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あなたの紡ぐ物語

作者: 秋山太郎

とある冬のお話。二人称小説です。

 私はあなたに語りかける事しか出来ません。

 人間の感情は、正の側面も負の側面も内包しています。だからあなたが私の話を聞き終えた時、あなたの抱いた思いの数だけ、あなたは世界に遍在しています。


 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しましょう。


 それは他者の思いを受け入れて、自分の思いを伝える事に似ています。呼吸をする事は、この世界の一部となって生きるという事です。故にあなたは実在していて、あなたは遍在しているのです。 

 そうして紡がれていく思いが、世界をゆっくりと満たしていくのです。




 人と距離を取らなくてはいけない時代になりました。世界中で、多くの人間が苦労を重ねています。

 顔も見えず、触れ合う事すらままならない生活は、一体いつまで続くのでしょうか。

 先の見えない世界はあなたの心に閉塞感を与え、沸きあがる焦燥感は、常にあなたを駆り立てるでしょう。あるいはそういった感情を受け入れる事が、生きるという事なのかもしれません。


 たゆたう私は、あなたに語りかけています。




 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しましょう。


 季節は冬ですから、取り込んだ空気は肺に突き刺さる程の冷たさだったはずです。あるいはもしかすると、あなたの口元を覆う無機質なマスクが、温度を奪い去ったのかもしれません。

 背筋が冷えるのを感じませんか。僅かな厚みしかない一枚の布ですら、世界中の笑顔を隠してしまえるのです。失われて初めて人の温もりに気付いた人もいるでしょう。


 消毒液が蒸発する度に熱を奪っていく様に、冬の寒さはあなたの手からますます温度を奪っていきます。

 あなたの吐き出した息が、暗闇の中にうっすらと白く糸を引きました。それは寒空の中、すっかりと溶けていきます。やがて隣人がその空気を吸い込んで、再び白いモヤを吐き出すのでしょう。


 そうして世界はどんどんと、何かで満たされていきます。あなたはそれが一体何だと思いますか。




 震える心を落ち着かせる様にして、あなたはまず自分に出来る事を考えてみました。


 僅かな変化さえも見逃さない様に、良く目を凝らす事は出来そうです。

 助けを求める声を聞き逃さない様に、良く耳を澄ます事も出来そうです。

 電子の海に、メッセージを飛ばしても良いかもしれません。


 直接触れ合えなくても良いのです。あなたの気持ちは、マスク越しでもはっきりと伝わるでしょう。ほっと吐き出された息には、確かに人の温もりが込められているはずです。

 学校で、職場で、夕飯の買い物で、周りをそっと見てみてみましょう。誰かと視線が重なる事がありませんか。その時にあなたの感じた事が、きっと今の世の中では一番大切な事なのです。


 そうして世界はどんどんと、何かで満たされていきます。あなたはそれが一体何だと思いますか。




 冬の寒さは、全ての輪郭を鮮明にします。色付いた耳も、吐き出した温もりも、身に着けた手袋やマフラーも、一瞬の静寂さえも、全てが際立って美しいはずです。


 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しましょう。


 胸一杯の空気は、とても冷たかったかもしれません。ですが、溶けていったあなたの思いは、きっと誰かに届いたはずです。そうしてあなたは、吐き出した思いの数だけ世界に遍在していくのです。


 胸を張って視線を上げましょう。今度はあなたが私になる番です。

 こうして物語は、連綿と紡がれていくのです。




あなたの感じた事を大切にして下さい。


どうか世界が優しさで包まれますように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コロナウイルスは世の中を一変させましたよね。マスク着用が半ば義務化されたり、ソーシャルディスタンスなど、挙げていけばそれこそキリがありません。 それ以上に、このウイルスのせいで我々人間の『…
[良い点] こんにちは。 >先の見えない世界はあなたの心に閉塞感を与え、沸きあがる焦燥感は、常にあなたを駆り立てるでしょう。 本当にそうですね。そういった感情が行き場のない怒りに繋がったりして、な…
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