第31話 異端者のシェフ
次の日から魔法結晶集めが始まった。
初の採取系クエストである。なんだか最近ますます異世界度が増してきた気がする。やっぱり街を出たのは正解だった。
洞窟の入口からしばらく歩いたが、クリーゼさんや他の冒険者が取りつくしてしまったようで、魔法結晶は見当たらなかった。
しかし次第に、奥に進むにつれて天井や壁から淡い青色を放つ魔法結晶の光がちらほらと見えてきた。
洞窟は想像していたよりもずっと深く、枝分かれしながら奥まで続いているようで、ちゃんとマーキングしておかないと迷ってしまいそうだ。
マーキングといってもおしっこではない。
ラウラが火の精霊サラマンダーに祈りを捧げて灯を残しておくのだ。
この加護は持続性に優れていて半日は消えることがないらしい。遠くから見ると人魂にも見えるからちょっと怖い。
クリーゼさんから聞いていたとおりエンカウントする魔物は低レベルのスライムや魔獣ばかりだった。
彼らとの戦闘はラウラに任せて僕は結晶採集に専念する。
ちなみにラウラの武器はクリーゼさんのお下がりの片手剣だ。木目模様が美しいダマスカスブレードで彼が仕事の合間に趣味で鍛えた非売品である。
今朝、「もうロクに振れんからお前にやる」と渡されたそうだ。剣や鞘に特別な装飾はなくシンプルだが、その切れ味は抜群だ。
なんせスライムがプリンを掬うみたいにスパスパ切れていく。普通にうらやまなんだけど……。
岩石に含まれる魔法結晶の割合は千差万別であり、ぎっしり詰まっている物をあれば細かい粒子しか含まれていない物もあった。
魔法結晶は普通の水晶と違ってどうして魔力が含有されているのだろう……、謎だ。深く考えても仕方ないので、そういう物だと割り切ることにした。
それからラウラと洞窟に潜り、結晶が含まれる岩石を持ち帰る日々が続く。
思っていたより一日で取れる量はそう多くはなく、樽の半分に達したのは四日目だった。
母屋の裏にある小屋は、やはり鍛冶場兼作業場だったようだ。洞窟から帰ってくると金属を打っている音が聞こえてくる。
クリーゼさんは日がな一日中、作業場で僕の杖を作ってくれている。
杖に使われる素材はなんとあのミスリルだそうだ。王族からの依頼品を作る過程で余った素材だと事もなげに彼は言うが、ラウラに言わせるとミスリルは掌ほどのインゴットで市街地に豪邸が建つ値段らしい。
さらに僕らは当たり前のようにクリーゼさんの家で寝泊まりさせてもらっている。あまつさえ食事まで分けてもらっている始末だ。
三食寝床付き生活の居心地が悪いはずがない。
ついでにラウラとの関係は平行線をたどっている。寝室では少し気まずくなるけど会話してくれるようになった。それでも距離を感じる。ラウラが自分から距離を取ろうとしている気がする。
あの熱い夜を忘れてしまったかのように……、それはそれで悲しい。
クリーゼさんの家は人里離れた場所にある。
近隣の町まで素材や食材の買い出しに行くのも馬車で片道五日かかるほどだ。
つまり往復で十日、現代日本で育った僕からすればとんでもなく不便な土地だ。
他者に食事を施せるほど収入が安定しているのだから、もっと利便性の良い場所に引っ越さないのかと、そのようなことを尋ねると彼は、「バカ野郎、街の中じゃ思いきり鉄を叩けねぇだろうが」と吐き捨て、「……バカ息子が帰ってきたとき家がなかったら困るだろ」と照れ臭そうに付け加えた。
どこかで野垂れ死んでいるなんて言っていたクセに、まったくこの老人は……。
僕はそんなクリーゼ老人のことが嫌いじゃなかった。むしろ好感を持っていた。
数日だけど一緒に暮らすうちに家族ができたような気分になっていたのかもしれない。
それからさらに一週間が経過し、樽が魔法結晶を含んだ岩石でいっぱいになった。
クエストを達成、ちょうど明日は日曜日、つまり週に一度の安息日である。
僕らは夕暮れまで結晶を集め、クリーゼさんは杖の製作でまともに料理ができず、ここ数日は味気ない食事しか食べていなかったから、僕は昼食に日本の伝統料理を作ってみんなに振る舞うことにした。