第8話【隔離図書室】
……元の世界で得ていたゲームスキルは何が使えるのかわからない。だがこれだけは使えると確信していた。
『───ゴォッッ!?』
麻痺状態になった巨龍は動きが止まり、力が弱くなる。その隙にベルは魔力を集め、熱を生み出して氷を溶かすとその場から脱出する。
「寒気すっごいっ……HP、じゃなくて生命力? 表記がない…というより数値化なんてされてないからかなり賭けになるなぁ…!」
生命と魔力を消費して発動する【クリンゲル・シックザール】はその消費量に応じて相手に様々な効果を付与させる。今回は微量だったため、巨龍を痺れさせる程度だ。
「無茶しすぎなのよ全く! 【ヒール】ッ!」
「うっ、ホントだ…ルフちゃんが言ってた通り結構ビリビリっとくる……」
「我慢しなさい。それでどうなの、あいつどうにか出来そう?」
「……正直厳しいかも、まだあっちはやる気みたいだし…ナイフもボロボロになっちゃった」
アップルの回復を受けながらそう言うと、ベルは片手直剣を抜いて構える。
「私も魔法で応戦するわ」
「うん、お願い…ねッ!」
その言葉が言い終わると同時にベルは駆け出し、片方の手に魔力を集束させる。
「ヤッ!!」
剣を胸部に向けて振り下ろし、巨龍の鱗を剥ぐ。鱗を剥がしたことで肉が露出し、ベルはそこを狙った突く。
『ゴッッ! ガルォォッ!』
すると、巨龍の身体が青く発光する。それと同時に周囲の魔木が次第に枯れ始めていた。
「こいつ、魔力を吸収してる!」
「させないわ、【クラック・ショック】ッ!」
アップルが杖で地面を叩き、土属性の魔法を発動する。地面に強い衝撃が与えられ、円を描くように亀裂が走ってベルと巨龍を囲む。
「尻尾を地中に刺してそこから魔力を吸収していたようね、ならこれで防げるはずよ!」
そう言うとアップルは杖を振り上げ、巨龍周辺の地面を浮かび上がらせる。
『グォロォォォォォ!!!!』
「逃がさないよ! 【アイス・エイジ】ッ!」
片手で溜めていた魔力でベルは【アイス・エイジ】を発動し、巨龍の尻尾と地面を凍らせてその場に留まらせることに成功する。
「ぐっ…ベル! これ風で無理矢理押し上げてるだけだから長くは持たないわ!」
「風で持ち上がるものなの……わかったよアップル!」
そう言ってベルは斬撃を繰り出す。【インスティンクト】が稀に発動して攻撃予知が可能ではあるが、ベルの総合攻撃力が低すぎるので長期戦になってしまう。そうなればいつか【インスティンクト】が発動しなかった時、ベルは巨龍の攻撃を避けられず死亡する可能性が高い。修行中に取得した【クイック・アングリフ】という素早い攻撃を可能とする能力も、相手が格上なのでいくら攻撃ペースが速くてもやはり時間がかかってしまう。弱点を突いて一撃で仕留めたいところだが、弱点である首の位置は高くて届かない。
「【アイシクル・ランス】ッ!」
空中にいくつもの氷の槍を作り、巨龍目掛けて発射する。しかし巨龍は周囲の岩を翼で薙ぎ払って飛ばし、ぶつけることで氷の槍を破壊して大きく息を吸い込んだ。
「あ───」
それがブレスの予兆だと気付き、避けようとした瞬間にベルは思い出した。それと同時にちらりと足元に目をやると、やはり、足が盛り上がった地面に捕らわれていた。
(忘れてた、地竜は獲物を仕留める時、必ず拘束して確実に殺そうとしてくるんだった……1回体験してるっていうのに、私は……)
土がベルの太ももまでガッチリ巻き付き、その場に固定する。身動きひとつ取れない。もう一度麻痺を付与させることも考えるが、一度受けたため巨龍は多少ではあるが麻痺耐性を得ているだろう。すぐに麻痺になるとは思えない。
「眠らせる……でも即効性はないから眠る前に撃たれたらアウトだし、アップル達の助けは……多分待ってる余裕はない」
ベルと巨龍の足場が浮いているからか、アップル達からは状況がいまひとつわからない。見えていたとしても、登るにしろアップルが風魔法を解除するにしろその前にブレスがベルを襲う。
「気が抜けてたのかな……」
この世界に来てから安心しすぎていた。魔物は居るがあまり脅威はなく、この1ヶ月穏やかに過ごしていた。もちろん剣の修行は真剣にやっていたし、目的も忘れていない。それでも偽神が居ない世界に心が落ち着きすぎていた。
「これじゃみんなに笑われちゃうね、苺……」
その名前を口にした瞬間、涙が零れ落ちる。心臓の鼓動が早まり、緩んでいた剣を握る力が強くなる。
(ここで死んだらもう二度と苺と会うチャンスはない。ここで死ねばもう元の世界には戻れない。諦めるなんて無駄なことしたくない。せめてこの世界で何か成し遂げないと死ねない……誰にも顔向け出来ないッ!)
「ベル……!!!」
戦い、生き続けることを諦めない。そう強く思った瞬間、ルフトラグナが叫ぶ。ベルの視界が一瞬ですり変わり、目の前でブレスを放とうとしていた巨龍が消えて、それどころか森すらも消えて、ベルは本棚を見ていた。
「はぇ?」
そこは円形の部屋で、沢山の本が並び、天井は美しく装飾されていた。何が起こったのかベルは理解出来ず、変な声を出してしまう。そんなベルの前に1冊の白い表紙の本が出現し、勝手にページが開かれてまっさらなページに文字が浮かび上がる。
“──あの時、私は彼を守るためにこの身を犠牲にした。結果としてその一瞬は守ることが出来たけど、私は結局彼を守ることは出来なかった。苦しそうな顔をして、私の亡骸を抱える彼は泣き叫んでいた。
泣かないで、レイ。あなたならきっとひとりでも大丈夫だから。この言葉は伝えれないけど、私は木となり見守っているから。あいつの力は私が抑え込むから……。”
文章はそこで途切れ、白い表紙の本は力を失ったかのようにバサリと床に落ちる。ベルの頭にその時の記憶が流れ込む。顔がよく見えないが、同じくらいの年齢の男の子が泣いている。その奥から白い何かが近付いてきて……記憶もそこで途切れた。
「……レイ? それに木って、もしかして……」
図書室の一部が消え始め、元の場所に戻ることを予感しながらベルは本の内容と流れ込んできた記憶を脳内で必死に繰り返して強く記憶する。刹那、視界が閃光して目の前には森と巨龍が現れる。
「ブレスが撃たれてる……?」
数秒前と違い、地面が抉れていた。ベルの後方にある木の一部が消滅したかのように粉々になっていることから、ベル自身が何か別の場所に転移したと考えていい。
「いやそれより!」
巨龍は最大の一撃を撃ったためか、ぐったりとその場に倒れ込んでいた。これなら弱点である首も容易に届く。
「──アップルッ!!」
「…! 【インパルス・キャノン】ッ!」
ベルの叫び声にアップルは察して雷属性の魔法、【インパルス・キャノン】を放つ。その雷砲が巨龍に命中し、その全身を駆け巡って痺れさせると、ベルは盛り上がった地面を蹴って加速し、剣を前に突き出して巨龍の首を貫く。
「これでぇぇぇぇええッッ!!!」
ベルはそう叫びながら氷属性を剣に付与させて斬り上げ、巨龍の首を裂く。巨龍の身体が冷気で凍っていき、首から氷塊が生まれて絶命させた。
「……やっ…た?」
ベルはそう言いながら巨龍の死体を凝視する。巨龍の傷口から吸収した魔力が漏れ、地面に消えていく。魔力が抜けたからなのか、巨龍は元の大きさへ…地竜の姿へ戻ったのだった。
【クリンゲル・シックザール】
*生命を対価として支払い、その消費量に応じて麻痺、毒、眠り、各属性状態異常や、攻撃力低下、防御力低下など、様々な効果を視界内の対象に強制的に付与させる。