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おしゃべり銀行7

作者: すずめのおやど

東京都江東区住吉駅そばにある「トークバンク」という喫茶店。ここにはいつも悩めるお客さんが訪れ、ママに話を聞いてもらっている。


   千代闘病編


「ねぇ、おかあちゃん、優とトークバンクのママさんに面会してもいい?」

ある日千代が千代ままに言った。

「疲れないようにしてよ。」

と言うと、千代は早速ラインで連絡している。この日も千代に引き止められ、9時の消灯が過ぎていた。そっと病室を抜け出すと、待っていたように浅井先生がいた。びっくりしている千代ままに

「おかあさん、ちょっとの時間いいですか?」

と言われ、ナースステーションの横の小部屋に案内された。

「おかあさんは毎日毎日千代さんのところに通っていますからもうわかっていると思いますが、千代さん、もう手の施しようがないです。」

え!?と千代ままは耳を疑った。いやいやいや、全然気がついていないし、全然闘うつもりでいるし。

「どういう意味ですか?」

とやっと聞くと

「千代さん、よくて今月の末までなんです。」

と言うと、紙に図式を描いて丁寧に説明してくれている。しかし、千代ままには「千代が死んじゃう」ということが頭を攻撃して説明が全然頭に入ってこなかった。最後に

「明日朝1番におとうさんとお二人にまたお話しますから。」

と言って話は終わった。

「千代が死んじゃう」この言葉が頭の中でぐるぐるしている。千代ままは、守衛さんのいる出口を通って前にあるベンチまでくると、今まで千代と闘ってきた場面が次々と浮かんできた。ぽろぽろと涙が溢れる。自然にトークバンクのママに電話していた。

「ママ?夜にごめんなさい。千代がね…。」

「千代ままちゃん、どうしたの?」

「千代がね…。千代がもう駄目だって先生がいうの。」

「千代ままちゃん、今どこにいるの?」

「今、病院出たところなの。」

「なら、店までタクシーで来れる?」

「わかりました。すぐいきます。」

千代ままはタクシーを拾い店まで急いだ。

店に着くと千代ままは

「ママー。浅井先生がね。千代は今月末までもたないって言うの。千代はあんなに頑張って頑張って血を吐くほど頑張って闘ってきたのに、駄目だっていうの。」

と言うと

「千代ままちゃん、少し落ち着こう。」

ママは千代ままを奥のボックス席に座らせると、千代ままはバックから先生が描いた紙を取り出した。そこに千代ぱぱから電話がきた。住吉駅でずっと待っていたそうなので、トークバンクまでくるように言った。間もなく千代ぱぱもきて、千代ままは、またぽろぽろと涙をこぼしながら「千代が死んじゃう。」を繰り返した。千代ぱぱは

「だから、先生はなんて言ったんだっ?」

と千代ままを攻めるばかりでちっともらちがあかない状態だった。

「とりあえず何か飲もうか?ままちゃんは、ロイヤルミルクティーね。ぱぱちゃんはコーヒーでいい?」

とママが言った。千代ままはずっと泣いている。千代ぱぱはずっと千代ままを攻めている。そんな様子を見ながら飲み物を作るママはとても辛かった。

「千代は私がだっこしてだっこして大きくした大事な大事な子なのよ。お受験だって頑張ったし、お仕事だって頑張ったし、病気だって頑張ったのに…。」

「今それを言うなっっ!!先生は一体なんて言ったんだよっったくっ!」

2人の前に飲み物を運んで自身にも飲み物を置くと

「とにかく飲もう。」

とママが言った。

「明日先生からよくお話聞いて、わからないこときけばいいじゃない?何より今もまだ千代ちゃんは頑張っているじゃない。」

とママが言うと2人は黙って飲んだ。

2人は

「夜分にごめんなさい。」

と言うと並んで帰っていった。ママはその後ろ姿をいつまでも見送っていた。

次の日、朝6時には病院のデイルームで2人は待っていた。

いつものように千代から

「おかあちゃんいつくる?今なにしてる?」

とラインがきている。

「おかあちゃんは少し具合悪くて行くのが遅くなります。」と送ると

「具合悪いってどうしたの?」

と返ってきた。しまった。と思いながら

「電車酔いしただけだから大丈夫。おとうさんも一緒よ。」

と送ったら先生がきて、いつもの小部屋に案内された。そこで浅井先生から、千代の肺がもう駄目になっていること、今月いっぱいもてばいい方な状態なことなどと聞いた。

先生は

「千代さんは頭の良い子だから自分の病状はわかっていると思います。でも最後まで闘う強い子です。」

と言った。千代ぱぱはもう何も言えず今まで見たことがない位青ざめていた。

一緒に話を聞いていた看護師の今井さんが

「これから千代さんにはベテランの看護師が担当します。わからないことがあったら何でも言ってくださいね。」

と言った。

 呼吸が楽になる高濃度の酸素吸入を千代の鼻につけるという。メモリが100まであって、100でも足りない場合臨終になるという。


「千代〜。ごめんね。電車酔いしちゃって今頃になっちゃって。」

「なんか呼吸が楽になる機械つけてくれるんだって。それ使われるの5年ぶりで知ってるのは林さんだけなんだって。」

と千代が言った。

「今日はおとうちゃんもきてるんだよね。虎ノ門じゃなくて新橋まで行ってあげるって勢いな顔してるね」

「どこまでも行ってやるよ。」

千代は

「ドトールのミルクレープ食べたいんだけど、新橋にあるかなぁ?」

「ドトなら虎ノ門にあるよ」

などと喜んでいたのに半分も食べれなかった。千代の喉に、小さな血腫がみっしりできていた。


この頃になると、千代は歩くことができなくなり、うんちのお世話を看護師さんにやってもらっていた。

「前に一緒の部屋だったビチグソ女ね、歩けるくせにポータブル置いてあって食事になると、ポータブルでビチグソするんだよね。」

などと話していたら、

「窓際にいたツンケンしたおねえさんが

『おめーのうんちのがくせーんだよ』

って思ったのかビチグソ女の部屋の窓際に移動になったんだよね。」

と千代ままが言うと

「そういえば、滝のように鼻水が出るおばあちゃんが窓際に移って私が真ん中で寝たきりのおばあちゃんが入り口だよね。

あんなツンケンした女に気兼ねしてうんちまんするより、おばあちゃんに挟まれてうんちまんする方がどんなに気が楽か!あのツンケンした女、ごはん時のビチグソ攻撃に、私の方がよかったと思い知るがいいさ。」

と千代が言った。どうやらそのツンケンしたおねえさんは差額ベッド料金払って窓際にきたのに、真ん中で、一日中千代ままがいて、ぴーちくぱーちく話してるのが嫌で苦情を言ったのだろう。


千代の鼻につける呼吸器が浅井先生によって取り付けられメモリ80からになった。千代の命のメモリになった。


そんな時、ママと新婚の優がお見舞いにきてくれた。

千代ぱぱは気になって何度も見にきたが千代は楽しそうだった。

「優やママさんに元気もらったよ。私大丈夫だよ。」

と言っていたが、優やママさんが見た最期の千代の姿だった。

 看護師の林さんがきて、

「ご家族で最期看取りたいですよね?」

と言われたので

「はい。できるだけ一緒にいたいです。」

と答えると、両端にいたおばあちゃんが移動されて、千代だけの室になった。隣に簡易ベッド置いてもらって、仮眠できるようになった。千代ままも千代ぱぱも寝ないで千代のそばにいた。

そんなある時

「おとうちゃん、ほんとにごめんね。おねがい、たすけて。」

と千代が言った。千代ぱぱは

「千代ちゃん、代わってあげれなくてごめんな。」

と言って泣いていた。千代ぱぱは先生にモルヒネをお願いした。


もう食べ物も食べれなくて、お茶をストローで飲ませていた。冷蔵庫は千代のお茶でいっぱいだった。

先生から、会わせておきたい人がいたら会わせてあげるようにと言われた。ただ千代が

「みんな仕事で忙しいんだから、会わなくてもいい。元気になったら会うから。」

と言って会おうとしなかった。ただお葬式になった時に連絡しておかなければ…ってことで、多摩の千代ぱぱの叔母に連絡した。叔母は驚いてすぐお見舞いに行くと言ってくることになった。千代ままはぶちキレたが、千代が

「おかあちゃん大丈夫。私がおかあちゃんに嫌な思いはさせないから。」

と言うので面会することになった。

叔母はすぐに来て、千代は

「わざわざ御足労いただきありがとうございます。」

と頭をさげた。叔母は泣いていた。

叔父と千代ぱぱはお葬式の話をデイルームでしていた。

千代が苦しがると、レスキューといって、モルヒネの注射器の1メモリ点滴に注入される。

千代ままの礼服が実家にあった。送ってもらうように手配したが受け取りが困った。千代ままは千代に

「ねぇ、千代ちゃん、おかあちゃんお風呂に入りに行きたいけれどいいかな?待っててくれる?」

と言うと

「いいよ。待ってるから、行ってらっしゃい。」

とはっきり答えたので、タクシーで急いで家に向かった。お風呂にも入ったのだけど、荷物がこない。何度も物流センターに電話したのだけれど、繋がらない。

「やばいから、早くこいよ。」

と千代ぱぱから何度も電話がくるので、もう行っちゃおうかと思っていたら届いたので、服をハンガーにかけて、急いでタクシーをひろった。

病院に着いて室に入ると、真っ青な唇で、目の下が真っ黒になった千代が寝ていた。

「千代ちゃん、千代ちゃん。おかあちゃん戻ってきたよ。」

「いない間よくがんばったね。」

と、抱きしめた。千代は何も言わなかった。

そこへ、浅井先生がきて、

「最後の診察にきました。」

と言った。先生は脈をみて、それからペンライトで千代の目を両方てらした。そして静かに

「10時46分御臨終です。」

と言った。とうとう千代は遠くに行ってしまった。

「カテーテルとドレーンはすぐに抜きますから、あちらの部屋でお話があります。」

というと、手際良くカテーテルとドレーンを抜いた。

部屋では、

「治療に対して不満があり、解剖を希望するかどうか。」

などいくつか聞かれ死亡診断書が書かれた。

室に戻ると高寺先生もきていて、静かに泣いていた。病気に勝つことができなかった戦士に先生も残念でならないのだろうと、千代ままは思った。

看護師の古山さんがきて

「身体拭きします。着せ替えしたい服があったら用意してください。」

と言った。千代が退院の時着ようとしていた、リバティの服を用意して、

「お手伝いします。」

と体拭きを手伝った。最後の体拭きだった。顔もきれいに拭いてあげて、

「千代はお化粧は似合わなかったけどね。」

と言って朱色の口紅を塗ってあげた。服を着せるのは大変な作業で、林さんまで呼んで服を着せた。リバティの黄色の花模様の華やかなワンピースで千代に似合っていた。

 とにかく長く入院していたので荷物がたくさんあった。千代ままはワゴンを借りて荷物をのせた。千代はストレッチャーに乗せられて、業務エレベーターといって、千代ままは普段乗ることのないエレベーターに乗って地下まで行った。


エレベーターを降りると地下はもう葬式業者の世界だった。千代ままはワゴンを押して事務室に入り、千代は業者さんにお願いした。

 もう業者さんで知り合いもいないし、ここでお願いすることにした。すぐに斎場を押さえた。そうしないとすぐに埋まってしまうそうだ。桐ヶ谷斎場に決まった。そしてすぐにお葬式の予定が組まれた。

 千代の支度ができたと係員がきた。案内されたすごく寒い部屋にレースの布を顔にかけた千代がいた。レースを外して顔を見た。千代は眠っているようだ。そして初めてお線香をあげた。千代ままは改めて千代が亡くなったんだなと実感した。

「看護師のみなさんがお焼香したいといらしています。」

と言われ千代の横に立つと大勢の看護師さんがお焼香に来てくれていて、ひとりひとり、名前を刻みながら頭を下げた。


千代ままはトークバンクのママに電話をしていた。

「ママ、今いい?」

「千代ままちゃん、心配していたのよ。何しろこちらからは電話できないし…。千代ちゃん、どう?」

「ママ…。千代は今日10時46分に亡くなりました。千代最後まで頑張って闘ったけど駄目だった。」

「千代ちゃん…。」

2人で一頻り泣いたら、千代ままが

「ママ、月曜日きてくれる?ささやかだけどお葬式やります。」

と言った。ママは

「もちろん、行かせていただきます。お通夜は?」

と聞いた。

「お通夜はやらないで1日ですませることにしたの。うち、せまいし…。千代がとても帰りたがったおうちなんだけどね。」

「そうなのね…。」

「お葬式の場所と時間詳細は後でラインで送ります。お手間かけますがよろしくお願いします。」

「わかりました。ままちゃん、私にできることなら何でも言ってね。」

千代ままは、千代の友達にも連絡しないとならなかったが、何しろ誰と仲良かったのかわからない。名前も顔も知らない友達がお見舞いに来てることが多々あった。

愛という、高校の同級生の子に相談して何とか仲良しの友達に連絡した。

 千代ぱぱは千代の会社に連絡するのに忙しかった。葬式業者の担当者が千代の会社にいきなりファックスを送ったことに千代ぱぱはぶちキレ、担当を上司に変更させた。今度の担当者は、益田さんというとても良い人で融通がきく人だった。千代ぱぱは、今度はきちんと、千代の上司の亀山部長宛てにファックスを送り、なんとか連絡は済んだ。

 ワゴンの荷物を再度まとめて、ワゴンを部署に返して、タクシーに乗り込んだ。

タクシーの中で

「俺、駄目になりそうだ。」

とぽつりと千代ぱぱが呟いた。



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