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「あら、貴方はだあれ?」




 夢実姉は眉を顰めて、怖い笑みを浮かべている。やはり目の中にハイライトが入っていないような、そんな印象を受ける。




「お邪魔しています……ええっと、お姉さん?」




 魔女先輩がペコリと挨拶をした。




「お、お、『お義姉さん』ですって……?」




 夢実姉はふるふるとしながら、魔女先輩のことを見ていた。

 まずい、ダムが決壊する前に、止めた方が良いだろうか。このままでは、正面衝突してしまいそうな気がする。




「すみません。お姉さんではなかったのでしょうか……」




 魔女先輩が済まなそうな顔をして、夢実姉に訊いていた。どうやら、魔女先輩と夢実姉の間でドデカいすれ違いが発生しているようである。

 おそらく、魔女先輩には敵意とかそういった感情がまったくないのだが、夢実姉の中では敵意が猛烈に漲っているみたいだ。




「ええ、『お義姉さん』ではないわ……『お姉ちゃん』よ……」




 夢実姉からは、今にも「ゴゴゴ……」という緊迫した効果音が流れてきそうな雰囲気が出ている。どうやら、夢実姉から見た魔女先輩の初対面は最低どころか、最底にまで達してしまったみたいだ。


 僕は何故かまごまごしながら、息を呑んで、ただ行く末を見守っていた。

 それは、本能的に危機を察知したからだろうか。

 この戦いに入ってはいけない。この戦場に首を突っ込んではいけない。と、直感的に身体が言っている。巻き込まれてしまったら、まずいかもしれない。




「ええと、お姉さんではなく、お姉ちゃん?」




 魔女先輩は夢実姉の発言を不思議に思って首を傾げている。

 無理もない。魔女先輩からしたら、夢実姉がどんな人柄なのか知らないし、ナチュラルに茶目っ気を発揮しただけのようにも思えてしまうだろう。

 だが、夢実姉の目からは敵意が存在している。だから、察しがついて誤解されていることが伝わりそうではあるのだが、魔女先輩のこのキョトン顔。案外、魔女先輩は天然なところがあるようである。そんな魔女先輩が僕は、好きだ。




「ふふふ、どうかしらね」




 夢実姉は不敵に笑う。魔女先輩と夢実姉との間には一方的且つ険悪なオーラが纏われていた。




「鈴くん~?」


「な、なあに?」




 夢実姉に呼ばれて、僕はビクッとする。

 こ、怖い。この状況が今、なんか途轍もなく怖い。ま、魔女先輩。魔女先輩、僕はどうしたら。

 僕はくるりと振り向いて魔女先輩の方を見ようとした。が、夢実姉に首をぐいっと回されて、視線を戻されてしまった。




「ちょっと、こっちに来て」




 夢実姉にコソコソと小声で言われ、僕はあとをついていく。




「え、えっと」


「鈴くん!」


「う、うん!」




 夢実姉に押し迫られて、僕は壁にもたれ掛かる。所謂、壁ドン、という状態に近いのかもしれない。




「そりゃあ、鈴くんも男の子だもんね。わかるよ、わかる。異性を連れてきたがること。でもね、その過程というか、状況というか、その前段階というか……ねえ、わかるでしょう? ね?」




 夢実姉がモジモジしながら、僕にふわふわしたことを訊いてくる。僕にはよくわからない。




「ね、鈴くんはお姉ちゃんのことさ……」


「…………?」




 言いかけてやめてしまった夢実姉の顔を見て、僕は疑問に思いながら、次の言葉を待つ。

 できれば、魔女先輩と一秒でも長く居たいのだが、夢実姉に魔女先輩のことを話すのはたぶん禁句だろう。だから、僕はなかなかその話を切り出すことができない。




「あ、えっと、お姉ちゃんは鈴くんのことさ……」


「うん」


「あ、ううん。やっぱり、なんでもないの」




 夢実姉はそう言って、また話を途中でやめてしまう。




「その、ね。兎に角、あの娘と一緒にいると、お姉ちゃん、寂しくなっちゃうから……」




 夢実姉は俯いて、しんみりと言う。




「…………」




 僕はその様子を見ても、少し抵抗感というか『嫌だ』という感情が僕の心の中にあった。

 僕は魔女先輩といちゃいちゃしたいし、らぶらぶしたいし、ちゅっちゅっもしたいのだ。夢実姉にどう言われようが、どう思われようが、それは僕の気持ちとして変わらない。




「……な」


「えっ?」


「なかよくしてほしい」




 僕はするりと自然にそんな言葉が口から出ていた。




「あっ、ううん、な、なんでもないよ、お姉ちゃん」




 僕は咄嗟に慌てた調子で発言を誤魔化す。上手く誤魔化せた感じはまったくといってしないが。




「……そう」




 夢実姉は残念そうな表情をして、スタスタと自分の部屋の方へ去っていった。夢実姉の背中からは寂寥感が感じられた。




「す、すみません、アリィー先輩! お待たせしてしまって」




 僕は部屋の扉を開けて、開口一番に謝罪の言葉を口にする。魔女先輩は気にしていないような顔をして、手を振ってくれた。




「何かあったの?」


「あっ、いえ。なんでもないです。ちょっと、お姉ちゃんの気分が優れないみたいだったので……」


「そうなんだ」




 魔女先輩は納得したように言う。心配しているように見える。




「お姉さん、大丈夫そう?」


「ああ、全然大丈夫です! その、本当に!」




 僕は付け加えて、大丈夫だということを強調する。強調しているせいで、逆に心配されてしまいそうな気は一瞬したのだが、どうやら僕の杞憂で終わったようだった。




「鈴陽くんには、お姉さんがいたんだね」


「はい」


「お姉さんとは結構歳が離れてるっぽいけど」


「七つ離れてます。七歳差です」




 僕が言うと、魔女先輩はポツリと「そうなんだ」とだけ呟いた。




「アリィー先輩にはご兄弟とか、その、いらっしゃるんですか?」


「私はひとりっ子だから」


「そうなんですか」




 今更気づいてしまったが、僕は自然と魔女先輩と会話をすることができている。あがり症だというのに。これも、魔女先輩に対しての好意の効果なのかもしれない。

 だけれども、意識してしまったらまた声がうわずったり、挙動不審になってしまったりしてしまうので、心を無にしていなければならない。僕よ。頼む。あがり症をなんとか抑えていてくれ。




「鈴陽くんさ」


「はい?」


「お姉さん、美人だね」




 魔女先輩が夢実姉のことについて話すのだが、僕はなんて返して良いのか考えてしまい、ただただ悩んでいた。




「アリィー先輩の方が……び、美人ですよ……」




 僕はそんなことを言ってしまっていた。

 ああ、僕! いきなり、何を言っているのだろう! もー、知らない。もー、どうにでもなーれ、だよ。なるようになーれ。あーあ。

 僕の頭の中は酷い混乱状態にあるようだった。




「ふふっ。ありがとう」




 魔女先輩は僕の顔を覗き込むように見て、ニッコリと微笑んでいた。

 その微笑みが、僕にはめちゃくちゃ眩しい。眩しすぎて、存在ごと消えてしまうかもしれない。

 僕は魔女先輩の美しさをたたえながら、うっとりと彼女の笑顔を見ていた。

 かわいい。魔女先輩のまわりだけ、世界がちがうように見える。




「お姉さん、髪、ロングなんだね。私も髪伸ばそうかな」




 魔女先輩は自身のゆるふわボブのヘアースタイルを気にするようにして、僕の反応をうかがっている。

 魔女先輩ならロングでもセミロングでもボブカットでもなんでも似合うと思う。魔女先輩はだって、素敵な人なのだから。

 僕はさりげなく恥ずかしいようなことを思う。自分の思ったことをもう一度フラッシュバックさせてしまったので、僕は勝手に頬を赤く染めてしまっていた。なんだか、身体が熱い。




「そ、その……アリィー先輩は今のままでも充分素敵ですよ……」




 僕はモジモジとしながら、魔女先輩をフォローするようなことを呟いていた。




「あら。それなら、この髪型の方がいっか」


「……そ、そ、そうですね」




 僕はしどろもどろになりながら答えていた。




「んー……強敵の予感」


「……えっ?」




 魔女先輩がボソリとなにやら意味深長なことを呟くので、僕は不思議に思って訊いてみる。『強敵の予感』って……?




「ううん、なんでもないわ。なんでもないことなのよ」




 魔女先輩はまたニッコリと微笑みを僕に向けていた。




「お姉さんも……そっか。鈴陽くんのこと、好きなんだね」


「ああ……はい。お姉ちゃんは割かしその……」


「ブラザーコンプレックス」


「あ、はい。そういった気質にあるみたいで」




 僕が何かしてはならないような発言をしてしまったのか、魔女先輩の雰囲気が急に変わる。ぽやぽやとしていて、天然チックなオーラが流れていたのが一転して、鋭いような……そう、クールというか、そういった雰囲気が醸し出されていた。




「なるほど、なるほど、なるほど、なるほど……」




 魔女先輩はひとしきりに頷いて、僕の方を見つめている。

 な、なんだろう。僕、気に触ることでもしてしまったのだろうか。……いや、そういう感じではなさそうだ。とりあえず、何か、魔女先輩の様子が変わるようなものがあったということだが。はて。いったい、何がトリガーとなったのだろうか。

 僕も魔女先輩のことを見つめ、そして、原因について考察し始める。




「…………」


「……あ、あの」




 お互い無言のまま見つめ合う。嬉しいけど、気恥ずかしい。……いや、かなり恥ずかしい。

 どうしても、照れてしまうし、動揺が隠せないしで、今、僕は心臓の音の高鳴りが耳を澄まさなくても聞こえてしまっている。




「あの、アリィー先輩……?」


「……ん、なあに?」




 魔女先輩が今度はニヤニヤ顔で僕のことを見る。どうやら、僕は遊ばれているようだ。




「い、いえ。べつに……」


「そっか」




 魔女先輩は悪戯な笑みをやめなかった。




「んふふ。鈴陽くん」


「は、はい! 鈴陽です!」


「鈴陽くんは可愛いね」




 魔女先輩が僕のことを嘗め回すような目で見て、言う。

 可愛い!? 魔女先輩に好意的だと捉えられる発言を拾えたのは嬉しいけども、僕は格好いい、って言われたかった……。で、でも。嫌われてはいないみたいだし、前向きに捉えよう。

 僕は複雑な気持ちになりながら、苦笑していた。




「うふふ」


「あ、あはは……」




 ここから、評価を変えていこう。可愛いね、から、格好いいね、と言われるように。

 僕はそう心に決め、それから、魔女先輩としばらく見つめ合っていた。


 魔女先輩との一日は見つめ合いで終わってしまった。

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