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狂った女神が歌う世界で、僕は魔女に恋をした。  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)
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剣闘士 戦闘

 戦闘開始の合図と共に、会場は大歓声に包まれた。アランは刀の鞘を左手で掴み、右手で刀の柄を握った。そして、静かに呟いた。

月読流剣術つくよみりゅうけんじゅつ奥義おうぎぜつ

 そう言った瞬間、アランの姿が消えた。そして、クレスの背後に移動していた。観客の誰もがアランが何をしたのか分からなかった。だが、いつの間にか抜き放たれていた刀をアランは鞘に戻した。刀が鞘に収まり「キン」と闘技場に音が響いた次の瞬間勇者クレスの右肩から鮮血がふきだした。

 クレスは一見して重傷を受けているように見えた。観客は一気に静かになった。その静寂を破ったのはクレスだった。

「うぉ~~~~~~~~~~!」

 闘技場に響き渡る大絶叫それは『勇者咆哮』だった。闘気で全能力を向上させる奥義だった。クレスの体が赤い闘気に包まれる。その後で、クレスは『生命力ポーション』を取り出し、肩口に注いだ。ポーションの効果で傷口は塞がった。それを見た観客から歓声が上がる。

「さすがクレス!」「冷っとさせやがって!」「負けるかと思っただろ!」「いいぞ、反撃だ!やっちまえ!」

「おおっと、一瞬の出来事に解説を忘れていました。なんと開始直後アランの攻撃に……」

 実況しているアナウンサーが遅ればせながら何が起こったのかを観客たちに説明を始めた。

 歓声と実況を無視してアランは、手で印を結びクレスに対して『闇遁の術』を発動させた。黒い闇がクレスを覆うが、クレスはその闇を無視してアランに向かって進んだ。

「耐性のスキルを持っていたのか」

「君の師匠を知っていれば当然の対策だ」

 クレスは勝ち誇ったように言った。そして、スキル『威圧』を発動したが、アランは怯まなかった。

「君も対策済みだったか」

「当然だ」

 アランは静かに答えた。そして、『体力ポーション』を頭から被った。奥義の絶で失われた体力が回復する。『絶』は万全の体力で1回しか使用できない技だった。体力を回復しないまま2回目を撃てば動けなくなるほどの大技だった。だから、もう一度撃つために体力を回復した。そうしないと勝てない相手だと思った。

 そして、クレスはアランに物理攻撃を当てる事が出来ない事を理解していた。クレスはアランの師匠エルダーに物理攻撃を一度も当てる事が出来なかった。ゆえにアランにも物理攻撃は当てれないと確信していた。だから、クレスは魔法『裁きの雷』の詠唱を開始した。

 それを見たアランは、クレスの詠唱を止めるべくスキル『連撃』を発動させる。素早く二回攻撃したが、一回目の攻撃は鎧に阻まれた。二回目の攻撃は鎧を切り裂いたが、傷は浅く詠唱を中断させる事は出来なかった。

 クレスの魔法詠唱が終わり『裁きの雷』が発動する。クレスの左手から雷がほとばしり、アランを捉える。雷撃が命中し、アランは膝から崩れ落ちる。アランは、すかさず受けたダメージを回復するために、『生命力ポーション』を頭から被った。雷撃で負った火傷が回復する。

 ダメージは回復したが、持って来たポーションはこれで無くなった。次に雷撃を受ければ回復する手段が無かった。後、二回雷撃を受ければ負ける状況に追い込まれていた。

 クレスの『勇者咆哮』の効果が切れ、クレスの体を包んでいた闘気が消えた。底上げされた能力が元に戻った瞬間をアランは狙っていた。刀を鞘に納め居合抜きの構えをして呟いた。

月読流剣術つくよみりゅうけんじゅつ奥義おうぎ一閃いっせん

 それは、回避不能の神速の居合抜きだった。『絶』よりもダメージは劣るが消費する体力は抑えられる技だった。アランの一撃はクレスの体を鎧ごと切り裂いた。

 クレスは鮮血をほとばしらせ片膝をついたが、詠唱は中断させなかった。そして、反撃の『裁きの雷』がアランの身を焦がす。アランは雷撃を受けてよろめく。

「うぉ~~~~~~~~~~!」

 クレスは大絶叫し『勇者咆哮』を再度使用した。赤い闘気に身を包むと最後の『生命力ポーション』を使用した。

 それを見てアランは自分の負けを覚悟した。クレスは『生命力ポーション』と『魔力ポーション』を持ち込むのが常だった。ゆえに、クレスがダメージ回復の為に回復魔法の『ヒール』を使うと予想して、『一閃』でダメージを与え、残った体力で『絶』を放ち、止めをさすつもりだった。その予定が狂った。

 アランは刀を鞘に納め居合抜きの構えをして呟く。

「月読流剣術、奥義、一閃」

 アランの攻撃はクレスを捉えるが、思ったよりもダメージを与えられなかった。

「俺の勝ちだ!」

 そう宣言してクレスは『裁きの雷』の詠唱を開始した。アランも負けを覚悟した。『裁きの雷』の詠唱が完了すれば自分は負ける。だから、アランは最後の賭けに出た。どうせ負けるのなら残りの体力全てを使って『絶』を使う事を選択した。アランは刀を鞘に納め居合抜きの構えをして呟く。

「月読流剣術、奥義、絶」

 アランの姿は消え、クレスの後ろに刀を抜いた姿で現れた。そして、ゆっくりと刀を鞘に戻した。刀が鞘に収まり「キン」と闘技場に音が響いた次の瞬間勇者クレスは倒れた。

 そして、アランもその場に倒れた。

「おおっと!これは、どうした事か、両者ともにダウンした~~~~~~」

 アナウンサーが絶叫すると会場には歓声が響いた。

「立て!立ってくれクレス!」「嘘だろ?負けてねえよな?クレス」「いや~~~クレス様立ち上がって~~~」

 会場はクレスを応援する声で包まれていた。黒目黒髪の少女が目を見開いてアランを見つめていた。胸の前で祈るように組まれた両手は恐怖に震えていた。『立って』と言いたかった。だが、恐怖で声が喉から出て行かなかった。

 そんな彼女の横に黒装束の老人が座っていた。老人は少女に静かに語りかけた。

「大丈夫。ワシはあいつに全てを教えた。信じて下され」

 その言葉を聞いて少女は勇気が沸いた。

「立って、アラン!」

 アランは、体力を使い果たしていた。休まねば指一本動かせない状態だった。暫く、休んで立ち上がろうと思っていた。だが、聞こえてしまった。自分を応援する声を聞いてしまった。だから、アランは歯を食いしばって立ち上がった。

「うぉ~~~~~~壮絶な接戦を制したのは~~~~~~に~~~~~~んじゃ~~~~~ア~~~~~~ラ~~~ン!」

 立ち上がったアランを見て、少女は泣いていた。それは、うれし涙だった。彼は勝ったのだ。死ぬ運命を覆したのだ。もう、大丈夫だった。初戦に勝ち残れば帝国が彼の後見人となり、闘技場で死んでも復活させてもらえる。そういう約束だった。

 少女は、立ち上がって帰ろうとした。

「会って行かんのか?」

 老人がたずねると少女は答えた。

「また、彼が死ぬことになるかもしれない。だから、会わない。それで、彼が生きてくれるのなら、それだけでいい。もう、こんな思いはしたくない。三年間ずっと後悔していた。なぜ、直接声をかけてしまったのだろうと、どうして苗字まで名乗ってしまったのだろうって」

 そう言って、少女は泣いていた。

「そうか、分かった。これは年寄りの勘じゃが、お主の思いは、あやつに届く。今は、まだ届かぬだろうが、諦めなければいつかは届く」

「ありがとう。気休めでも嬉しいわ」

 そう言って、少女は微笑んだ。

「何を言う。年寄りの勘を馬鹿にしちゃいかん」

「そうね。アランの勝ちを当てたんだもの。信じるわ」

「その意気じゃ」

 少女は闘技場を後にした。


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