第21話 リタニアスの夜空に
アルトに怒られながら、僕はおしっこ由来の聖水に指の腹を当る。こんな貴重な体験ができるのも異世界ならではだ。いや、そうなのか? まあいいじゃないか、今は指先に全集中だ。
水面を薄く伸ばして魔法陣に擦り付けていく。
はわわわ、生暖かい……。さすが絞りたては違うぜ。
ハァハァ、と呼吸が荒くなる。呼吸を整えろ、乱すな、集中しろ。
僕はきっと人類で初めて妖精の聖水に触れた男だろう。これは一人の人間にとって小さなひと撫でだが、人類にとって偉大な飛躍である。
「またつまらないこと考えているでしょ?」
「……別に、なにも……」
しばらく擦っていると陣を形成していた模様の一部が欠けた。その瞬間、堤防が決壊するように魔力が体の芯で蠢き始めるのを感じる。
「よっしゃあ! きたーっ!」
さっそくピンポン玉くらいの時空転移魔法を発動して手首の枷を破壊した。
「でもひとりで脱出できるの?」
「するしかない。それにそれだけじゃ収まらない」
「どうする気?」
「あのビッチにぐうの音も出ないほどの地獄を見せてやる。ついでにこの国の教会を脅して僕の異端認定を取り下げさせる」
「そんなことしたら本当に世界中から狙われるわよ。まあ、恩は返したからね、後はあんたの好きにしなさい」
「ああ、感謝するよ。ふたりとも本当にありがとう! 君たちがいなければ僕は処刑されていたよ」
ふふ、とアルトとカレンちゃんは微笑んだ。
「しょ、しょうがないから困ったことがあったらまた助けてあげても……いいんだからね。じゃ、じゃあ……、またね」
素直になるのが恥ずかしいのだろうか、アルトは顔を赤くした。
憂い奴め、ツンデレ属性は嫌いじゃない。むしろ好物だ。アルトもカノンちゃんも人族なら恋愛対象だったのになぁ、と惜しい気持ちで胸がいっぱいだ。
「ああ、またな」
再び鉄格子の隙間をすり抜けて行った妖精ちゃんたちを見送った僕は、鋼鉄の扉を転移させて消し飛ばした。
手首をバキバキ鳴らしながら脱獄を果たす。
「さあ、お仕置きの時間だ……」
階段を上がった先にある鉄扉も当然のように消し飛ばす。
新鮮な外気が吹き込んできた。
「ふう、十年ぶりの娑婆だぜ……」
「き、貴様! どうやって出てきた!」
出所した僕を待ち構えていたのはマサという名の舎弟ではなかった。
警備中の衛兵が構えた槍を有無も言わさず消失させる。ついでに魔法で甲冑を削り取りあっという間に武装を解除させた。
「動くな、動いたらその槍みたいにお前の頭を消し飛ばすぞ」
「うっ……」
彼はかくかくと首を振ってうなずく。
「ねえねえ、ところでキミさぁ。ラウラ・シエル・ヴォーディアット侯爵令嬢の居場所を教えてくれるかな、げへげへぇ」
ゲスの極みのような笑みを浮かべる僕に、衛兵はあっさりラウラの居場所を離してくれた。
どうやら彼は騎士団所属の兵士ではないらしい。
この建物はリタニアス王国にある枢機教会の大聖堂であり、ラウラは中庭を抜けた別棟の三階に泊まっていて、しばらく処刑の手続きのため実家には戻らないでここに滞在するそうだ。
そしてさっきまで僕がいた牢屋は、捕まえてきた異端者を収監しておく場所であり、異端審問官による拷問も行われるとのこと。
今思い出すと血痕みたいな模様が床にいくつもあった。
僕はその上で寝そべっていたのか……。うげぇ、気持ち悪い。
衛兵の服を奪った僕はパンツ一丁の彼をロープで縛りあげて、牢屋にINNしてもらう。
月明かりに照らされる中庭を通り抜けて階段を上がり、来賓用の部屋の前に立つ。両開きの扉には動物や草花などの洗練されたレリーフが施されている。
一介の騎士隊長といえラウラは侯爵家、対応もそれなりということなのだろう。
もちろんノックなしで扉ごと転移させて淑女の寝室へと立ち入る。
ずかずかと足音を鳴らしながら部屋を見渡した。
広い部屋だ。高価そうな調度品なんかも置いてある。僕が住んでいたアパートの壁を全部ぶち破ったくらいの広さはあるぞ。
侵入者の気配を察知したラウラが天蓋付きの大きなベッドから飛び起きて剣を鞘から抜いた。
ラウラはネグリジェのようなシルクの薄布一枚しか着ていない。彼女の乳房の形がハッキリと分かる。人格は終わっているけど身体は満点だな。
彼女の彫刻のように端正な顔が僕の顔を見た途端、ぎょっと目を見開かせた。
「ユウ!? どうやって出てきた!」
「もちろん神の御加護さ」
僕はラウラが構える剣の刃を転移させて消す。
「くっ……」
刃がなくなった剣で僕をけん制するラウラの瞳はまだ諦めていない。
この子には、ちょっとくらい痛い思いをさせた方がいいのかもしれない。
僕は指先から黒球を射出、黒球はラウラの太ももを掠めて肉を削り取った。
「うぐッ!?」
ラウラの膝が床に落ちる。
キッと僕を睨み付けた彼女に僕は低い声で告げた。
「動くな、立ち上がるな、武器を捨てろ、抵抗すれば次はお前の体に穴を開ける」
奥歯を噛んだラウラは、ほとんど柄しか残っていない剣から手を放した。
ゆっくりと彼女の前まで歩いていき、僕は彼女を見下ろす。
ネグリジェの胸の隙間から白く輝く谷間が見える。さらに薄い生地の上から二つの突起がくっきりと見える。
思わずごくりと喉がなり、その音にラウラの肩がびくりと跳ね上がった。
自分がこれからされることを想像しているかもしれない。
「ふっふっふっ、さあ、楽しい楽しいお仕置きの時間ですぞ」