ヒロインの姉は、この世界が乙女ゲームだと知らない。
物心ついた時から、三城唯子は母親と妹がおかしいことに気づいていた。
母親は唯子に関心がなかった。母親にとっての大事で可愛い娘は妹である優月だけであった。
実父は、唯子に優しかった。
唯子は父親が好きだった。優しくて、唯子のことも、優月のことも可愛がってくれて、母親のことをたしなめてくれていた。
だけど、父親は唯子が十歳、妹が九歳の時に亡くなった。
その時の母親の表情を、母親が言った言葉を唯子はよく覚えている。そして、妹である優月の態度も。
――簡潔に言うならば、父親の死を心から悲しんでいたのは、唯子だけだった。
唯子の母親は唯子が十四歳の時に、三城財閥の当主と再婚した。何故だか、母親と妹は三城財閥の当主と結婚することが当たり前だという風な態度だった。そして唯子には義理の父親と義理の弟が出来た。
唯子の母親と妹の優月は、唯子の事をいないもののように扱っていた。唯子に対する関心も何もないようだった。しかし二人とも義父の前ではにこやかで、そういう態度を見せない。そういうところがしたたかで、同じ女性でありながら唯子は女は怖いなと思っていた。
唯子は母親と妹から関心を受けていなかったが、それは今まで生きてきて当たり前だったので特に悲しいと思うことはなかった。
子供の頃は母親に自分を見てもらいたいと頑張ったこともあったが、何をもってしても母親は唯子に期待しない。ただ母親は妹とだけ語り、妹が素敵な王子様と結婚するのを夢見ている。
母親からの関心はなかったが、義父は唯子のことも可愛がってくれた。忙しい人なので家にいることは少なかったが、唯子が習いたいと望んだ習いことを習わせてもらえたりした。折角習わせてもらっているのだから、と唯子は一生懸命習いことを頑張った。
そのおかげもあって、唯子は一般家庭の出とはいえ、舞踊やピアノ、お茶、弓道など様々なことを学ぶ事が出来た。……ちなみに優月も最初は一緒に学んでいたが、飽き性なのか、「私はそんなことしなくてもヒロインだからいいの」と謎の発言をして、すぐに習いことをやめていた。
「姉さん、ちょっとかくまって」
そして唯子が母親が再婚して良かったなと思ったもう一つの事は、自分を慕ってくれる可愛い弟が出来たことである。
三城蓮は唯子よりも一つ下、ようするに優月と同じ年である。
茶色がかった髪に、優しい瞳を持つ彼は優しい少年である。
唯子と蓮はすぐに仲良くなった。
唯子は妹があんな調子なので、純粋に姉として慕ってくれる弟が可愛かったし、
蓮は兄妹がいなかったので、新しく出来る姉に良く懐いた。
「また、お母さんと優月?」
「……ああ。いや、本当。家族になった人にこんなことを言うのはどうかと思うけど、学園の連中と同じ感じで肉食獣に見える。父さんの見る目はなかったんだなって。いや、まぁ、父さんが幸せそうだから直接はいいはしないけどさ」
はぁ、とため息交じりに言う蓮。
……何故だかは唯子にも蓮にも不明だが、唯子の母親と妹は蓮の事をロックオンしている。これが純粋に息子や兄弟として慕うのならば問題ない。しかし、どうやら母親は蓮を優月の相手としてみており、優月は蓮を恋の相手としてみているらしい。
血のつながりがないので問題はないかもしれないが、本人は新しい家族にそんな風に見てほしいわけではなく、蓮は逃げ回っていた。そうこうしているうちに唯子と仲良くなったのである。
ちなみに蓮は金持ちが多く通う三神学園の中等部に通っている。唯子と優月はまだ今まで通っていた中学校に通ったままだ。唯子は中途半端な時期に転校したくなかったのと友人たちと離れたくなかったからなのだが、優月にいたっては「シナリオ通りにしないとね」と謎の発言をしてそのまま残ることにしたらしい。
中学校でも優月は「私は三城財閥の~」と口にして目立っている。昔から自分は特別だと周りに言い張るような少女だったので、元々距離を置かれていたのに、益々距離を置かれるようになったらしい。
さて、唯子は「姉さんと同じ学園だと嬉しい。それにうちの学園だと将来的に役に立つよ」と弟に言われ、高校は三神学園に通うことを決めていた。もちろん、自分でも学園の事を調べていきたいと思ったからというのも理由である。
幸い、唯子の成績は中学校でもトップで、学力的にも問題はなかった。
しかし何故だか最初に反対したのは母親と妹だった。
「どうして貴方が三神学園に通う必要があるの? それじゃあ――」
と何故だか私が三神学園に通う事はありえないといった態度を示し、流石にその態度には義父も困惑していたものだ。
最終的に妹が「引き立て役にはぴったりだよ。お姉ちゃん可愛くないし」と耳打ちしたことで、唯子の母親は了承を示した。
何かを企んでいる様子の妹に唯子は困惑したものの、気にしないことにした。
そして唯子は名門学園――三神学園に通うことになった。
そこにいるのは生粋のお嬢様おぼっちゃまばかりで唯子は大分困惑した。それでも十四歳からの二年間で、礼儀作法も含めた様々な習い事をしたおかげで、唯子の所作は綺麗だった。
その習いごとの先生がこの学園につながりがあったというのも大きいだろう。唯子は「あの〇〇先生がほめていた」などということで、噂になった。加えて唯子は中等部からのエスカレートで進学してきた生徒たちを抜いて堂々の学年トップクラスの成績を保持していた。
確かに唯子の見た目は美しい母親や、美少女と言われる妹には劣る。とはいえ、見た目が悪いわけでもない。
所作が綺麗で、学園トップクラスの成績を収め、この学園に馴染もうとした唯子はすぐに学園に馴染む事が出来た。
もちろん、一般人であった唯子を気に食わないといったものがいなかったわけでもないが、仲間外れにしようとしても、何か陰口を言われても唯子は一切気にしなかった。これは母親と妹にいつも仲間外れにされていて耐性が出来ていたからともいえるだろう。
唯子の交友関係は狭く深くといった形に収まった。
本人は気づいていないがその堂々とした態度や、美しい所作に憧れているものもいるぐらいである。
「唯子さん、勉強を教えてくださらない?」
「唯子さん、是非うちの家にいらっしゃい。自慢のお友達だとご紹介するわ」
特に唯子が仲良くなった女子生徒は名だたる財閥の娘たちだった。
家へと連れて行かれた唯子は、何故だか分からないが友人たちの家族にも気に入られていた。
「唯子さん、優しくて、気遣いが出来てかっこいいんですもの」
とは、友人の言葉である。
唯子がこのように気遣いが出来ると称される理由の一つは、あの母親と妹が由来しているだろう。自分たちがやりたいように、自由気ままに生きている二人。
自分たちの望みが叶わないことなどありえないと言わんばかりに、いつも周りを見下している。母親にとって特別な存在は優月だけで、優月にとっても自分が誰よりも可愛くて特別だと思い込んでいる。
そんな二人の傍でずっと生きてきたのだ。
周りに対する気遣いなどもそういう二人を見ていたからこそである。
「三城」
「北御門先輩、どうなさいましたか?」
成績優秀で真面目な唯子は、一年の間に教師や生徒たちからの信頼も厚くなっていた。
そんな唯子に話しかけているのは、現在生徒会に所属している一つ上の先輩である。少しだけ俺様気質な北御門薫という青年は、唯子と顔見知りの仲である。
ちなみに女子生徒からの人気も高く、下手に近づくとファンの生徒たちから嫌がらせを受けたりすることもある。しかしこの一年で唯子はこの学園での信頼を勝ち取り、優秀な生徒であるからこそ教師からの信頼も厚い。そういうわけで北御門薫が唯子に話しかけても周りは特に何かしようとする気はない。
それに唯子の友人たちはこの学園の中でも力を持つため、手を出せないというのもある。実際問題、再婚相手の子供とはいえ、三城財閥の娘に手を出すのも得策ではない。
「来年、生徒会に入らないか?」
「私が、ですか?」
「ああ。三城は優秀だからな。俺も優秀な奴を遊ばせていくつもりはない。優秀だからこそ、その力を俺のために使え」
「その言い方をするということは、来年の生徒会長は北御門先輩になりそうなのですか?」
「ああ。そうだ。もう決まってる。信也の奴も一緒だぞ」
信也というのは、唯子と同学年の少年である。唯子といつもテストの成績の一位を争っている。
元々中等部の頃は木戸信也が一位を保持していた。しかし、唯子が入学したことで、最初のテストで唯子に一位を奪われていたのだ。そこからの付き合いであり唯子の友人の一人である。
唯子の成績はいつも一位か二位かのどちらかでしかない。追随を許さないのが、三城唯子と木戸信也であった。
北御門薫は木戸信也と昔からの仲らしく、仲が良いのだ。
「木戸君もですか。それは心強いですね。しかしとなると、女性は一人だけですか? 私一人だけだとあらぬ疑いを掛けられそうな気がしますが」
「それは安心していい。姫も一緒だ」
「姫先輩もですか……」
姫先輩というのは、浜乃姫華という唯子にとって先輩にあたる女性のことだ。
美しい女性で、唯子にもよく話しかけてくれる。ちなみに北御門薫の婚約者でもある。幼いころからの婚約者であるらしく、お金持ちは婚約者なんていて大変だなと唯子は思ったものだ。
唯子は生徒会に入ることを考える。
――三神学園の生徒会に入ることが出来れば、将来のためにもなるだろう。そしてお義父さんも褒めてくれるだろう。弟も凄いと言ってくれるかもしれない。
姫先輩や北御門先輩、木戸君たちがいるなら居心地も悪くないだろう。
そう考えた唯子は「わかりました。承ります」と答えるのだった。
礼をして去っていく唯子の後ろ姿を見ながら「よし、これで信也も喜ぶな」と北御門薫が面白そうに笑っていたことを唯子は知らない。
唯子は友人に恵まれ穏やかに、充実した日々を過ごしていた。
――まさか二年生になった時、入学してきた妹が唯子の想像以上に大暴走を始めるとは知らないままに、唯子は充実した日々を送るのであった。
「あー。もう何でお姉ちゃんが生徒会なんて入っているの!! モブなのに!!」
「大丈夫よ。優月。唯子は可愛くないもの。ほら、頭だけは良いから役に立つと思われてるのよ。小間使いよ小間使い。貴方がヒロインなんだから上手く唯子を使うのよ。そして攻略対象たちと仲良くなるのよ。幸せなヒロインになることを、優月は神様に約束されているのだから!!」
――三城唯子は知らない。
まさか、妹と母親に前世の記憶というものがあって、この世界がその前世に存在していた乙女ゲームの世界に酷似しているなどとは思いもしていない。
そして妹の三城優月がそのゲームにおいてのヒロインであるなんて、知る由もないである。
――ヒロインの姉は、この世界が乙女ゲームだと知らない。
(ヒロインの姉。そんな立場であるなんて思いもせずに、三城唯子は自由に生きている)
三城唯子
前世の記憶を持つ母親と妹と共に過ごしてきた。
モブだからと放置されてきたので、自由に生きている。
自分の家族は実父、義父、義弟だと思っている。母親と妹は唯子を家族とみなしているか怪しいため。
三城財閥の娘になってからもおごることなく、自分を磨きに勤しんでいる。
学ぶことが好きで、勉強も好き。
地味な見た目の眼鏡女子。ただ所作は綺麗だし、テキパキしているので憧れられている。本人は気づいていない。
我儘な母親と妹に囲まれて育ったため、気遣い上手。面倒見もいいので、学園でも慕われている。
この度生徒会の一員になった。
三城優月
唯子の妹。生まれた時から前世の記憶があり、母親にも前世の記憶があると知って意気投合。
二人して夢見ている。シナリオ通りに進めようとしていたが、唯子のような地味な姉が同じ学園に居た方が引き立て役になるのではと思って入学を許す(そもそも決定権は優月と母親にはないので、許されなくても唯子は三神学園に通っただろうが)
見た目は母親に似てかわいらしい見た目で美少女。ただし自分はヒロインと思い込んでいて、夢見がちで自分勝手なので、周りから敬遠されていた。飽きっぽくて努力とか苦手。
「私はヒロインだから幸せになれるの!!」と思ってる。実父が亡くなった時もシナリオだからとしか思ってない
母親
唯子と優月の母親。優月が生まれて此処が乙女ゲームの世界だと知る。
いずれ三城財閥夫人になれると夢見て、唯子たちの実父に冷たくなっていた。なくなっても特に悲しんでない。これで幸せになれると喜んでいた。
シナリオ通りに三城財閥の当主と再婚。美しい息子も出来て幸せ。まさかその息子にひかれているとは思っていない頭がお花畑。唯子の事は見た目も普通だし、モブとしか思ってないので放置気味。
三城蓮
唯子の義弟。優月と同じ年。
母親を幼いころに亡くしたので母親に憧れてたがきた母親があれだった。優月と共に追い回してくるから怖がってる。父親は見る目がないと思っている。
唯子は家族として接してくるので、家族になって数年ですっかり唯子に対してシスコン気味である。三神学園に姉がいることは嬉しいが、男が近づいているのが心配である。優月の事はどうでもいいと思っている。向こうも家族扱いしてこないため。
攻略対象の一人である。乙女ゲームのシナリオでは、父親が仕事で中々帰って来ない寂しさを新しい家族が癒してくれて、心優しいヒロインに惚れるという設定。結構チョロいのでプレイヤーにはチョロイン扱いされてた。攻略対象なのに。
北御門薫
唯子の先輩。生徒会長になる。
攻略対象の一人で、俺様気質。偉そうな人だけど、仕事は出来るのでそのあたりを唯子は尊敬している。
乙女ゲームのシナリオでは面白い反応を示したヒロインに興味を抱き、少女漫画でよく見る「面白い女」という発言をする。婚約者がいるが、ヒロインと恋仲になったりする。
浜乃姫華
薫の幼馴染で婚約者。キリッとした目の美人。
唯子の先輩で唯子のことも可愛がっている。
乙女ゲームのシナリオでは嫉妬に狂って色々暴走する人。
木戸信也
唯子の同級生。唯子の友人の一人で、よく唯子に話しかけている。
唯子と学年イチイを競い合っている。眼鏡をかけた優等生。薫とは昔からの仲で仲が良い。
唯子と一緒に生徒会に入る。
攻略対象の一人。乙女ゲームのシナリオでは図書館で勉強をしていて出会う。笑顔が素敵なヒロインに惹かれる。
自分のやりたいように生きて、乙女ゲームの登場人物たちと仲良くなって、乙女ゲームの舞台で人気者になっているけど、乙女ゲームの世界だと全く知らない主人公です。
思いついたので短編で書いてみました。