中はダメって言ったのに……
昼過ぎまで熟睡していた俺は空腹感に目をさました。金曜日なら、この時間帯は父も母も仕事で、遊も学校だ。家には俺以外誰もいない。
当然ながら、黙っていても昼飯が出てくるわけではないが、実際のところ、それに限りなく近い恵まれた境遇である。母は大抵、夕食を多目に作って昼にも食べられるようにしてくれているのだ。俺の自主性に任せると、レトルトやスナック菓子だけの偏った食生活になって体を壊すかも知れないという親心だ。有り難いが、過保護以外のなにものでもない。至れり尽くせりの今の状況に、却って病んでしまう俺だった。
冷凍のご飯と夕べの残りの茄子の味噌炒めをレンジで温め、貪る。甘みのきいた味噌と生姜の風味が空腹に心地よい。
程よく腹の張った俺は、食器を流しに置いた。洗うくらいはしてもばちはあたらないと思うのだが、何だか母に媚びているような気がしてできない。心の中で母に感謝と謝罪を述べながら、俺は部屋に戻った。
パソコンをスリープから復帰させて、ルナファンを立ち上げる。ログインすると、やはりというか、コランドがインしていた。ユエもインしているが、恐らくは放置露店だろう。
『こんにちわー』
入るとすぐ、コランドが挨拶してくる。
『こんにちは。ひょっとして、全く落ちてないの?』
『いえ、少しは仮眠をとりましたよ』
コランドの言葉が本当だとすれば、やはりリアル同業者(引き籠り)の可能性が濃厚なのではないか。俺はコランドを鬱陶しいと思う反面、同志を見つけたことにちょっとした安堵を感じてもいた。だがそれでも、ユエの目があるため、カミングアウトは禁物だ。俺は自分から会話を振るのを避けた。
『ナナミンも早いですね。今日はもうフリーなんですか?』
言葉の選び方から、コランドが気を使ってくれていることがわかる。
『ええ、まぁ。コランドは、内職は終わったの?』
『なんとか、タワー・オブ・デス 攻略を8割方は賄えそうなくらいには』
『確か、タワー・オブ・デスは中断と続行ができるのよね?』
『はい。15階毎に中断の機会がありますね。同一パーティーで、3日以内なら再開できます』
『つまり、補給中断しても、土日のうちにもう一度チャンスがあるわけか』
『そういうことですね。薔薇雄や弓子が僕たちみたいに暇かはわからないですけど』
コランドも、俺を同類だと思っているようだ。俺はそこには敢えて触れず、話題の転換を試みた。
『内職が終わったなら、またウォーミングアップにでもいきましょうか。昨日みたいに、また魔王に会えるかも知れないし』
まだ平日の昼間である。魔王に出会える可能性は高い。
『いいですね。どこにいきましょうか』
『カミラ=ミラカはどう? 一度戦ってみたかったのよね』
吸血姫カミラ=ミラカは、魔法しか使わない魔王である。当然、ソードダンス・カウンターでは狩れないが、コランドの退魔結界なら問題なく狩れる筈だ。
『いいですね。取り巻きのデュラハンはナナミンに任せておけばいいですし、二人でもなんとかなりそうです』
さすがはコランド。魔王の予備知識はばっちりのようだ。
『そういうこと。じゃあ、姫の居城、ブラン城の前で集合ということで』
俺は、装備を調え、ナナミンに意識を集中した。
***
おどろおどろしい城門の前で待つことしばし、コランドは相変わらずのほほんとした感じで現れた。
「お待たせしました」
「大して待っていないわ。お互い、装備を替える必要があったものね」
「ですね。その羽衣も似合っていますよ」
そう、私は昨日のゴスロリファッションから一転、吸血姫の魔法攻撃に備えて魔法防御重視の装備を着用しているのだ。聖女の羽衣という安直な名前ながら、魔法防御は折り紙つきだ。
「そういうコランドも、今日は聖服じゃないのね」
一方、コランドは盗賊のような黒装束だ。なかなか凛々しいが、コランドには聖服の方が似合っていると思う。
「ええ。退魔結界の威力を重視するとこうなってしまうんです」
「ひょっとして、SOE?」
「当たりです」
SOE、つまり、スタッフオブエクソシズムは、その名のとおり、退魔に特化した杖だと聞く。威力が魔力に依存しない退魔結界の威力を劇的に向上させる、退魔師垂涎の激レア装備だったはずだ。恐らく普段は詠唱特化の杖を使っているため、SOE 使用で落ちた詠唱速度を、器用さをアップさせる黒装束で補っているのだろう。
「すごいわね。お金積んで買えるものじゃないでしょ?」
SOE は聖なる魔王、アンバサの杖だったはずだ。魔王を倒しても、十回に一度手に入ればいいという程度のレアな装備で、出回ってる数も相当少ないだろう。
「そりゃ、狩りに費やす時間が半端じゃないですからね。アンバサも、杖を落とすまで狩りましたから。それは、ナナミンだって同じでしょ?」
「まぁね。確かに、欲しい衣装は意地でも揃えてるわね。武器にはそんなにこだわってないけど」
私は汎用の、そして愛用のフランベルジュ一本しか武器を持っていないのだ。
「そういえば、普通のフランベルジュですよね、それ。ナナミンほどのソードフェアリーにしては珍しいのでは?」
「ソードダンス・カウンター使いだからね。自分の攻撃力なんてたかが知れてるし」
そう、相手の攻撃をそのまま利用するソードダンス・カウンターの性質上、武器の性能はそれほど重要ではないのだ。
「でしょうね。でも、だからこそ、単純に攻撃力の強いクレイモアなんかの方が使い勝手はいいと思うんですけど」
「初心者だったころにたまたま出会った剣士に貰ったのよ。それ以来、何となく手離せなくて愛用してるの」
「ああ、そういうのってありますよね。僕も、始めてすぐの頃親切な方に貰ったスライム人形を常に持ち歩いています。その人には売って装備の足しにしてって言われたんですけど」
「スライム人形……好き者ね」
「え、あ、そういうつもりは……」
コランドが狼狽える。この世界のスライムは不定形半透明ゲル状の物質を身にまとった半裸の幼女の姿なのだ。そんなものを常に持ち歩いていてはロリコンの謗りは免れない。
「まぁ、でも、そういう初心者のときならでわの人の暖かさって良いわよね。レベルが上がってくると、段々荒んでくるから」
少し馴れ合いが過ぎた気がして、私は自分が荒んでいることをアピールするように、足を早めた。
ブラン城は、地下一階、地上三階の四層構造で、姫は三階に現れる。私達は真っ直ぐ三階を目指した。私達以外の冒険者の姿は少なく、僅かな冒険者も、城に巣くう比較的低レベルのコウモリ女を狩りに来ている者ばかりのようだ。コウモリ女の出ない三階に至っては、見える範囲に他の冒険者はいなかった。
「ライバルはいなさそうね」
「ええ。既に狩られてしまった後かも知れませんが……」
三階には、頭部の無い美少女騎士、デュラハンが徘徊している。頭部がないのになぜ美少女だと分かるのかと言えば、オーバーキルやクリティカルキルで鎧を砕くと、中からちゃんと頭もある美少女が出てくるからだ。私達は、遭遇するデュラハンを駆除しつつ、慎重に姫の姿を探した。
「いないわね……姫出現の兆候って、何かあったっけ?」
「確か、デュラハンの数が増えるはずです」
「大して湧いてないわよね? いないのかな……」
言いながら大部屋に入った、その時だった。私は思わず叫んでしまった。
「な、中はダメ!!」
「え? そんな今さら……」
「たくさん出てるの!」
そう、大部屋には大量のデュラハンがところ狭しと蠢いていたのだ。
「手遅れでしたね……」
コランドも既に部屋の中に足を踏み入れている。私達に反応して、デュラハンたちは一斉に襲いかかってきた。
「ソードダンス・カウンター!」
無謀と知りつつも、私はデュラハンを迎え撃った。何もせず立ち尽くしていては、なぶり殺されるだけだ。しかし、デュラハンの攻撃は秒速四閃で、数も十匹以上いる。コランドの聖域結界を貰うとしても耐えられる筈がない。飛ぶか? 私が躊躇った間に、コランドは私よりも前に出た。デュラハンの多くが私ではなくコランドに襲いかかる。
「聖域結界!」
コランドがお馴染みの聖域結界を私と自分自身が入るように張る。ダメージを分け合うことで私の負担を減らしてくれるつもりなのだろうが、明らかにコランドの方が敵を抱えすぎだ。聖域結界があるとは言え、あっという間に削り殺されるんじゃ……。
「 絶対領域!」
美しい聖域を一瞬で展開したコランドは、自分のために立て続けに防護結界を張った。そうか、その手が! コランドは物理攻撃を一定回数無効化する防護結界、絶対領域を使えたのか。私と一緒にいるときにこの術を使っていなかったのは、絶対領域で無効化された攻撃はカウンターで返せなくなるためだろう。私がカウンターで自分に向かってきたデュラハンを倒す間、コランドは聖域結界と絶対領域をうまく張り替えてデュラハンたちの猛攻を凌ぎ続けた。
「まったく、可愛いげがないわね!」
私は危なげなく敵の猛攻を凌ぐコランドから、聖域結界込みで抱えることのできる五匹を引き受け、殲滅した。敵の数が減りはじめてからはあっという間だった。私は着実に敵を屠り、すぐにコランドが防護結界を張る必要もなくなった。
「これで半分ってとこですね」
コランドの言うとおり、大部屋の奥にはまだ先ほどと同じくらいの数のデュラハンがいる。
「そうね。あれだけ密集してると少量ずつ釣るのは難しいけど、結界は持つ?」
聖域結界にせよ、絶対領域にせよ、消耗品である魔法陣を使うのだ。既にかなりの量を消費しているはずだ。
「ええ、多分大丈夫です。ただ、今夜のタワー・オブ・デス攻略に少し支障がでるかも知れませんが……」
「そか。どうする? 引き返す?」
「いえ、折角ですし進みましょう。ここにこれだけ湧いているということは、姫も何処かに出ているかも知れませんし」
確かに、この湧きよう、姫顕現の兆候である可能性もある。
「わかったわ。慎重に進みましょう」
言って私はほんの少しずつデュラハンに近づいた。1、2匹敵を釣るつもりだったのだが……。
「え? なんで!?」
またしても十匹以上のデュラハンがこちらに向かってきたのだ。先ほどとは違い、こんなにゆっくりと進んだのに……。
「ナナミン、姫です!」
コランドに言われて気付いた。デュラハンの陰に微かに姫の姿が見える。大量にいたデュラハンの一部は、姫の従者だったのだ!
「ソードダンス・カウンター!」
止むを得ず、私は接敵し、リズムを計ってカウンターを取り始める。コランドも前に出て敵を抱え、結界を張り巡らす。先ほどと同じパターンだが……。
「ブラッディーストーム!!」
姫の魔法攻撃だ。深紅の竜巻が私とコランドを抉る。強大な魔力で放たれる魔法は想像以上に高威力だった。聖女の羽衣程度では耐えられない。ソードダンス・カウンターで抑えきれないデュラハンの攻撃と姫の魔法攻撃で、このままでは、私の体力が持たない。デュラハンを一匹屠るのに数秒、十数秒耐えるだけで格段に楽になるはずなのに……。
「魔力障壁!」
コランドが私に見たことのない結界を張る。抗魔の結界なのだろう、私が姫の魔法から受けるダメージが目に見えて減る。コランドは自分には魔力障壁を張っていない。おそらく、絶対領域と併用はできないのだろう。
魔力障壁のおかげで、ぎりぎりながらも私の体力は持った。自分に標的を合わせていたデュラハンの全てを斬り伏せることに成功する。すぐさま私は、コランドを殴っているデュラハンの殲滅に取りかかった。
着実に敵の数を減らしていくと、ようやく吸血姫カミラ=ミラカの姿が見えた。黒髪赤瞳、病的なまでに白い素肌の上に、表地が黒、裏地が赤のマントだけを羽織った、妖艶な美少女だ。
「ようやく姫のお目見えね」
こちらを嘲るような、誘惑するような瞳と、唇の端から伸びる八重歯、そして、マントから覗く小ぶりな下乳に、私は見惚れてしまっていた。
「ナナミン、姫を裁きます。フォローを!」
そんな私に、コランドから指示が飛ぶ。
「わ、わかった!」
私は慌てて、残りのデュラハンを引き受けた。こいつらが姫の取り巻きだろう。数はそれほど多くないが、倒しても倒しても、姫の呼びだしに応じて何度でも現れる。私がデュラハンをすべて抱えたため、コランドは自分にも、絶対領域ではなく魔力障壁を張った。
「退魔結界!」
輝く十字の棺が姫を焼く。苦悶に満ちた声で喘ぎながらも、姫も魔法の詠唱を止めない。
「ブラッディー・コベナント!」
姫の放つ深紅の血飛沫がコランドと私を襲う。コランドと姫の激しい魔法戦を後目に、私は適当にデュラハンをあしらいながら観戦モードだ。SOEを用いた退魔結界の威力はすさまじく、光と闇の魔法合戦は明らかにコランド優位に進んで行く。しかし……。
「おのれ……赦さぬ!」
姫が憤怒に入り、状況が一変した。
「く、硬い……」
コランドが呻いた。SOEを使った退魔結界でも、思ったほどにダメージが出なくなったのだ。憤怒状態で魔力が強大化したのだろう、同時に魔法防御力も強大になり、退魔結界の威力が減じられているのだ。しかも、それだけではなかった。当然のことながら、姫の魔法からコランドと私が受けるダメージも格段に上がっているのだ。そのダメージはコランドの聖域結界の回復力を遥かに上回っている。このまま魔法の打ち合いを続ければ、先に力尽きるのはコランド、或いは私だろう。
「絶対領域!」
そんなじり貧の状況で、何を血迷ったのかコランドは私に、魔力障壁ではなく絶対領域を張った。魔力障壁込みでも痛い姫の魔法攻撃が、更に痛くなる。当然、デュラハンの攻撃が無効化され、ソードダンス・カウンターも発動しない。一体何を……。
「ナナミン、踊って!」
そうか! 私はようやく、コランドの言わんとするところを理解した。確かに、物理攻撃をしてこない姫相手にはカウンターは意味をなさない。しかし、退魔結界で大したダメージが与えられない以上、姫にはコランド、デュラハンは私という役割分担にこだわる必要はないのだ。魔力・魔法防御力に優れた姫も、それ故に大した物理防御力を有していない。ソードダンス・カウンターは効かなくとも、私にはもう一つ、とっておきの物理攻撃がある!
「レッツ・ダンシング!」
カウンターの合間に踊るのではなく、次々にステップだけを刻む。これなら、あっという間に踊り終わるのだが、私は少し考えて9番目のステップで一旦間を置いた。
「魔力障壁!」
コランドが絶対領域の切れ目に魔力障壁を張ってくれる。よかった。コランドは、しっかりと私の意図を汲んでくれたようだ。
「アルティメット・ダンス!」
コランドだけでなく、デュラハンたちも私の踊りに魅了される。つまり、暫くの間はデュラハンの攻撃を気にする必要はないのだ。それなら、絶対領域ではなく魔力障壁で姫の魔法を防ぐ方が安全である。
「ワールドエンド・ソードダンス!」
コランドとの絶妙なコンビネーションに酔いながら、私は舞った。繰り出す剣閃に、姫が艶めかしい悲鳴を上げる。しかしまだ終わっていない。
「アンコール!」
魅了から回復したコランドが、3種の結界を張りかえながら叫ぶ。当然、こっちもそのつもりだ。私は再びステップを刻んでいく。
「アルティメット・ダンス! これで終わりよ! ワールドエンド・ソードダンス!」
再度の舞いで、吸血姫カミラ=ミラカは、マントまで切り刻まれて完全に沈黙した。
***
『お疲れ様!』
『お疲れ様です』
俺とコランドは互いに労い合った。
『それにしても、結界四種類も覚えているのね。驚いたわ』
『えぇ。その分バフ系とか他のスキルは切ってしまってるんですけどね』
そう言えば、コランドからバフ系、即ち能力アップ系の支援を受けたことはない。彼が司祭イコール支援職という常識から外れた異端な存在であるのは確かだ。恐らくは、本来パーティーで狩ることは想定しておらず、ソロでの狩りのみを念頭においているのだろう。それがパーティーでもなんとかなっているのは、彼のプレーヤースキルのなせる技だと思われる。
『偏ってるわね(笑)』
無論、褒め言葉だ。
『ええ、ナナミンと同じくらいには(笑)』
コランドにしても同じだろう。少数派同士の馴れ合いだが、不思議と心地いい。
『でもごめんね、魔法陣沢山使わせちゃったわね』
『いえ、すごく楽しかったですし気にしないでください。カミラ=ミラカなんて一人では狩れないですし、ナナミン以外とでは二人で狩るのも難しいでしょう』
くそう、本当にいい奴である。
『でも、これでコランドと狩った魔王は3匹か。なかなか凄いわね』
『ええ。今日の息のあった動きといい、ほんとに相性ばっちりですね♪』
俺もそう思うのだが、それだけに、コランドが男であることがつくづく悔やまれる。
『さて、どうしよう。まだどこか行く?』
『えっと、すみませんが、念のため今夜に備えて内職します』
魔法陣を補充するらしい。なかなかタフな奴だ。俺は一狩り終えて少し疲れているというのに。
『そか。じゃあ、私は一休みしようかな』
魔王を倒した充実感で、俺はおなかいっぱいな感じである。勝利の余韻に浸りながら軽く仮眠を取るのもいいだろう。
『では、また夜に!』
『ええ、楽しみにしているわ。お疲れ様』
ログオフして、俺は再び布団に入った。