第38話 リスタート
第三章はここで終わりです。第四章【ギルド編】に出てくるキャラクター紹介を挟んでから、次章に移行したいと思います。
クリーゼさんの仇を討てないまま死ぬのか……。嫌だ……。このままじゃ死んでも死にきれない……。
「がァ……」
力を振り絞り、首に掛かったソロモンの腕を引き剝がそうともがくがビクともしない。さらに指が首に食い込んでいく。喉が潰れ、気管を圧迫する。
「あなたは週にいくら給料をもらっていますか? 私は週にカイン大銀貨で二枚ほどいただいています」
脚をばたつかせる僕を見下ろしながらソルモンは語り続ける。
「異端審問官は聖職者でありながら、給与がもらえる特殊な職業です。なのできっちり給与分働かなければなりません」
次第に意識が遠く、視界が暗くなっていく。
「命を奪おうとする相手のあんな安っぽい命乞いに騙されてはいけません。ましてや躊躇してはいけません。ケッヘルの舌を奪ったときのように冷徹にならなければなりません。もっとも、あなたはあの時点で私たちを殺しておくべきだった……、どうですか? 給料分はあなたにとって有益な情報だったでしょうか? それでは、死にゆくあなたに給料分の祈りを捧げましょう。異端者といえ、天に召されればその魂は浄化します」
――くそ……もう、ダメだ……。
僕が死を覚悟したそのときだった。木目模様のダマスカスブレードがソルモンの胸を貫く。
ソルモンの背後にいるのはラウラだ。彼女は穴に飛び込み、そのまま剣で背中から胸を貫いたのだ。
ソルモンの腕から力が抜けていき、肩で息をするラウラが剣を引き抜くと口角から血が溢れ出した。
「……ああ、精霊王よ、これでやっと不毛な金勘定の世界から解放されます。いま、御許へ参ります……」
うわ言を呟き、魂が抜けていくように上体が崩れたソルモンは、ふらりと横に倒れていった。
「ユウ! 無事か!?」
「………ゲホッ」
手を挙げて「大丈夫だ」と伝えた僕は。差し出されたラウラの手を握って立ち上がる。
彼女は頬や腕に切り傷を追っているものの、致命傷は見当たらない。衣服に付いた血は返り血のようだ。
「……あいつは……、ラウラが倒したのか……?」
「ああ、ケッヘルは最初からまともに呼吸できる状態ではなかった。勝てたのはユウのおかげだ」
「……そうか……無事で、良かった……」
ラウラに支えながら穴から這い出て僕は、ソルモンとケッヘルの死体をその穴に埋めた。
◇◇◇
その後、僕らはクリーゼさんの遺体を工房の脇に埋葬して、そこにお墓を立てる。墓石になりそうな大きめの石を立てただけの簡素なお墓だ。
墓石には『クリーゼ・マルゲイン ここに眠る』と彼の息子が帰ってきたときのために、クリーゼさんの名前と亡くなった今日の日付を刻み、枢機教会の精霊を信仰していた彼のためにラウラが祈りを捧げて葬式は終了した。
僕に出会ったせいで無関係の人が死んだ。
足手まといだと思っていたラウラに助けられた。
今回、僕は何もできなかった。
僕がいなければクリーゼさんは死なずに済んだ。
ラウラがいなければ僕は死んでいた。
僕が信じていた力は独りよがりだった。認識を改めなければいけない。
僕は強くない。今までは運よく勝ってこられただけだ。まだまだ弱い。
弱っちい僕は、強くならなければならない。
出会った人を守るられるくらいには強くならなければならない。
僕のせいで誰かが死ぬなんてこと、もう絶対に起こさせない。
翌朝、旅立つ前に僕はクリーゼの墓前で手を合わせた。ラウラも僕の隣で祈りを捧げている。
「この人は……、この世界で初めて最初から僕に優しくしてくれたんだ……」
僕は呟いた。
独り言ではなく、ラウラに聞こえるくらいの声でそう呟いた。
「ユウ……」
「僕は誓うよ。僕はこれから困っている人がいたらできる限り助けようと思う」
「うん……、そうだな」
「勇者を目指すとか、世界を救うだとかそんな大それたことは言えないけど……、これから僕に関わる人たちが困っていたときに助けられる力がほしい。だからラウラ……」
僕とラウラは互いに顔を見合わせる。
「僕に剣術を教えてくれないか?」
ラウラは微笑み、うなずいてくれた。
思えば僕はラウラがこんな風に微笑む顔を初めて見た気がする。
彼女のことをもっと知ろう、僕のことをもっと知ってもらおう。お互いのことをもっと――。
そして、東方に向かう以外に目的ができた。
クリーゼ・マルゲインの息子を探し出して、感謝と謝罪を伝えるのだ。




