。
僕はベッドから起き上がる。
ベッドが軋んだ音にラウラは体をびくりと震わせた。
「……トイレ行ってくる」
「あ、ああ……」
古典的な葛藤を脳内で繰り広げた末、僕は自家発電という解に至るのだった。




