第28話 男の人っていつもそう
「ほら、食べろ」
良い具合に焼けた焼き鳥串をラウラに手渡そうとした瞬間、トンビがさっと飛来して焼き鳥をかっさらっていった。
ふと、片瀬江ノ島の海岸でバーキンのフライドポテトをトンビにかっさらわれた記憶を思い起こす。
いや、正確にはトンビではないのだが……。イメージ的にはそんな感じだ。
「へへーん、こいつは頂いていくわよ!」
インプのアルテミスである。
まだこの辺りをうろついていたんだな、暇なのか?
「あっつーーーーーーい!!」と叫んだアルトの手から焼き鳥が落ちてきて再び網に戻ってきた。
そりゃそうだろ……。
アルトはフーフーと両手に息を吹きかける。
「そんな泥棒みたいなことしなくていいから、お前も一緒に食べて行けよ」
「え? いいの? そこまで言うならしょうがないわね! なら一緒に食べてあげようかしら」
なぜ上から目線なんだ……このツンデレさんめ。
改めてラウラとアルトに串を渡す。アルトには食べやすいに串を折ってミニ焼き鳥を作ってやった。
ふたりは同時に、はむっと口に含み、
「「美味しい!」」
と同時に声を上げて同じ動作で頬に手を当てた。
「そうか、まだまだあるから遠慮するな」
「やったー!」
アルトは串を持ったまま子供みたいに万歳した。
美味しい物を食べる。料理は誰もが笑顔になれる魔法だ。自分の料理で喜んでくれるのは嬉しい。一時期は本気で料理人になりたいと思っていたくらいだ。
だから僕は彼女のカフェを開く夢を自分の夢と重ねてしまった。そして騙された。
ずーん、と暗くなる。
「お肉って初めて食べたけどこんなに美味しかったのね!」
アルトは瞳をキラキラさせた。
そういえばインプは肉食じゃなかったんだよな。ということはもう聖水は作れないのか……。なんてこった、やっぱりテイスティングしておけば良かった……。
「ところでなんであんたたちって一緒にいるの? ユウを牢屋に入れたのってこの人でしょ?」
僕の顔を見ながらアルトは串でラウラを指した。
びくり、と肩を震わせて焼き鳥を口に運ぼうとしていたラウラの手が止まる。
「ああ、そうだ。でも仕返しはちゃんとしたからな、ラウラの指を見てみろよ」
「あ!? これってあたしが付けさせられていた奴隷のリングじゃない!」
「まあ、そういうことだ」
「うわー、マジひくわぁー」
アルトは水平移動しながら僕から遠ざかり距離を取った。
そんなじっとり湿った視線を向けないでおくれ。興奮しちゃうじゃないのさ。
「ねぇ、これからどこに向かうの?」
「中立都市でお金を稼いでから東方大陸を目指すつもりだ」
「ふーん、そうなんだ……」
悩み事でもあるのか、アルトはうつむいてしまった。いや、もじもじしているからオシッコかもしれない。
それからアルトは黙々と食べ続けて満足すると「カノンにも食べさせてあげるんだ」とお土産に焼き鳥を持って星空へと帰っていった。
「変なヤツだな、妖精ってのはみんなあんな感じなのか?」
「おそらくだが、彼女はユウの仲間になりたいのではないのか?」
「さて、どうなんだろうな。まあ、用があるならまたひょっこり姿を見せるだろ」
食べる物を食べて、やることもなくなり、僕は星空を眺めた。何度見てもこっちの世界の夜空は飽きることがない。ただただ美しくて、なぜか切なくなるのだ。
儚い、なんてロマンチストもいいところだが、そんな感情なのかもしれない。
「……どうして、そんなに優しくしてくれるのだ?」
突然、ラウラがそんなことを口にした。
「私はお前にひどい裏切りをしたというのに……。それでもお前は私を助けてくれた……」
ラウラの横顔は今にも泣きそうな顔をしている。
彼女の中で自分を正当化しようとする気持ちと僕にしてきたことへの罪悪感がせめぎ合った結果、罪悪感が勝ったのだろう。
彼女が僕に望んでいるの答えは分かる。
〝許し〟だ。
『気にするな』とか『僕だってお前に助けられた』とか『君にも立場がある』なんて優しい言葉を求めている。
そう言ってやるのは簡単だ。だけど僕は湿っぽいのは嫌いだ。だからとりあえず適当なことを言って空気を変えておくことにした。
「僕が食べる前にそのたわわに実った果実が痩せたら困るだろ」
チラリとラウラの胸に視線を送ると、
「くっ……」
ラウラは身悶えながら下腹部を抑えた。
「え……、どうしたんだ?」
「……響くのだ……」
「響く?」
「この指輪をハメめてからユウにそういう言葉で責められると……、下腹部に響いてしまう……、のだ……」
「へー、へー、そうなんだぁー、へー……」
チラチラとラウラの股間に眼が行ってしまう。
ほほう、これは面白い。つまり体がビクンッ! ってなっちゃうってことだろ? どんな言葉がどんな影響を及ぼすのか、主人としてその限界を試してみる必要があるな。
こほん、僕は咳払いした。
「だらしない身体しやがって、それでも騎士か」
「ううっ………」
ラウラが背中を丸めて前屈になる。
「なんて卑猥なパインアップルなんだ」
「うううっ……」
下腹部を抑えながらくねくねしている。
「美味そうな果物だ。今すぐむしゃぶり付きたいぜ」
「あっ……」
「マンゴープリン」
「あうぅっ……」
苦しそうに身をよじらせる。
「たゆんたゆん」
「ああっ!」
え……、擬音でもOKなのですか? それから、えーと、えーと……ダメだ思い付かない! もうなんでもいいや!
「さ、沙悟浄め!」
「あああっ!」
なにぃ!? 沙悟浄も可!?
これはもう何でもアリだ。一度スイッチが入るとどんな単語でもアクセルが開き加速していく。奴隷のリング恐るべしかな。
冷静を装っているが、僕だって健全な男の子だ。ただでさえ見眼麗しくたおやかな彼女に、妖艶な瞳で見つめられて興奮しない訳がない。
既にマイサンはバキバキなのだ。
だけど理性がブレーキを掛ける。
指輪の力を利用して女性を抱くなどあってはならないと良心が訴えてくる。
そのような行為は真に愛し合っているからこそ気持ちいいのだ。
……いや、すいません。嘘を付きました。きっと気持ちいい。間違いなく気持ち良くなれる。
だがしかし、賢者モードになったときの罪悪感に耐えられる気がしない。
目をグルグルと回す僕に向かって、ラウラはおもむろに動き出した。低い姿勢を維持したまま前のめりで僕の前までやってくる。
四つん這いの彼女の胸元から白い谷間が覗く。
なんということだ……。
この体勢、この構え……、この上目遣い、これが伝説の雌豹のポーズだというのかッ!?
彼女はそっと僕の内股に手を当てた。
頬を紅く染めて潤んだ瞳で真っ直ぐ僕を見つめている。
どくん、と心臓が大きく脈を打った。
ばくばくと早鐘を打ち鳴らす。
「……辛いのなら、私で楽になってほしい……」
決壊した。
我慢できるはずもなく僕はラウラを押し倒していた。
力任せに彼女の唇を奪う。ラウラは抵抗しない。キュっと固く結んでいた唇から次第に力が抜けていくのが分かった。身を委ねようとしている。
「ラウラ……」
「ユウ……」
僕らはもう一度見つめ合い、唇を交わした。
心臓がバクバクと脈を打つ。僕は止まらない。ローブを放り投げ、上着を脱ぎ棄ている。ズボンに指を掛けた途端、ギンギンだったアレが縮んでいくのが分かった。
「……っ!?」
あろうことか僕は緊張のあまり心に反して体が萎れてしまったのだ。
ズボンに掛けていた指を外して僕はうつむく。
ラウラの顔を直視できない。
「ごめん……」
その一言で全てを察したラウラは、何も言わずに僕の背中に手を回して優しく額にキスをしてくれた。




