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 クリスマスイブ。

 待ちに待ったクリスマスイブ。約束通り、魔女先輩と過ごす予定だ。

 いや、過ごすというのには語弊があるのかもしれない。魔女先輩は「助けて」と言っていた。つまり、僕は今日、魔女先輩を助けに行くために魔女先輩のおうちの方まで向かう次第なのである。

 さて、そんなわけではあるのだけれど、僕は果たして魔女先輩を助けることができるのだろうか。




「魔女先輩と、絶対いちゃいちゃしてみせる」




 僕は意気込みのようなことをボソリと呟いて、目的地の前に辿り着いた。

 やはり、大きなビルのようなおうちである。魔女先輩は、お嬢様なのだ。




「あ、いらっしゃい、鈴陽くん」




 そんな大きなビルのようなおうちから、魔女先輩が出迎えてくれた。




「お、お邪魔しまー……す……」




 僕は、石橋を叩いて渡るかのように、ゆっくりと慎重に歩いて、おうちの扉の前まで来た。




「あ、あの、アリィー先輩の家、す、すごいですね。何階まであるんですか?」


「八階かな。まあ、そんなに遠慮せずに、上がって?」




 魔女先輩は上目遣いで僕のことを見て、僕に家の中へ上がるよう促していた。




「し、失礼しまーす……」




 中へ入ると、観葉植物なり、高価そうな絵画や剥製なり、いろいろなものが視認できる。

 おそらく、僕が一生涯働いても、買えるかわからないレベルの代物もあるのだろう。そう考えたら、なんだか、手が震えてきてしまった。




「アリィー先輩って……その、お嬢様なんですね……」


「……うん、まあね」


「…………?」




 魔女先輩の顔が一瞬だけ曇ったような気がした。

 僕は不思議に思って考え始めてはみるものの、それは失礼にあたることなのではないか、という結論にあたり、僕は思考することをやめた。

 あまり、他人の事情に深入りしてしまうのは、よくないことだ。僕はそう思う。




「こっちにきて。私の部屋は七階にあるから、エレベーターで行こう」




 魔女先輩に促されて、僕はエレベーターに乗り込む。

 自宅にエレベーターがあるなんて、なんて、お金持ちなのだろう。

 僕はそんな風に感心しながら、エレベーターから見える外の景色を興味深そうな目をして見ていた。街並みはどんどん、自分の視界の下の方に移っていき、この建物が如何に高いかということを思い知らさせてくれる。




「着いたね。あそこ。あそこが、私の部屋」




 魔女先輩が指差したところは、まるで、漫画かアニメの世界にでも出てくるようなお屋敷のような部屋で、扉は大きく、おまけに両開きタイプのやつだった。




「さあ、入って、入って」




 言われて、僕はかしこまった態度で中に入る。魔女先輩の部屋中が、ファンシーなモノで埋め尽くされていた。まるで、幻……というか、ファンタジーな世界に迷い込んでしまったようで。




「え、えっと、アリィー先輩。それで、助けてほしい、ってどういうことなのでしょう……」




 僕はさっそく本題について魔女先輩に訊ねる。

 助けてほしい、ということは、おそらく、かなり切羽詰まった状況なのだろうと思う。だから、僕は先輩のお力になれるよう、尽力しなければならない。




「あぁ。ええっとね。それは……」


「それは……?」




 僕はゴクリと溜まった唾を飲み込む。何がきてもいいように。どんな、無理難題だとしても、応えられるように。僕は待ち構える。




「……ちょっと待ってね。まだ、言える勇気が出ないの」




 魔女先輩は言いかけていた話を止めて、自信なさげに言う。

 元気がなさそう……という感じでもないが、なんというか、本当に言うのを躊躇っている。言うことに関して、抵抗感がある。そういう風な印象を受ける。




「勇気が出ましたら、僕をバシバシ頼ってください!」




 僕の口からは不思議と言いたい言葉がスルリと出てくれた。その言葉は魔女先輩を勇気づけてあげられるような言葉だ。




「ふふっ。ありがとう。鈴陽くんは、優しいんだね」




 魔女先輩に微笑みを向けられて言われるので、僕は顔を真っ赤に染める。

 魔女先輩に褒められるのは、とても、とても、とーっても嬉しい。なんだか、心がホカホカとしてきた。




「……ごめんね、付き合わせちゃって」


「いえいえ! 僕はアリィー先輩と一緒にいれて、嬉しいです!」




 僕は嘘偽りのない、本音を口から発する。

 僕の幸福なことランキングの上位のほとんどが魔女先輩のことで占められている。つまり、僕は魔女先輩のことがだいだいだいだいだいだい、大好きだ、ということだ。

 だから、僕にとって、これは願ってもみなかったこと。嫌だなんて気持ちはこれっぽっちもない。




「……ふぅ。えっと、さ。鈴陽くん?」


「はい?」


「驚かないで聞いてほしいの」




 意を決した表情をして、魔女先輩はついに本題について切り出す。




「えっと、ね?」


「はい」




 魔女先輩は少し……恥ずかしがっているような素振りを見せている。……見せている?




「そ、その……私と……私と……」




 魔女先輩は頬を赤くし、僕から目を逸らして、顔を隠すような仕草をしながら、何かを僕に伝えようとする。




「……ふぅ」


「一度、落ち着かれた方が良いかもしれません」




 やはり、言えなかった魔女先輩は、ため息を吐いて、僕から目を逸らしたままでいた。

 ……なんだろう。どうやら、僕が関係してくることのようだが、それはいったい。

 目を逸らされるということは、嫌われているのなら悲しいし、切ない。それは、僕にとって、今まで生きてきた中でも一番のショックな出来事になるだろう。そう、思う。




「いえ、恥ずかしがっていても、埒があかないもんね。鈴陽くん、あのね!」




 ガバッと僕の方に魔女先輩が迫ってきて、僕の身体を揺らす。




「私と、付き合ってほしいの!」


「……ふぇ?」




 僕の口からは、情けない声が漏れ出ていた。

 えっ。えっ。……ええ。……ふむふむ。……はいはい。ええっ。えっと……ええっ。……えー! ……えええええええええええええええっ!?

 僕は顔は驚いているような感じだったが、心は喜んでいるような、ちぐはぐで一体感のない状態になっているようだった。




「は、は、はい! よ、よ、喜んで!?」




 僕はテンパった調子で元気よく叫んでいた。




「じょ、冗談では……な、ないですよね……?」




 僕は少しこの状況を疑ってしまい、そんなことを訊いてしまう。




「あら、嫌だったかしら?」


「いえ、全然。全然の全然が全然して、もう全然オッケーです! むしろ、う、う、う!」




 嬉しさが頂点を越えていて、僕はもう言葉になっていないことを言っていた。




「う……?」


「う……あ、あ、それは気にしないでください!」




 僕は興奮気味に言うと、自分の気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。

 突然の告白。しかも、憧れだった、魔女先輩からの告白。嬉しくならないはずがない。




「……うあ、あ、えっと、そうだ。魔女先輩、それで、助けてほしいって意味は……その……?」


「えっとね、説明すると長くなっちゃうんだけど……」




 魔女先輩はモジモジとしながら話し始める。僕は浮かれていて、話が頭に入ってくるか、微妙ではあるのだが。




「お父さんがね」


「お、お父さん!?」




 いきなりそんなワードが出てきて、僕は余計なくらいに驚く。

 まさか、魔女先輩のお父さんが出てくる話だなんて。




「跡継ぎが欲しいそうなんだけど……ひとりっ子だし、ひとり娘なワケだからさ」


「は、はい……」


「だから、心に決めた異性を今度連れてきなさいって……」




 魔女先輩の説明を聞いて、僕の身体は硬直する。

 なんだか、だんだんと怖い話になってきたような気がする。僕に魔女先輩の恋人が務まるだろうか。心配でしかない。




「それでね?」


「……はい」


「鈴陽くんに……」




 魔女先輩が言いづらそうにして、僕から顔を背ける。




「今度、お父さんに会ってほしいの……」


「……お、お義父さん!?」




 そのとき、僕の身体には稲妻がビリリッと走っていた。

 待て。待て待て待て待て。ふぅ。状況を整理しよう。僕は今、魔女先輩に告白……されたのでいいんだよね? んで、僕はそれはめちゃくちゃ嬉しいし、もう嬉し泣きしたいくらいのレベルだ。ああ、もうホント、今日死ぬんじゃないかってくらいの幸せがやってきてしまった。

 ……それは、良しとして。むむっ。お、お、お義父さんに会ってほしい……って何ぞ? えっ、やだやだ、なになに、怖い怖い。えっ、日本ホラー大賞ノミネート作品にエントリーされちゃったのかな? えっ?

 ふ。ふふふ。ふふっふ。落ち着け。落ち着きたまえ。落ち着くことが元気の源なのじゃぞ。一旦、ユーターン? いや、カムバック? するんじゃぞ、僕の脳ミソくん。怖いねえ。たしかに、怖いねえ。

 僕は、どうやら、魔女先輩のお父さんと対面しなきゃいけないらしい。助けてほしい、ってそういうことなのか。そういう、ニュアンスだったのね。ああ、なるほど。なるほど、なるほど、なーるほどザムライ。

 わかった。わかりました。降参です。降参しましょう。ええ、そうするしかないでしょう。でなければ、僕は僕のままでいられる自信があまりない。


 ……僕は思考回路がおかしくなってしまったらしく、なにやら変なことを何回も何回も思っていた。




「す、鈴陽くん……?」


「ぼ、ぼ、ぼ、僕でよろしければ、ばばばばば、もう、ちょ、ちょ、ちょちょいのちょいでちょいちょいですから、よ、余裕ですよ。は、は、ははは」




 僕はぶっ壊れていた。




「ご、ご、ごめんね~ほ、本当にごめん!」


「いえ、先輩が謝ることではないですよ。……それに、今、僕は幸せですから」




 僕は完全に本音が漏れていた。嬉しさという気持ちが、自分の成分の九割を占めている。これは、僕イコール嬉しさという方程式が成り立つかもしれないし、成り立たないかもしれない。




「アリィー先輩……」


「何かな。鈴陽くん」


「会いましょう、アリィー先輩のお父さんに……」




 僕がそう言うと、魔女先輩はパアァっと嬉しそうな顔をしてくれる。僕は、魔女先輩のそんな顔が見たかった。




「僕にとって(良い意味でも悪い意味でも)素敵なクリスマスになりそうですよ……」




 僕の目は半分にやけていて、半分光を失っていた。

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