第一章 第一話 始まりの鼓動
「う〜ん、君が……神様なのかな?」
四方全てをを闇で覆われている中で、ただ一人輝いている少女が刀夜の顔を不思議がるように覗き込みながら言った。
歳は大体刀夜と同じくらい。ふんわりとした芳香を奏でる金色の長髪、透き通るようで珠のような肌、パッチリと開き吸い込まれてしまいそうなほど綺麗で純粋な対の瞳が刀夜を捉えている。
そのどれもが特徴的だが、極めつけはその体が纏っている優しい雰囲気である。一発で好感を持てた。
しかし、可愛いとしか言いようが無い程精巧に作り出されたその顔に直視され、刀夜は恥ずかしくなって座りながら顔だけを背けてしまう。
「むぅぅ、人の話を無視したらいけないんだよ」
そういってまた刀夜の視界に入ってくる彼女は、心なしか少し楽しそうに見えた。
それに釣られるように警戒していた刀夜の表情は徐々に緩みだす。そして答えた。
「俺は雷銅刀夜。残念ながら神様なんて大層なもんじゃない唯の人間だ」
「えっ? 神様じゃないの?」
すると驚いたように少女は改めて尋ねた。
神様? 新手のゲームの話だろうか? それとも女子高生の流行ってる言葉か? そんなことを思いつつ、刀夜は言う。
「大体神様って何だ? 新しいギャル語か? もしそうだとしたら意味を教えて欲しい」
「? 言ってることが半分分からないんだけど、神様って言うのは――ほら、信仰の対象とかになったりするあの神様のことだよ」
可愛らしく首を傾げつつも、少女はそう返す。
髪がさらさらと左右に靡き、その度に刀夜はどぎまぎしてしまう。様になっているというか、絵になっているというか……とにかく綺麗なのだ。
刀夜はふむ、と一つ呟くと少女に尋ねる。
「俺が神様に見えるか?」
「さあ? 私にはわかんないや」
即答された。
裏を返せば見えないと言っているような物である。別段ショックだったというわけではないが。
何で俺がここにいるのか。ここはどこなのか。様々な疑念が頭を飛び交うが、今はそれを後回しにする。
「じゃあ何で俺が神様かもしれないって思ったんだ? 俺は自分から神様だなんて言った事は一度もないし、かといって君は俺が神様に見えるかどうかなんて分からないという。これじゃあちょっとおかしくないか?」
刀夜は左手で頭をぽりぽりと掻きながら、一息で質問する。
それに対して少女は軽く困ったような微笑を浮かべ、懐から一冊の本を取り出した。
「なんだ、それ?」
「この本はね。代々零夜国の王に受け継がれてきた本なんだよ。当主にしか閲覧することを禁じられていて、その中に今日ここに神様がいるっていうことが記されて君がいたから、君が神様かな〜って」
「ふ〜ん……それで?」
「それでって?」
「唯本に書いてあったから俺が神様だって思い込んでるわけじゃないんだろ? ほら本当のことを言ってくれないと俺困るんだけど……」
「そんなこと言っても、この本に書いてあったことは事実間違ったことは無いから、君が神様かなって思っただけなんだけど」
「……そうか」
話が平行線になりつつあったので、刀夜は自分が一歩下がり少女の言い分を正した。
少女は何故か自慢げにしている。なんでだろう? そう思ったが気のせいかもしれないので次の質問に移ることにした。
「さて次は――」
「ちょっと待って!」
少女が話を遮り身を乗り出してくる。
唯でさえ近いこの距離でぐいっと近づかれたので当然二人の距離は肌と肌が触れ合う程度まで縮まり、ついには少女の吐息すら聞こえる距離までに達した。
「――!」と声にならない叫びを上げて体だけでも後ろに反らそうとして距離を保とうとしたのだが、それを追尾するように彼女の顔は近づいてきた。
「ど、どうしたんだ?」
「うぅぅ〜」
目じりを潤わせながら上目遣いで刀夜を見る。何かしら思うことがあるようだが、刀夜は密着状態に耐えられずに今にも頭が沸騰しそうな状態に陥っていた。
「な、な、な、な、なっ!?」
「……もういい」
一体何なんだ。と刀夜一人疑問に思いながら、ちょっと拗ねた感じでと少女は腰を上げて離れた。
心臓が今までに覚えが無いくらいに大きな鼓動を繰り返していた刀夜は、ここぞとばかりに気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をする。
再びお互いの視線が交差し、先ほどの出来事が無かったように少女が口を開く。
「それで結局君――刀夜は何者なの? 神様がいるっていう場所に寝ていたけど神様じゃない、普通の一般人なんでしょ?」
「いきなり呼び捨てかよ、まぁいいけど。こっちだって聞きたいことは山ほどあるんだけど……主にここはどこなのかとか。君は誰なのとか」
「え? 私まだ刀夜に名前教えてなかったっけ? それなら教えてあげる」
まるで自慢するように手を腰にあて「ふふん」と優越感に浸った後
「私の名前は零夜 光。零夜国王族の血筋を受け継いでいる、正真正銘の王女様なのだ〜!」
「な、なんだって〜!?」
ババンと効果音が付きそうなほど自慢げにしていたので、取り敢えず刀夜はお約束を口にした。完全に棒読み口調だったが。
しかしそれでも少女――光は満足したらしく、うんうんと微笑を浮かべて頷いていた。
少しからかってみようかと思ったのだが、まさか喜ばれるとは思っても見なかった。
どうやら相当な世間知らずのようである。それになにやら変な単語がバンバン出てくるし……。
そこまで冷静に状況判断をした後、刀夜はある考えに至った。
まさかこの光とかいう少女……精神病でも患っているんだろうか? もしくはどこかの神を狂ったほど信仰している団体の娘とか……いや、その両方とも違うか。彼女の場合は受け答えもきちんと出来ているし、俺を神だと思ったのから推測すると既存していた神を信仰していたわけではないはずだ。とすれば――零夜国だっけ? 彼女が使用している言語は日本語、とすればここは日本のはずだ。それなのに零夜国。認識の誤りがあるのか、それとも本当にそんな国が存在するのか。……今の段階では分からない事だらけだ。何故ベッドで寝ていた俺がここにいるのか事態が謎に包まれているし。仕方が無い、最初のうちはこいつ――光に大人しく従ってみるか。
「ふむ、なら俺神ってことでいいか」
「ふぇ?」
唐突な展開についていけなかったのか、光は奇声を漏らす。
「だ・か・ら、俺は神様ってことでいいぞ」
「どういうこと?」
何がなんだか分からない。そんな風な顔をして、光は刀夜に答えを求めた。
「お前が――」
「光って呼んで」
「分かった。光が持っている本を仮に未来のことが寸分たがわずに書いてある夢のような、御伽噺に出てくるような本だとして――」
「仮にじゃないもん!」
「分かった分かった。それじゃ仮にその本が未来を記してあるとしてだ」
「うぅぅ〜」
光が漏らす可愛らしいうめき声を無理矢理無視して、刀夜は更に言葉を紡ぐ
「俺は自分で自覚はしていないがもしかしたら神様なのかもしれない。だってそうだろ? その本に書いてあるお告げは一度も外れたことが無いんだからさ」
「でもそれはさっき自分で否定しなかった?」
「ふっ、過去を振り返ってばかりじゃ前に進めないんだぞ」
ノリで言ってみたがキモかったので、光の反応はどうかと覗って見たら
「おぉぉ〜」
なんか知らないが、感嘆の溜息をついていた真っ最中だった。
何か期待した目で刀夜の体を眺め、そして一つ頷く。そしてそれが満面の笑みに変わる。
「それじゃ、帰ろっか!」
「ちょっ! おっ、おい!」
光の笑顔にボーっと見惚れていたのだが、急に手を握られて引っ張られた。
そのままだと少しばかり痛かったので立ち上がり、闇の中を導かれるようにして光と共に駆け出す。
これからどうなってしまうのか。それとも夢なのか。それはまだ分からないが、確かに、ゆっくりと、雷銅刀夜の物語は始動した。
感想をいただけると、次話を書く速度も上がるので、出来れば書いていただけるとありがたいです。