第36話 対魔道士戦
僕とラウラ、異端審問官は距離を開けて対峙する。
鼻息荒くエストックを構えるケッヘルの出血は止まっていた。移動する間に加護による止血を施したのだろう。
「ケッヘル、その状態では精霊に祈りを捧げることはできません。あなたはラウラ嬢の相手をしなさい。彼は私が給料に見合ったやり方で始末します。《精霊アニマよ、我を守りたまえ、彼の者の悪しき力より》」
静かに告げたソルモンのゴーサインを受けてケッヘルが飛び出した。剣を構えて腰を落としたラウラが迎え撃つ。
速攻でソルモンを片付けてラウラの援護に回る――、僕は杖を反転させて構えた。呪文を詠唱する。
《アナザーディメンション》
黒球が発現する直前でソルモンは後方に飛んだ。黒球は何もない空間を呑み込んで消える。魔法が躱わされた。
「君は人を殺したことがありませんね?」
その問いに僕は答えない。
「攻撃に迷いがあります。迷いは詠唱から魔法発現までのタイムラグを生みます。ほんの僅かなタイムラグですが、死闘において致命的ですよ。よって避けるのは容易い」
再び詠唱するが、またしても発現直前で躱されてしまう。
ソルモンは一定の距離を保ったまま僕を迂回するように移動している。
「ケッヘルのときは無詠唱でしたね。空間座標を指定した無詠唱魔法は威力も規模も大きな制限を受けます。あなたが詠唱するのであればここは圏外という証明、これ以上近づかなければ無詠唱魔法は届かない。それともまだ様子を見ているだけなのでしょうか?」
くそ……やりずらい。僕の能力を探りながら戦っていやがるのか。
ソロモンは無詠唱魔法を警戒していたから、外でやろうと提案したときも素直に従い、相手の出方をうかがっていたのだ。
ヤツの見通しのとおり、僕の無詠唱魔法の座標指定範囲は六メートルが限界だ。
近づけば離れ、詠唱すれば躱されてしまう。
これが人間相手、魔導士同士の戦いなのか……。
ヤツの狙いはなんだ?
魔力を枯渇させること?
ケッヘルがラウラを始末するまで待っている?
2対1の状況を作るつもりか?
焦りが募る僕は攻撃方法を切り替えた。
黒球は銃弾のように撃つことだって出来る。座標指定さえしなければ無詠唱で魔法を飛ばすことができるのだ。
僕は杖を突き出した。銃床から黒球を連続射出する。
――が、再び予想外のことが起こった。
ヤツの身体に当たったはずの魔法が跳ね返されてしまう。跳ね返ってきた黒球の一発が僕の頬を掠めた。
「なっ……」
思わず立ち尽くしてしまった。
「当然、魔法を飛ばしてくることも想定内ですよ」
そうか……、戦いが始まる前にソロモンは精霊に祈りを捧げていた。
つまり魔法が反射されたのは、光の精霊の加護によるものだ。
「あなたの魔法の特徴はある程度、大神官様から聞き及んでおります。ですが、正体不明の魔法を使う者には、魔法反射の加護が一番効果的です」
こいつはヤバい……。魔物とは全く違う。魔法を熟知している相手がこれほど厄介な存在だとは思ってもみなかった。
《氷穿槍》
ソロモンが詠唱した途端、空間に氷の槍が現れて僕に向かって飛翔する。咄嗟に自分の前に黒球を発現させて防御、氷の槍は黒球に呑み込まれて消えていった。
「ふむ、魔法が無効化されてしまうとなれば接近戦でしょうか」
ソルモンが走り出した瞬間、突風が吹いた。
――速いっ!
風に乗ったソロモンは一歩目からトップスピードだ。一瞬で距離を詰められてしまう。前方に黒球を生み出すもソルモンは潜り込むように姿勢を低くして斜め左に移動、ヤツの放った拳が僕の脇腹にめり込んだ。
「ぐはっ!」
ミリミリと軋む音が全身に響く。
衝撃で体が吹っ飛んだ。僕の体は地面と衝突して一回、二回と回転する。口の中が鉄の味でいっぱいになる。
「おや? 白兵戦はまるで素人ですね」
勝利を確認したソルモンがゆっくりと歩いて近づいてくる。
なんとか立ち上がった僕は、よたよたと林の中に向かって走り出した。
「ぜはっ、ぜはっ、ぜはっ……。くそ……」
呼吸がままならない。脚が重い。体の芯から鈍痛が広がっていく。うずくまって悶絶してしまいそうだ。
後を追ってくるソルモンが林に立ち入ったのを確認して僕は呪文を詠唱した。
狙ったのはヤツではない。大木の幹だ。黒球が根本半分を削り取った。大木が傾き、ソルモンの頭上目掛けて倒れていく。
「潰れろ!」
《氷柱門》
地面から突きあがった三本の氷の柱が交差して大木を受け止めた。
ソルモンの足は止まらない。
僕は黒球を撃ちまくった。
手当たり次第に木々をなぎ倒していく。だがすべて氷の柱で防がれてしまう。ソロモンを止めることができない。
本体への攻撃も加護によって弾かれていく。
それでも僕は連射する。跳ね返ってきた黒球は新しく発現させた黒球で相殺しながら攻撃を続けた。
「いくらやっても無駄ですよ」
くそ……、すぐに片付けられると侮っていた。完全に油断していた。
今までの魔物との戦いで過信していた。自分は強いと慢心してしまっていた。
こいつを早く倒さないとラウラが危ない!
ケッヘルとかいう異端審問官もこいつほどじゃないにせよ実力者のはず。ラウラの戦闘能力は騎士としてさほど高くない。
刃と刃が衝突する音がここまで木霊してくる。
まだ彼女は無事のようだが、早く援護に向かわないとラウラが殺される!
「戦闘中に余所見とはいけませんね」
ソロモンの口振りには余裕がある。当たり前だ。僕には打つ手がない。
だけど、チャンスはある。ここからは我慢比べだ!
僕は逃げながら黒球を撃ちまくる。
精霊の加護の効果は無限ではない。魔法と違って持続力という面で不安定だ。効果が切れるタイミングは必ず存在する。
加護には詠唱が必要だ。詠唱するために、きっとヤツは距離を取る。もしくは、なんらかのアクションを取るはず。そこを狙って仕掛ける!




