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第26話 のけものスレイブ

「今朝も朝日が眩しいぜ」


 今日でこの国ともおさらばだ。

 仕返したし満喫もしたし、モラトリアムはこれで終わり。スッキリした気持ちで旅立てる。


 旅には目標が必要だ。


 これからどうするか考えて出した答えが、「自分の故郷へ戻る」だった。

 日本ではない。こっちの世界の故郷、もうひとりの自分の生まれたもうひとつの国を目指しながら旅をするのだ。


 東の国という情報しかないけど、きっと行けばそこが故郷だと分かるはず。そんな根拠のない自信がある。 


 そこはユーリッドの故郷であって僕の故郷ではないけど、行く当てがないのならやはり戻るべきなのだと、僕はそう思った。


 ということで目指すは東方大陸に決定!


「ま、待ってくれ……いえ、待ってください」


 メンデルソン商業組合から貰った荷馬車に荷物を積み込んでいた僕に声を掛けてきたのは、地味な白いシャツに地味なベージュのフレアスカート、それからセルリアンブルーのスカーフで顔を隠したご婦人だった。

 明らかにスカーフだけ上等な生地が使われた高価な代物だ。気品があって他が浮いて見える。


 ご婦人ではなく少女だと気付いたのは、スカーフに収まりきらない彼女の長い髪が特徴的なピンク色をしていたからだ。

 数日だが一緒に寝食を共にした仲だ。気付かない訳があるまい。


「なんか用でしょうか、ラウラ殿?」と僕は他人行儀に言った。


「わ、私はあなたの奴隷なのですが……」


 スカーフで顔を隠すラウラは視線を泳がせ、声は少し震えていた。

 

 奴隷? ああ、そういえばそんな設定だったな。毎日が楽しすぎてすっかり忘れていた。


「あー、そうだったな」

「い、一緒に連れていかないのですか?」

「いや、別にいらないし」

 

 いらないいらないマジでいらない、とセールスマンをあしらうようなジェスチャーを交えて左右に手を振る。


「いらない!?」


 驚愕のあまりラウラの足が二歩ほど後退する。

 目を丸くしたラウラは、なぜか荒い息づかいでハァハァしている。一見すると変態が悶えているようにも見える。


 え……、なにこの人、なんかハアハアしているんですけど……。奴隷のリングのせいで変な性癖に目覚めちゃったのかな……。


「それであんたは僕の奴隷だから一緒に付いてくるっていうのか?」


 こくりとラウラはうなずいてみせた。

 嘘言え、そんな訳がない。


 これにはなにか裏がありそうだな。


「命令だ。本音を言え。どうして僕のところにやって来た?」


 スレイブリング(奴隷の指輪)に淡い赤い色の光が灯り、ラウラの瞳も同じ色に染まりうつろになっていく。指輪を付けられた者は付けた者の命令には絶対に逆らえない。僕に対して噓偽りもできない。



「私は二日後に処刑されます」

「はあ? なんでだよ? 異端者を連れて帰ったんだから務めは果たしたはずだろ」


「大神官は今回の件をすべて私に擦り付ける気です」


 今回の件、つまり祈りの広場で大神官が信者に放った異端の発言のことだろう。


「あんたに? いくらなんでも強引すぎるだろ」


「本日中に私は魔女として異端審問に掛けられます。フィオナ王女が危険を冒して私に使いを送って教えてくれたのです。すぐに逃げられるよう手筈を整えてくれていました」


「なるほど、ね……」


 このままでは教会に断罪されるのは大神官だ。だけど魔女にたぶらかされたことにしてしまえば、信者の前での発言はなかったことになる。


「身柄を拘束される前に逃げてきましたが、国外に出るにはあなたしか頼れる人がいません」


「でも僕と一緒にいれば弁明の機会は完全になくなるぞ。あんたはこの先ずっと異端者としか生きられなくなる」


「一度捕まってしまえば弁明の機会など存在しません。それは私が一番良く知っています」


 まあなんて説得力のあるお言葉でしょう。


「ふむ……」と僕は考える。


 置いて行っても処刑されるだけ、それはあまりにも可哀想じゃないか。

 確かにラウラには裏切られた。彼女のせいで処刑されていたかもしれない。それでも、いくらなんでもこのままでは目覚めが悪い。


「よし、いちおうあんたは騎士職だからな、前衛として働くなら連れていってやってもいいぞ」

「本当ですか!?」


「ああ、それに奴隷のクセに僕を利用しようとする豪胆な態度も気に入った。調教しがいがありそうだ」

「ちょ、調教だと! う、うう……」


 オシッコでもしたいのだろうか、ラウラは太モモを擦り合わせてモジモジしている。


「その前に僕に誓え。『絶対に服従する』と」


 再びラウラの瞳の色が変わる。今度はもっと濃く、怪し気で、危うげで虚ろな色だ。

 両膝を地面につけた彼女は僕に対して頭を下げた。


「ラウラ・シエル・ヴォーディアットはあなたの奴隷となり従うことを誓います」


 その声はどこか機械的だった。抑揚がなく感情が籠っていない違和感のある声だ。


 相手の意思に関係なく強制的に服従させる。これがスレイブリング(奴隷の指輪)の力……。おそろしいな……、だけど指輪をハメている限りラウラに裏切られる心配はなくなった。


「よし、荷台に乗れ。いくぞ」


 とろんとしたラウラの瞳に生気が戻り、「は、はいっ!」と彼女は声を弾ませた。



 メンデルソンに合図を送ると荷馬車がゆっくりと動き出す。

 

 ラウラを荷台に隠してリタニアス王国の城門をくぐり、僕は再び魔物がうろつく外の世界へ出た。


 青い空、白い雲、遥か遠くに連なる雄大な山々、世界が広がり冒険が始まる。


 次回から第三章【刺客編】です。


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