第18話 悪役令嬢
「うう……、頭が、いてぇ……」
目が覚めた瞬間、じんじんと脈打つ痛みに襲われた。
後頭部に触れた手にぬるりとした粘度のある感触、でかいタンコブが出来ていた。掌にべっとりと付着しているのは自分の血だ。
どうやら後ろから鈍器のような物で殴られて気を失っていたようだ。
周りを見渡すと石壁に囲まれた暗い部屋に閉じ込められている。
どう見繕っても牢屋だ。楽観的にも悲観的に眺めてみても牢屋である。
この場所はさっきの真っ暗な部屋とは違う。
扉には小窓があり、小窓から僅かに光が差し込んでいる。閉ざされた鉄扉の鉄格子が嵌められたのぞき窓の外側で蝋燭の光が揺れていた。
いったい何がどうなっているんだ?
まさかあそこで強盗にでも襲われたのか?
ラウラは……、騎士団の連中は……無事なのだろうか……、心配だ。
両手首は鎖で繋がった手枷で拘束されているけど問題はない。
時空転移魔法を使えば鎖を千切れるし、鉄の扉だって転移させてしまえばいい。
さてと、僕は立ち上がり両手をつなぐ鎖に意識を集中させる――のだけど、
「あ、あれ?」
おかしい……、魔力が練れない。
「ふんぬッ!」
魔力はまだ枯渇していないはずだ。体内に魔力があるのをしっかり感じる。
「ふぬぬぬぬぅぅぅぅぅッ!」
やっぱりダメだ。例えるならオシッコがまだ出そうなのに出ない、そんな残尿感みたいな不快な感じである。
ふと、足元を見ると牢屋の床に青白く仄かに光る魔法陣が描かれていることに気付いた。どうやらこれが魔力の障害になっているようだ。
「くそ……」
ああ、どうなっちまうんだこれから……。
誰か答えてくれ、せめて状況とこうなった経緯を説明してほしい。
門番や見回り役がいるかもしれないと、鉄格子の隙間から外を覗くが、先の見えない薄暗い廊下が左右に続いているだけだった。
いくつか他にも牢屋が見えるが、物音ひとつしない。人の気配もない。
どうやら僕以外に閉じ込められている者はいないようだ。
僕はその場にへたり込んだ。
殺さないで閉じ込めるているのは、僕に利用価値があるからなのだろうか、それとも別の目的がある?
まさか……体が目当てなのか!?
いや、そんな訳ない……。そう思いたい。どちらにしても今は閉じ込めたヤツが現れるのを待つしかない。
すると、ガシャ、ガシャと金属がこすれる音が近づいてくることに気付いた。トンネルの中にいるみたいに音が反響して近づいてくる。
音は僕が閉じ込められている牢屋の前で止まる。
のぞき窓の鉄格子の隙間から僕を見下ろしたのはラウラだった。
「ラ、ラウラ!? よかった無事だったのか! 心配したんだ……、僕を助けに来てくれたんだろ? 早くここから出してくれよ。この魔法陣のせいで魔法が使えないんだ」
ラウラは動かずに、じっと僕を見つめて「許せ」と言った。
「……は?」
「エリテマの町で命を助けられたことは感謝している。だが、貴様が異端者であることは変わらない」
「なにを言っているんだよ……ラウラ、その話は片付いているはずだ。町長だって間違いだったと訂正したじゃないか……」
「私にも騎士隊長として、侯爵家としての立場があるのだ。部下を失った上に教会から受けた命令も遂行できず、手ぶらで戻ってくる訳にはいかない」
啞然とした。開いた口が塞がらなかった。
「だ、騙しやがったのか……。最初から僕を嵌めるつもりだったんだな!」
「ああ、だから最後にこうして謝罪に来たのだ。貴様には世話になった」
「ふざけるな! 出せ! いますぐ! ここから出しやがれ! あんたは僕を護衛役として雇ったんだ! 異端者と契約したあんたも同罪だ!」
鉄格子を掴んで僕は叫んだ。目の前にいる涼しい顔をした騎士隊長の顔に噛みついてやりたい。怒り震える奥歯がぎりぎりと軋む。
「そのような記憶はない」
ラウラは表情を変えずに淡々と告げた。
「政治家みたいなこと言いやがって! あんたは約束も守らず金も払わない! とんでもない嘘つきだ! なにが教会だ! なにが神だ! なにが騎士だ! この世界は腐っている! お前は腐っている! とんだ腐女子だ!」
ラウラは動じない。その瞳はあくまで事務的で冷徹だ。
「貴様は審問を飛ばして明日、死刑が執行されることが決定した。私をここまで導いた恩赦として火炙りではなく斬首に変更してある。それがせめてもの償いだ」
そう言い残してラウラは踵を返した。甲冑が擦れる足音が遠のいていく。
「戻ってこい! なにが償いだ! この恩知らず! アバズレ! 助けろ! 今すぐ僕を助けろ! 助けろよッ! ここから出せ!!」
いくら叫んでも返事はない。自分の声だけが虚しく反響する。
遠くから冷たい鉄の扉が閉まる音を最後に、再び静寂に包まれた。




