第3話【優しい声】
またも光がベルの目を眩ませる。二度あることは三度あるのかと少し憂鬱に思いながらも、微妙に硬いベッドから起き上がる。
「……むぁ」
光の原因は、近くの窓から差し込んでいた夕陽だったようだ。外は木が生い茂っていて遠くまでは見えないが、小動物がちらほらと確認出来る。少なくとも魔物は居なさそうだ。
「起きた第一声がそれか……外傷は無いな?」
声のする方を見ると、そこにはベルを助けた男が木製のカップにお湯を注いでいた。
「……あ! はい! えっと、ありがとうございます。助けていただいて…」
チラりと横に目をやるとルフトラグナが可愛らしい寝息を立てて穏やかに眠っていた。右腕には丁寧に包帯が巻かれている。この男が応急処置をしてくれたのだろう。
「こんなものしか出せないが、まぁ飲んで身体を温めるといい」
「喉乾いてたのでちょうど良かったです! いただきま……ってあれ、手が動かない?」
カップを受け取ろうとするが、手の痺れたような感覚にベルは違和感を覚える。
「やはり魔力切れのようだな。無茶をしたんだろう? あの氷漬けの地竜を見たらわかる」
「あ、あはは、無我夢中でして……」
【アクセルブースト】など、三連発したとはいえそんなにすぐ魔力切れというものを起こすのだろうかと疑問に思いつつ、男が口元にカップを寄せてきたのでベルは口を開いてそれを飲む。熱めのお湯が身体の芯から暖めてくれる。
「ほっ……ありがとうございます」
「いや、礼はいい。何しろあの竜を呼んだのは俺だからな……本当に申し訳ない。騎士団に襲われているようだったから咄嗟に魔木を斬ったのだがな……」
「魔木……? それってあの青く光る木のことですか?」
「ああ、この辺りに多い特殊なもので、地中の魔力を吸い取って成長するんだ。幹や葉などに傷が付くと治癒しようと溜め込んだ魔力を外部に放出する。そして、それを吸うために多くの魔物が集まる……あの地竜もその1体だ。地中の魔力は魔木に吸われているからな」
「なるほどそれで……でも助けようとしてくれたんですね、ありがとうございます」
男から貴重な情報を得た。ベルは今後、この森で何かあった時は魔木を利用することも考えておく。
そして話しながら気になったのはベルが座り、ルフトラグナが眠っている大きなベッドに、木製で四角形のテーブル……壁にはナイフなどの様々な道具がフックに引っ掛けられている。奥にはよく手入れされている巨大な両刃剣が立てかけられていた。調理台には2つの鍋が火にかけられており、片方は湯を沸かして、もう片方はグツグツと何かを煮ているようだった。
「──あ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。私はベルって言います! あなたのお名前も聞いていいですかね?」
ベルは男の名前を聞こうとする。すると、男はハッと目を見開きベルを凝視する。何か考えていたのか、少し間を置いて口を開いた。
「……いや、そうか。俺は“グランツ”と言う、一応、狩人だ」
「おぉ狩人!! そうなんじゃないかと思ってましたよ! 部屋の感じとかなんかそれっぽいですし!」
「まぁ近くの村に狩った動物を売ってるだけなんだがな。それで、君は何故森の奥地で…天使と一緒に居たんだ?」
答えずらい質問に、ベルは身体を強ばらせる。転生者であることを隠すべきなのか、それとも嘘偽りなく言えばいいのか……判断に困る。
「あー、その、迷っちゃって困ってたところにこの子とあの集団が来て…それで、なんとなくこの子を助けて…」
「なるほど。いろいろ言えない事情があるんだな」
「うっ、はい……」
隠しているをグランツに見透かされ、ベルは顔を俯かせる。
「だが実を言うと俺も同じだ。話せないことはお互い無理に話さないようにしよう。……それより動けるのならその子の身体を洗ってやってくれないか? 傷の手当てと、あの右腕に包帯は巻いておいたが、さすがに男の俺が服を脱がすのはまずいからな。君も一緒に汗を流すといい、裏手に泉があるから」
「わかりました、何から何までありがとうございますグランツさん!」
「……いいから早く行ってこい、その間に夕飯を用意しておく」
「はい! ルフちゃん起きれる? 身体洗いに行くよ〜」
「むぁ…ふぁい…」
眠たげな顔で目を擦り、ベルに手を引かれてルフトラグナも小屋の裏手に向かった。泉には小魚が泳いでいて、泉を取り囲む苔むした大樹にはリスのような小動物達が穴を開けて巣を作っていた。
ベルは右腕の無いルフトラグナの服を脱がし、畳んで近くの切り株に置く。
「……凄い傷だね」
「……はい」
ルフトラグナの身体…特に背中、白い翼の根元辺りに無数の切り傷が付けられていた。翼もよく見ればところどころ羽がむしられていて、何かで強く掴まれたのか赤く腫れていた。
「何があったのかとか…聞かせてとは言わないよ。大変だったんだね……でも、もう大丈夫だからね」
「……どうしてあなたはそこまでわたしにしてくれるんですか? わたしは不思議に思って仕方がないんです。あなたの声を聞くとここが、穏やかになるんです」
左手を胸に当て、ルフトラグナは言う。どうしてかと言われてもベルは自分でもわからなかった。でも何か理由があるとしたら……
「私ね、守れなかったんだ。大切な人を失った。そして失わせてしまった……だから今は、誰かを救える自分で居たい。自分勝手な理由であなたを助けちゃったんだよ、なんかごめんね…?」
ベルの言葉を聞き、ルフトラグナはベルの胸に自身の耳を当てる。
「……いいえ、とても心地いい音…ベルは優しい人です」
「そ、そうかな?」
「そうですよ」
ベルは濡らした布でルフトラグナの身体を拭きながら、涙を堪える。
(私も、あなたの声を聞くとなんだか心が安らぐよ)
小さな身体もそうだが、どこか幼馴染に雰囲気が似ているからだろうか。どうしても守りたくなる。この先、どんな人生となっていくのか予想も付かないが、辛い道だとしてもルフトラグナを守って、生きたいとベルは思う。
──ふと鼻に意識を向けると、小屋のほうからほんのりといい匂いがする。グランツが調理しているのだろう。
「さ、早めに出てグランツさんのお手伝いでもしますかね」
「わたしも手伝います!」
「よーっし! じゃあ早速2人で恩返ししよっか!」
そう言ってベルとルフトラグナは水気を拭き取り、服に着替えて小屋の扉を開いた。
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