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 今日はドキドキのテスト結果返却の日。ということで、みんな、心なしか不安げな顔をしている。




「友亜はバッチリ?」


「おう。もちろん、バッチリダメだな」




 僕らはお互いに確認し合って、安心感を得ようとする。




「おや、鈴陽君。それに、友亜君も。テストというものには必勝法があるんですよ。そう、必勝法というものがね」




 賢也はニタァッと笑みを溢し、メガネをクイクイ動かした。




「あん? カンニングペーパーでも作ったとかか?」


「いえいえ、そんな小狡いことではありませんよ。ノンノン」


「単にヤマを張ったとか?」


「ノンノン。もーノンノン。君達はノンノンノンオイルくらいノンノンノンノンノンだよ」




 賢也がうざったいくらいに『ノンノン』を連発する。今のうちに気分を良くさせておこう。賢也はだいたい四コマ漫画並みに次の瞬間では落ち込んでいたり萎えていたりするのだから。




「いいかい、君達。テストでは『ウ』か『3』と書いておけば、勝負に勝てるのだよ」


「あー……なんか、朝の情報番組でそんなこと言ってたな。賢也、悪いが、テストさ、ほとんど選択形式じゃなかったぞ」




 友亜は賢也の言葉を聞いて「あーあ、こいつやっちまってるな」みたいな顔をして、賢也の肩にポンポンと手を乗せていた。




「まあ、でも、そう悲観するな賢也」


「ぬぬぬ……友亜君、なんの慰めにもなりませんよ」


「いやいや、慰めになる。俺なんか解答欄ずらすどころか、名前を記入するミスまでやらかした上に、テスト中半分寝てたからな。おまけに、暇だからって解答用紙に奇抜な落書きまでしちまった」




 ……アホだ。と、僕は思ってしまっていた。




「まあ、お互い、死なないように気をつけようぜ。んじゃあな。アディオス!」




 そんなこんなで、僕らは午後の授業まで各々テスト結果返却の時間に費やしていた。




 □■□■□




 阿鼻叫喚。阿鼻叫喚。阿鼻叫喚。落胆。落胆。悲観。歓喜。絶頂。さまざまな感情が入り乱れている。教室の空気はとても重い。




「ど、どうだった……?」




 僕が一番になって、ふたりに訊ね始める。




「もちろん、バッチシグーでダメだった」


「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。ま、まさか、まさか、このボクにこんな点数をつけてしまう節穴教師がいるとはね……」




 どうやら、ふたりともダメそうである。賢也に至っては教師にダメ出しをしてしまう末路だ。ダメ出しはさすがに教師がかわいそうだと思う。




「鈴陽はどうよ……」


「んー……英語以外だったらそこまで悪くはないかな……」




 僕はふたりに結果の報告をする。現代文はふつう。数学Ⅰもふつう。数学Aはそこそこ。社会科目は全部ちょい良いくらい。理科科目は生物基礎はバッチシであとはふつう。英語はちょい悪いか。といった感じだった。おそらく、総合的に判断すると、中の上くらいの成績になるだろう。




「くっ、俺現代文と英語以外全部負けてる。賢也はどうだ?」


「フッ……」




 賢也はそれだけしか言わなかった。まるで、何かを悟りでもしたかのような目をしている。目がきらきらとしていて、清々しいくらいに綺麗だった。




「……点数オール一桁ってマジ!? お前、俺よりバカなんじゃねーの!? 俺、勉強なんてあんまりしてない方だと思うぞ!?」




 友亜が散々な言いようで賢也に言っていた。賢也は真面目に勉強はするのだが、結果が伴わないタイプのようだ。




「進級……できるの?」




 僕は不安そうに訊いていた。




「まあ、案ずるなですよ。案ずるより産むが易しというでしょう? たぶん、どうにかなるでしょう。ポテンシャルエネルギーによると、ですね、大丈夫という理論がもう証明されているんですよ。いいですか、まずサインとコサインとタンジェントを使いますね。すると、このシグマが求められることによって、数列が割り出せるわけですよ。微分方程式から考えますとね、熱機関と熱効率を云々することによって……」


「あー……こりゃ、賢也ダメっぽいな……」




 賢也の言っていることがまったく理解できなかった。

 まず、数学と物理が混ざっているし、それだけでなく、その数学と物理の理論からどう大丈夫なのか、ということがまったくもって説明されていない。そう、ただ風呂敷だけ広げておいて中身は投げっぱなしの物語のように、全然大丈夫ではないのだ。




「現代文で一桁って割りとやべーけどなぁ……」


「グサグサグサグサーッ」




 友亜が賢也にトドメを刺してしまう。たまらず、賢也は泡を吹いて倒れてしまっていた。




「おいおい、よくこの高校入って来られたよなぁ……一応ウチはこの辺りの地域じゃあそこそこの高校だぞ……」


「グサーッ」




 賢也は友亜にオーバーキルされてしまっていた。




「おそらく、ボクが合格した所以はアレでしょうね」


「アレ? ハッ、まさか賄賂でも贈ったのか……!?」


「ちがいます。前日に暗記したものが丸々出たり、ペンをコロコロと転がして選択した番号がたまたま合ってたからでしょう」




 それを聞いて、僕と友亜はただ黙って賢也の肩をポンポンと叩いていた。




「ふ、ふたりとも、な、なんですか、その顔は!?」


「いや、いいんだ。気にすんなって。今日は、奢ってやるからさ」


「やけに優しいですね!?」




 友亜はしょんぼりした顔で賢也のことを見ていた。




「そ、そのさ。気分転換に……今日はカラオケでも行こうか?」


「君も優しいですね!?」




 僕もなんとなく、そのノリに合わせてみることにした。




「ぐむむむむむむむむむむ。お、おかしい。対数関数も使用したし、サイクロイドも利用したし、相対性理論まで考えて、計算によって解を導きだしたというのに……!」


「……ん、おい、ちょっと待てよ。それ、そもそも今回のテスト範囲か……? てか、それまだ当分先の内容じゃないか……?」


「ああ、そうですね」




 友亜の問いに対して、冷静沈着に賢也は答える。開き直ったかのような清々しさだ。




「あと、もしかして、そのノリで現代文とか英語とか社会とか解いたのか……?」


「ええ、そりゃあ、まあ、そうですよ。二次関数と正弦波の関係からここで作者の思う心情はこれにちがいない! と、いった感じで解いていましたが?」


「うーん、お前、ツッコミどころが山程ありすぎて、何処から突っ込んでいいものやら」




 思わず、友亜は苦笑いをする。


 そもそも、二次関数と正弦波の関係ってなんだろう。そして、それがどのようにしたら作者の心情に繋がってくるのだろう。あと、作者の思う心情ってなんだろう。


 そんな疑問が僕の頭の中にも湧いて出てきていた。




「それじゃあ、お前、いくら勉強しても点数とれないんじゃね……」


「お、おかしい。おかしいですね。これでイケる、と思ったのですが……」


「何故、イケると思ってしまったのか……」




 やれやれ、と友亜はため息を吐いてしまっていた。




「英語はどういうノリで解いたの?」


「英語ですか?」




 僕が訊くと、賢也はクイッとメガネを弄ってから、カバンから解答用紙を取り出していた。




「これを見ればわかりますよ……フフフ」




 見ると、英語のテストだというのに、見たこともない文字が並んでいる。な、なんだろう、これは。




「これは、アラビア語ですよ。アラビア語」


「アラビア語!? ……それにしては変だけど」


「アラビア語……をもじったものです。創作アラビア語……いえ、創作語とでもいいましょうか」




 自信満々な顔つきで賢也は語っていく。英語のテストで英語でも日本語でもない言葉を書いていたんじゃ、そりゃあ、一桁の点数をとってしまうワケである。むしろ、零点ではないので、何処が合っていたのだろうか、と合っていたところが気になるレベルである。




「逆に何処が合ってたんだ?」




 僕が思っていた疑問を友亜が訊いてくれる。




「これですね。この、マルバツ問題。ボクはなんでもかんでも自分の意見を肯定させようとしてくる先生方が苦手だったのでね、全バツにしてやったのですよ。そうしたら、ふたつほど丸を貰えましたね」


「な、なんてやつだ……」




 友亜は驚いた。僕は驚きすぎて言葉も出ないほどだった。




「反骨精神というものはやはり、大切なものなんですね。それを今学ばされましたよ。おかげでゼロは免れたのですから」




 賢也はかなりひねくれたことを言っていた。

 担当の先生が今この場にいなくて良かった、と僕と友亜は安堵の息を吐く。本当にいなくて良かったよ。いたら、拳骨では済まなそうだ。




「賢也……」


「なんですか」


「そうだなぁ、強く、あれ。グッドラック」


「は?」




 賢也は「なんだこいつ」みたいな目をして、友亜のことを見ていた。なるほど。類は友を呼ぶ、という言葉はこういうことだったのか。と、僕はひとりでに納得していた。つまり、その言葉理論で例えるならば、僕も同じ類ということになるので、僕も案外他人から見ればこういう感じなのだろう。タハハ、悲しいかな、悲しいかな。




「あーとっ……うん。元気出せ、賢也。勉強だけがすべてじゃないぜ」


「ボクは元気ですよ!?」


「そっかそっか。わからないことがあったら、英語なら力になってやるからさ」


「いえ、結構です」




 賢也が面倒くさそうにして、友亜のことを見ていた。瞬間、微妙な空気が流れる。




「ぼ、僕もほら、英語は赤点ギリギリだしね。は、ははは」




 フォローしようと試みたのだが、下手くそ過ぎたために、意味がない。それどころか、賢也が一番マシだった教科ですら僕の英語の点数よりも遥かに下回っていたために、逆効果のような気がしてならなかった。




「ほ、ほら、じゃあさ、鈴陽もさっき言ってたし、カラオケにでも行くか、なあ?」




 友亜が気を遣って話題を逸らす。そうだ。そうしよう。そういうことにしよう。




「……仕方がありませんね。まあ、テスト、という教師個人の裁量で決まる主観的遊戯のことをいつまでも考えていても、しょうがありませんからね。行くとしましょうか、カラオケに」




 賢也はくるっと振り返って僕らに背を向け、ついてこい、と合図をした。賢也の顔から涙がポタリと垂れていたような気もするのだが、気のせいだろう。……気のせいだと思いたい。

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