第2話【片腕の天使】
いろいろと気になるところはあった。転生先を第一世界だとか、まるで世界が複数あるかのようにアインは言った。ならば鈴が元々居た世界は一体何番目となるのか……それに《サイハテ》というものも気になる。そちらの世界のと言っていたので、鈴が転生先である第一世界にもあるという事だろう。
「……っ、眩し。これ2回目だよ…」
また暖かい光が射し込み、鈴は目を覚ます。木に寄りかかっていたためか腰が痛い。
「とりあえず、戦場ド真ん中じゃなくてよかったかな」
立ち上がって土を払うと、鈴は軽く身体を動かして周囲を確認する。森のようだがどこか神聖さを感じ、寄りかかっていた木もよく見れば内側が青く光っていた。近くには湖もあり、近寄ってみると透明度が高く、そのまま飲むことも出来そうだった。
「やっぱりこの髪……私のアバターだなぁ」
鈴は前髪を弄りながら水面に映る自分の姿を確認する。元居た世界のゲームで作った“ベル”というキャラクターそのままだ。金髪のポニーテールが陽の光に当たって煌めいている。
「いかにも冒険者か旅人って感じの革と布の服だ……防御力無さそう」
さらに武器も無いので、鈴が所有しているのはこの服と、細かく言えばポニーテールを作るための赤いリボンだけということになる。
「さて、これからどうするか……ここがどういう世界なのか知るためにも誰かに会いたいところだけど、都合良く木こりのおじいさんとか現れてはくれないよね……森を抜けようにもどっちに進めばいいかわからないし……」
気温は暖かいが夜になるとどうなるかわからない。太陽は真上、日が落ちるまであと6時間と言ったところだ。魔物がいつ襲ってくるのかもわからないので安全な場所を見つけることが最優先事項となるが……。
「あ、そうだ! 今の私に何が出来るのか確認しないと……ってどう確認すればいいの…!? あああぁぁもっといろいろ聞いておけばよかったかぁぁぁ!」
しかし、今を悩んだり過去を後悔したりする時間はない。
「くぅぅ…とりあえず食料確保しながら移動しよう……」
そう呟いて歩き出そうとした瞬間、轟音が森に響いた。
「っ!」
咄嗟に木の影に隠れ、鈴は静かに様子を伺う。
(多分結構近かった。敵……?)
鳥が騒がしく鳴き、空へ飛んでいく。リスっぽい小動物達も慌ただしくその場から離れていく。かなり危険な状況になっていることは明白だ。
(武器もないから隙を見て私も逃げ──あっ…)
その思考を遮ったのは、突然茂みから現れた1人の少女の存在だった。鈴はその少女に目を奪われる。所々汚れているが真っ白な長い髪に銀色の瞳……そして背中に生える白い翼。それはまさに“天使”と呼ぶに相応しい風貌だ。
(綺麗……でもあの腕……)
どこを見ても美しいが、右腕が無い。血がポタポタと垂れ続け、左手で強く握り締めている。歯を食いしばり、痛みを我慢しながら何かに追われているようだ。
「──! ────ッ!」
謎の言語を発しながらその天使を追うのは武器と防具…完全武装した男だ。その後に同じ格好をした者が5人も着いてきている。
(言葉がわからないからどういう状況もわからない……! というか今飛び出していったら確実に殺されるっ!)
──でも、あんなに悲しげな顔をしている子をあの子は放っておく……?
「あの子なら、助けようとするよね──!」
脳裏に幼馴染の顔を思い浮かべ、鈴は息を吸って木の影から飛び出る。息を大きく吸い込んで、声に圧をかけるように叫ぶ。
「止まれッ!!」
申し訳程度の武器として長めの木の棒を握り、鈴は武装集団の前に立つ。鈴の存在に気付いた天使の少女は走る足を止め、困惑した表情で鈴を見つめている。
「……言葉が通じるのかわからないけど。安心して、あなたは私が助ける」
「…………!」
鈴の声を聞いて、天使は銀色の瞳を白く輝かせる。通じたのだろうか? そう鈴が期待した瞬間、武装集団の筆頭らしき人物が剣を抜いて鈴に向ける。
「◆▲○◇◇……? ……◆い、何者だと聞いている」
ノイズ音のようなものを発したと思ったら、鈴はその言葉を理解した。今の一瞬で言葉が通じたことに驚くが、鈴は冷静に言葉を口にする。
「私の名前は…ベル。この子の友達です。女の子ひとり相手にそんな物騒な格好して、何してるんですか」
「友達だと? そこの天使とお前がか?」
兜で顔は見えない筆頭の男は威圧してくる。鈴は咄嗟にベルと名乗り、木の棒を向けるが正直に襲われたら対応出来ない。この男が強いということは雰囲気でわかる。
「なァ兄貴、さっさと捕まえて売っぱらっちまおうぜ? そのガキ木の棒しか持ってねぇみたいだしよ」
後ろの同じような鎧に身を包んだ男の1人がそう筆頭に言う。
「……こいつが魔法を使えないとは限らない。あれが杖という可能性もある」
「ぁア、そっか。じゃあ手加減無しで殺しちまうか」
「ま、そうだな。だがお前、大人しく引き下がるというのなら見逃してやる。どうする?」
アインが言っていた通り、魔法の概念があるらしい。だがその使い方もベルにはわからない。やはり出てくるのはまずかったかと、思った瞬間……先程とは別の轟音が森に響く。
「……!? この匂い…おい誰だ! この森の木に傷を入れたヤツはッ!」
「お、オレじゃねぇですよ!?」
筆頭が慌てた声で叫ぶ。武装集団の男達は周囲を警戒し、キョロキョロと見渡している。どうやら、何か予定外のことが起こっているらしい。ベルもその“匂い”を嗅ぎとる。嗅いだことのない不思議な匂いで、表現の仕方すらわからない。だが周りにある木から発生している匂いだということは筆頭の言葉からわかった。
(内側が青く光ってたのと関係あるのかな……)
「ッチ、お前……ベルとか言ったな。その名前と顔、覚えたぞ。次は無いと思え。──総員撤退だ! 分散してモノリスの前で落ち合おうッ!」
筆頭がそう言うと、全員が散り散りになって走り去っていく。とりあえず助かったようだ。
「……ふぅ、ねぇあなた、大丈夫?」
「逃げなきゃ……この匂いはダメ、魔物が来ますっ」
「えっ!? だからアイツらも逃げたのか……とにかく走るよ! ほら掴まって!」
「……は、はい」
ベルは天使の左手を握ると、その手を引いてその場から逃げる。
「私はベルって言うんだけど、あなたは?!」
「わた…しはっ、ルフ……“ルフトラグナ・アンフェルイス”ですっ!」
「そっか! じゃあ、ルフちゃんって呼んでいいかな?」
「だ、大丈夫…ですけど……」
走りながらベルとルフトラグナは自己紹介を済ませる。
「名前を知れてよかった……それで、魔物って何が来るのかわかったりしないかな?」
「……きっと竜が来ます。この辺りには地竜が生息していますから」
「うっ、初戦で竜はキツい……どこか隠れる場所は……!」
走りながら探してみるが、周囲には木と茂みしかない。それで地竜から隠れられるとは思わないが、それでも戦って勝つよりは勝算がある。
「こっち、隠れるよ!」
「う、うん……!」
近くの茂みに身を潜め、息を殺す。感覚を研ぎ澄ませて気配を探る。
「……凄い、固有の特能を持ってるんだ」
「へ? 特能?」
「うん、特別な能力を持つ人はそう居ないから……珍しくて」
「……もしかして私が持ってるその、能力とかわかったりする?」
「……? 自分じゃわからないんですか?」
「あー、そうなんだよね……ちょっと勝手がわからなくてさ。何があるか教えて貰ってもいいかな?」
嬉しい誤算だ。まさかルフトラグナが能力を知ることが出来るとは思いもしていなかった。これなら、もしかすると切り抜けられるかもしれない。
「超直感を得る【インスティンクト】の他には…【フルチャージ】【アクセルブースト】【アイス・エイジ】……どれも聞いたことないものばかりです……」
「なるほどね、了解。じゃあちょっと行ってくるから、ルフちゃんはここに居て」
「……まさか戦うんですか? 地竜はさっきの方々でも苦戦する相手ですよ……?」
「大丈夫、足止めするだけだよ! 【アクセルブースト】ッ!」
前の世界と同じように、ベルは能力名を叫ぶ。身体が軽くなり、その場から消えるように走り去る。
「居た……! あれが地竜か!」
『ゴルルルルッ!!』
尾を振り払ってきた地竜の攻撃を避けると、ベルは瞬時に木の棒をその眼球に突き刺す。もがき苦しむ隙を見て、【フルチャージ】を発動すると右手をかざす。
「しばらくそこに居てね、【アイス・エイジ】ッ!」
【フルチャージ】により強化された氷属性の拘束魔法、【アイス・エイジ】が放たれ、地竜は氷漬けになっていった。これなら数十分は持つだろう。
「よしっ! 早くルフちゃんのところに…うわわっっ!?」
そう言って戻ろうとした時、ベルは足を躓かせて転倒してしまう。
「な、なに…? 土が……」
ベルの足首を、盛り上がった地面の土がまるで手のようにガッチリと掴んでいた。どう考えても、目の前で氷漬けになっている地竜がやったのだろう。
「くっ、そんなことも出来るの!」
手を伸ばして土を掴むと、足から剥がす。……が、また地面から土が盛り上がって、今度は膝まで埋まってしまう。さらに右手に掴んだ土が生き物のように動き、服の袖から侵入してくる。
「ひゃっ!? ってコイツ、首を絞める気!?」
土はベルの腕から首に到達し、輪っかを作って絞めあげる。呼吸がしずらくなり、力も入れにくくなってしまうため、足の土を崩すことも出来ない。
「カハッ……! ま、ずい……これっ」
遂に両足が土に捕われ、太ももまで掴まれてしまう。土が硬化したのか、全く微動だにしない。
(転生直後に死ぬとか勘弁して欲しいんだけどッ!)
そう思っても、拘束を解くことは出来ない。首を絞めあげる力も強くなってくる。
「大丈夫か!」
と、男の声がする。さっきの集団の1人というわけでもなさそうだ。両刃剣を持った少々老け顔の男性がベルを拘束している土を砕く。
「ガハッ! ゴホッ…! あ、ありがとうございます…!」
「礼はいい、それより早く離れるぞッ!」
「あ、ルフトラグナって子も一緒に……!」
「……わかった。その子のところまで案内できるか?」
「してみせます……ッ! 必ず助けますッ!」
呼吸を整え、ベルは叫んで走る。男もその後を着いてくる。
──そして、ルフトラグナの待つ場所に着いた直後、ベルは意識を失ってしまった。