第19話 プリズンブレイク
――なんてこった……。僕はここで死ぬのか?
馬鹿みたいに騙されて、虚仮にされて、利用されて殺されるのか――
「くそ……また嵌められたのか……。この世界に来ても僕はまた、騙されるのか……。くそ……くそ……くそ……」
……やっぱり、あのとき死んでいればよかったんだ……。世界なんて交換しなければ、こんな辛い思いをせずに済んだ。こんな胸糞の悪い悪夢に比べれば、あの女に金を騙し取られたくらい大したことはなかった。
力なく、倒れるように仰向けに寝転んだ。自然と乾いた口から笑いが漏れだす。
「はは……、完全に詰んだな。まったく、もうひとりの僕が言っていたとおり、この世界はクソだ……。あいつが逃げてきたのもうなずける……」
せめて魔法が使えれば……。魔法さえ使えれば脱出できるのに……。
神の奇跡にすがるように、僕は掌を天井に向ける。
そのときだった。
神の啓示か蜘蛛の糸か、神秘か奇跡か。ふたつの淡く光る小さな球体が鉄格子をすり抜けて入ってきた。球体は寝転ぶ僕の顔の上で止まってホバリングする。
僕はその子たちを知っている。アメジスト色の羽根とピンと伸びたエルフのような耳、掌に乗るくらい小さな妖精、インプのアルテミスとカノンだ。
「うわ、なんだか凄いことになってるわね」
驚いている割にはアルトの表情はどこか楽しそうだ。
「アルト! カノンちゃん! どうしてここにいるんだ!?」
アルトはふふんとは鼻を鳴らして、カノンちゃんはペコリとお辞儀した。
「ちゃんと借りを返しておかないと気持ち悪いじゃない? だからあんたたちの後を追ってきたのよ。そしたらなんか仲間割れしているじゃん? 人族って謎よね? あ、分かった! あんたあの子に無理やり襲い掛かったんでしょ? だから捕まったのね」
そんな度胸はない、と上体を起こして首を振った。
「もしかして、わざわざこんなところまで助けに来てくれたのか?」
「インプは意外と義理堅いのよ」
「この前はちゃんとお礼できなかったので」
「はは……、インプって僕の中では軽薄なイメージだったよ。これからは考えを改めるよ」
「そうよ、もっと敬いなさい」
むふん、とアルトは腰に手を当てて胸を反る。
この世界でも、僕を助けに来てくれる人がいるという事実だけで力が湧いてくる気がした。実際、心が折れてしまいそうだったけど、彼女たちのおかげでぎりぎり踏ん張れている。
「ここから逃げたいんでしょ? あたしたちにできることはある?」
「できれば扉を開けてくれると助かる」
「残念ですが私たちの力では無理です……、ごめんなさい」
本当に残念そうにカノンちゃんが答えた。
ダメ元で言ってはみたけどやっぱりダメだったか……。そんなに謝らないでおくれ、悪いのは全部ラウラなんだから。
「じゃあ鍵を探してくれるか?」
「うん、来る前に探したんだけどあのラウラって子が持っているみたい」
「幻惑魔法でなんとかならないか?」
「女性には基本的に効かないのです。インキュバスが近くにいれば良かったんですけど……」カノンちゃんが言った。
「そうだよなぁ……。せめてこの魔法陣さえ無ければ……、時空転移魔法さえ使えればなんとでもなるんだけど……」
僕がそう漏らすと、カノンちゃんは床に描かれた魔法陣をまじまじと見つめた。
「この模様……。この魔法陣、わたしが閉じ込められていた奴隷小屋で見たことあります。簡易的な封魔の陣だから干渉できると思います。確か、少しでも模様を消せば効果を失うはず」
「ホントか!?」
よしきたとばかりに、僕は足の裏で魔法陣を擦ってみたが変化はない。
「力任せじゃ無理です。消すには聖水が必要なんです」
「もしかして都合よく聖水を持ってたりするのか?」
カノンちゃんは申し訳なさそうに首を振った。
「ああ……」
助け舟はまた暗礁に乗り上げてしまった。
「でも水があれば光の精霊アニマの加護を付与して聖水を作れるわよ」とアルトが言った。
「水? 水か……」
僕は部屋を見渡して愕然とした。
この部屋にはベッドもなければ毛布もない。水洗トイレもない。手が拘束されている上に食べ物はおろか飲み水すらない。
おそらく刑の執行が決定した罪人を閉じ込めておく場所なのだろう。
立ち上がった僕は鉄格子を掴んで叫ぶ。
「おい! 誰かいないのか! 喉が渇いたんだ! 水を持って来てくれ!」
覗き窓から叫んでもさっきと同じ、声が反響するばかりで返事はない。
「この牢屋は地下にあるのよ。見張りの兵士は地下牢に降りる扉の外にしかいないから叫んでも無駄よ」
「くそ……どうすればいいんだ!」
鉄扉を叩いたそのとき、僕は妙案を思い付く。
「なあ……」
ちらりとアルトを見た。
「なに?」
「ちょっと変なこと聞いていいか?」
「変なこと?」
「聖水ってどんな水でも作ることは可能か? たとえば海水とかでも……」
アルトはホバリングしながら腕を組んだ。
「成功率はかなり低いけど濁りや不純物が少なければ大丈夫なはずよ」
「そうか……」
「なにか思い付いたの?」
答えを固唾を呑んで待つアルトとカノンちゃんに僕は真顔で告った。
ふたりとも大好きだ! 付き合ってくれ!!
思わず叫びそうになったが、そうじゃない。
「おしっこだ」
次回予告「妖精の聖水は万能です」
またみてね!
※土曜日は更新をお休みします。