第33話 僕のヘカテー
よっこらせ、とクリーゼさんは腰を叩きながら立ち上がり部屋から出て行った。
そしてすぐに戻ってきた彼の手には、布で巻かれた1メートル少々ある長物が抱えられている。
僕はそのシルエットを見て一目で分った。
「お前から注文を受けていた例の杖だ。背負いベルトはサービスで付けておいたぞ」
巻き付けていた布を解くと獲物が姿を現す。
エメラルドグリーンの光沢を放つミスリル製の銃身と銃口の上部に埋め込まれた魔石が美しく輝いている。ストックに使われている素材は、堅くて魔導伝導に優れた貴重なキアリの木だ。
ボルトアクションとスコープはないけど、ちゃんとトリガーはある。しかも可動するように頼んでおいた。
イメージ通り、いやいや、あの下手くそな絵から立体に変換したのだから、それ以上の仕上がりだ。
「それは杖なのか? 妙な形をしているな」
フォークを持ったままラウラは杖を胡乱気に見つめている。
「これはアンチマテリアルライフル、ヘカートモドキだ」
ふふん、と僕は自慢するように鼻息を吐いてみせた。
僕のスケッチを元にライフルの形を模した造られた杖だが銃身の中は空洞で、ちゃんとライフリング加工も施されている。
はっきり言ってしまえば必要ない。しかしこれは気分の問題だ。僕の推測が正しければこういったギミックも性能として反映されるはず。
「アンチマテリアル? ライフル? ヘカートとは冥界の神であるヘカテーのことか?」
ラウラの反応から銃と似たような武器はこの世界に存在しないようだ。
世界初の銃、しかも魔銃ということになる。ついでにヘカテーはこっちの世界でも神さまのようだ。
「俺は絵を見たときも思ったが、こいつはまるで別の世界の発想だぜ……。おっと、俺は精霊様の教えに背くつもりはねぇぞ、今のはただの比喩だ」
さすがクリーゼ氏だ。とんでもない慧眼をお持ちでらっしゃる。
僕は耳の後ろをポリポリと描いた。
「あー、うん、実は異世界から来た人間なんですよ、僕って」
「異世界だと?」
クリーゼさんは訝しげに眉根をよせた。
「そう、この世界ではない別の世界です」
「じゃ、じゃあ……あの丸い地図はもしかして異世界の物なのか?」
驚いた表情でラウラは僕を見た。
「ああ、あのときも説明したけど僕が生まれた星、地球だよ」
「まさか、そんなことが……いったいどうやって?」
「簡単に説明するとある日、魔法使いがやってきてお互いの住む世界を交換しようって提案されて、僕はこっちに送られたって訳だ」
「この料理も東方の郷土料理だと思っていたが、まさか異世界の料理だったとは……」
ラウラはフォークでうどんを絡める。
「いや、うどんくらい東方大陸に行けばあるんじゃないかな? なんかそんな気がするし」
「はっ、まあ、与太話にしては面白れぇな」
どうやらクリーゼさんは信じていないようだ。その方がいいのかもしれない。異世界の話題なんてロクな事にならないのは良く知っている。
彼は「それから希望どおり、反対側にも魔石を埋め込んでおいたぞ」と脱線していた話題を本筋に戻した。
そうなのだ、この魔銃の銃床にも魔石が埋め込まれている。あるときはライフル、ひっくり返せば杖として機能するリバーシブルスタッフなのだ。
どややっ!
なんてドヤ顔しても思い通りライフルとして機能するかは試してみないと分からない。
だから実験だ。
こいつに込める弾はなにか? そいつはもちろん黒球である。
「ちょっと試して来てもいいですか!?」
「もうお前の物だ、好きにしやがれ」
クリーゼさんは僕にヘカートモドキを押し付けてニヤリと笑った。
僕はうなずき、初めて自転車を買ってもらったような気持ちで家を飛び出した。




