第17話 破滅フラグですか?
それから二日後、予定よりも早く僕らは王都に到着することができた。
途中から荷馬車と馬をゲットしたおかげで歩かなくて済んだのは大きい。食料が底を付いて路銀もすべて使い果たしてしまっていた。
森を抜けて平原に出る。
ここが世界の行き止まりだと言わんが如く大地を左右に走る長大な城壁が見えてきた。
馬の手綱を握る僕の眼前に王都をぐるりと囲む城壁が迫ってくる光景は圧巻だ。
そして、城壁のさらに向こう側、丘の上に建つ荘厳な白亜の城こそリタニアス城である。
「おお……、まさにファンタジーって感じだな」
親の顔より見た光景を前に、思わずそんなセリフを口走っていた。
城門まで続く一本道を進む。近づくにつれてそのデカさがさらに際立ってくる。
高さ三十メートル、幅十メートルはあろうかという門と跳ね橋門が、僕らを迎えるようにゆっくりと開き、跳ね橋門が堀に架かった。
城門から飛び出してきたのは三頭の馬だ。
こちらに向かって一直線に走ってくる。
馬の背中にはラウラと同じ白亜のマントと甲冑を身に着けた騎士を乗せている。
騎士たちは荷馬車を包囲するようにぐるりと迂回して並走を始めた。
立派なヒゲを蓄えた壮年の騎士かギロリと御者台の僕を睨みつける。
「貴様、そのマントをどこで手に入れた! それは緊急事態を知らせる我が国のサインであるぞ!」
騎士が指さしたのは商会旗の代わりにラウラが取り付けた彼女のマントである。
「は? 緊急事態?」
「グラハムか?」
ラウラが荷馬車の小窓から顔をのぞかせると、騎士は手綱を操りラウラの元へ馬を近づけた。
「ヴォーディアット殿! エリテマに出立されたと聞き及んでおりましたが、護衛の騎士たちは一体どうされました!?」
「エリテマがゴブリンの集団の襲撃を受けた。なんとか討伐したものの騎士を失い、この有り様だ……」
「なんと……」
「皆、王国騎士に恥じぬ勇敢な最後だった」
「そうでしたか……、しかしヴォーディアット殿だけでもご無事でなによりです。して、そちらの者は?」
騎士の視線が僕に移る。
「移動しながら説明する。荷馬車に乗り移れ」
「はっ!」
騎士は荷馬車の右後方に回り込み、馬上から器用に乗り込んできた。
ガタバタと荷台が揺れる。
なんか自分の家に土足で入られた気分だ。そういう文化なのだと思って気にしないようにしよう。
ラウラとあの騎士が中で会話をしているようだが、聞き耳を立てても内容までは聞き取れない。
まあ、きっと経緯の説明程度の話だろう。
騎士たちに先導されながら荷馬車は跳ね橋門を渡り、門を守護する兵士から検閲を受けるでもなく入国を果たす。もっとも王国を守護する騎士が馬車を先導しているのだから顔パスなのは当たり前か。
リタニアス王国の城下町は洗練されていた。
どの建物も色合いが統一されている。外壁は白亜で屋根は小豆色、一切の濁りもない、唯一例外なのは国のランドマークであるリタニアス城だ。城下町入口から見上げると城が際立って見えるように町並みが設計されているようだ。
規則正しく敷き詰められた石畳の道がリタニアス城まで続き、民衆は騎士が近づいてくると左右に別れて道を譲る。
国王が民に敬愛されている証拠か、それとも余程の暴君なのか、この段階ではまだ判断することはできない。
初めての王都は僕が思い描いていた以上にファンタジーな光景だった。
見るもの全部が物珍しく、田舎から都会に出て来たばかりの田舎者のようにキョロキョロしていると、先導していた騎馬が突然方向を変えて大通りから脇道に入っていった。
今日まで荷馬車を引っ張ってくれているメンデルソン(仮称)は素直に騎馬の後を追う。
薄暗い路地を奥まで進み、行き止まりで先導役の騎士が止まった。メンデルソンも足を止める。
「降りろ、ここで城に入る前に身を清めていく」
荷台から顔を出したラウラが僕に言った。
身を清める?
うん、確かに湖や川で水浴びをしていたとはいえ、野宿が続いていたから体はそれなりに匂うかもしれない。城に入るにはそういうエチケットが必要なのかもしれない。とういことは僕も城に入れてくれるのか。
清めるといえば風呂か? こんな小汚くて薄暗い場所に風呂があるのか?
いや、風呂なんて水を沸かせばいい話だが……。
問題は混浴か否かである。
僕は喉をごくりと鳴らした。
荷馬車から降りたラウラが行き止まりの壁に手を当て、「ついてこい」と言いながら壁を押し開けた。
ガガガと壁の一部が動いていく。
隠し扉だ。
レンガ造りの壁の一部がドアになっていた。
壁の中は部屋になっているようだが、真っ暗で何も見えない。灯りを付けるスイッチはどこか。
ラウラは迷いのない足取りで暗い部屋の中へと進んでいき、僕は胸をどきどき高鳴らせて彼女の後を追った。
闇に溶け込むようにラウラの背中が見えなくなる。
うわ、くらっ! マジでくらっ!
一寸先も見えやしない。一寸先って何センチ? とにかく前にいるはずのラウラすら見えない。
暗所恐怖症なら発狂もんだぜ。
「なあ、なんにも見えないんだけど――」
僕が部屋を見回した直後、ズガッという鈍い音が脳天に響き、意識までもが暗転した。