第34話 ライ麦畑
外は小雨が降っていた。太陽が出ているから天気雨だ。
東の丘を超えた先にある開けた平原で、僕は寝そべり銃を構える。その隣でラウラが膝を折ってしゃがんでいた。
風に乗ってふわりと流れてきた彼女の香りはムラッともするし、騙されてあんな目に遭わされたというのにどこか僕を安心させてくれる。
それもこれもある意味でスレイブリング(奴隷のリング)の効果なのかもしれない。
「なんで寝そべるのだ?」ラウラは言った。
映画で観たスナイパーの真似をとりあえずしてみただけだが、やはり形は大事である。
銃架は装備されていないからその辺に転がっていた大きめの石で代用する。
「これはこうやって使うもんなんだよ」
ちらりと隣にいるラウラの顔を見上げた瞬間、目が合った。
翡翠色の瞳に僕の顔が写り込んでいる。瞳が揺れ、途端に頬を紅く染めた彼女はきゅっと口を結んだ。年相応のあどけない顔があざとくもあり可憐だ。
な、なんだよその表情は……まるで恋する乙女じゃないか……。そんな目で見つめられたらこの草原で押し倒してしまいそうになるではないか……。
押し倒したい……、押し倒して前回のリベンジをしたい……。
だが、まだ我慢だ。今はまだそのときではない。
良い雰囲気になった月の綺麗な夜、前回と同じ轍を踏まないように、溜めに溜めた若きたぎりを一度抜いてから再チャレンジに挑む。
言葉で責めに攻めて「あぁっ! 早くめちゃくちゃにしてぇ!」と叫ぶラウラをめちゃくちゃにするのだ。
そんな妄想を膨らませる僕の脳裏に『昨日のことは忘れてくれ』というラウラの言葉が蘇り、彼女から視線を外して前を向いた。
こほんと咳払いして、
「今からあの大木を狙って魔法を撃つ。距離はだいたいどれくらいある?」
僕は杉に似た背の高い木を指さした。
ラウラは眼が良くて距離感も抜群だ。双眼鏡なしでも遠くから襲ってくる魔物の数と距離をかなり正確に言い当てることができる。
「五百メートルちょっとだな」とラウラは即答してみせた。
「よし、試験としてはちょうどいい距離だ」
小枝を振って黒球を飛ばすと精度と距離が上がるのは実証済みだ。
これはイメージによる補正効果と考えて間違いない。
どういうことかと言うと僕自身が「手で飛ばすより道具を使ったほうがいいんじゃね?」と思い込む妄想力がブーストとなっているのだ。
それならば、スナイパーライフルなら当然もっと高い精度で遥か遠くの敵を貫けると思い込むことは容易である。
それがスナイパーライフルという武器の僕の中のイメージなのだ。
現在の最高射程は三十メートル足らず、普通にやったら五百メートルなんて届くはずもない。
ラウラの話によれば一般的な攻撃魔法のレンジは百メートルが限界とのことだ。
つまり今回成功すれば、敵魔道士のレンジの遥か外から攻撃することができる。
黒球が装填されたのをイメージしながら僕はトリガーを引いた。弾が射出された瞬間、起こるはずのない反動が起こり銃身がブレる。
どうやら反動までイメージで再現してしまうようだ。
三十センチほどの黒球が飛び出していったのは見えたが、その後の弾道は速すぎて目で追えなかった。
ここから見る限り大木に変化はない。
届いたのか届いていないのかさえ分からない。
失敗か?
「五メートルほど右にずれたぞ」
双眼鏡のレンズを覗きながらラウラは言った。
「了解」
ほんの少しだけ銃口を左に移動させて再度トリガーを引いた。今度はガッチリ銃を体で抑えて反動を最小限に抑える。
「命中だ。幹の真ん中を貫いた」
ラウラから双眼鏡を受け取り、僕はレンズを覗く。大木の根本が円形にくり貫かれるように消失していた。
「成功だ……」
思わず僕は拳を握りしめた。
それからラウラに距離を確認してもらいながら、魔銃の最高射程を調べていった結果、パチンコ玉くらいの大きさに抑えれば一キロ(あくまでラウラスケールによる測定)まで達することが判明する。
それ以上小さくすると、いくらラウラの目が良くても追えなくなる。
どちらにせよ、一キロ以上先まで魔法を飛ばせてもパチンコ玉がMAXではどうしようもない。相手だってじっとはしてくれないしな。
この問題はレベルと相談だ。
改良点、今度からは球体じゃなくて弾丸っぽい形にしてみよう。貫通力が高まるかもしれない。
上手くいったらブラックバレットか、ダークバレットとでも名付けようかな。
うへぇ……、自分で言っておいて中二で恥ずかしいな。背中が痒くなるぜ。