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夜這いと説教

ふぅ、久々の人付き合いはしんどい。どうしてたかがゲームでこんなに人に気を使わなければならないのだろう。やはり、何か理由を見つけてギルドを抜ける方法を考えるべきかも知れない。


 それにしても、落ちたはいいものの、落ちても特にすることがない。昼間たっぷりと寝ているから、大して眠くもない。


 最近はルナファン以外に何もしておらず、また、ルナファン以外に特にしたいこともない。とりあえず、眠くなるまでネットサーフィンで時間を潰そうと思うが、俺はその前に何か食料を調達しに行くことにした。


 軽く仕切りカーテンを開け、遊の「部屋」に入る。当たり前だが、遊は寝ているようだ。穏やかな寝息を立てている。ったく、寝てるときは可愛い……危ない、そんなことを考えると風呂場でのことを思い出して変な気分になりそうだ。俺は邪念を追い払うように頭を振って遊のベッドを通り過ぎようとした。


「ぅん……」


 遊の寝言らしきものに思わずぎくっとしてしまう。ふと遊を見ると、布団を蹴飛ばし、パジャマの上着はめくれ上がってへそが見えるという、ひどい寝姿だ。初夏とは言え、まだ夜は肌寒い。風邪を引くのも可哀そうだろうと、俺は遊に布団をかけてやろうとした。すると……。


「ぁぅ、お兄……」


 いきなり遊に呼ばれ、やましいことをしているわけでもないのに、俺は心臓が止まるかと思うくらい驚いてしまった。恐る恐る遊を見る。しかし、遊が起きている気配はない。なんだ、寝言かよ。驚かせやがって。さっさと布団をかけて部屋を出ようと、俺は素早く布団の端を遊の肩の辺りまで持っていった。その時……。


「くまぁ!」


 そう言って、遊が俺の首に腕を絡めて抱きついてきた。急に首にぶら下がられ、俺は遊の上に覆いかぶさるように倒れてしまった。それでもなんとか、遊に体重をかけないように、ベッドに腕をつくことに成功した。や、やばかった。体重をかけていたら大惨事のところだ。今、遊が起きたら、夜這いしたとか言われかねない。


 しかしまだ油断はできない。遊はまだ俺に抱きついたままなのだ。無理に遊の腕をほどけば起きるかも知れない。

 いっそ、遊の横に寝転がれれば楽なのだが、今の姿勢はキツすぎる。どうするか? 一番最悪なのは、起きた遊に、俺が何かいたずらをしていたのではないかとの疑念を持たれることだ。遊が自発的に俺に抱きついている今のこの姿勢のまま起こすことができれば、いくら不条理な遊と言えど、どちらが被害者か分かってもらえると思うのだが……悩んだ結果、俺はこちらから起こして、事情を説明することにした。


「こら、遊、抱きつくな。起きろ!」


 俺は何度か遊に声をかけたが、遊が起きる気配はない。俺は強行策にでることにした。


「おい、遊、起きろって!」


 大きめの声で遊を呼びながら胸を触ってやったのだ。さすがにこれならすぐに起きるだろうと思ったのだが、遊はぴくりとも動かない。やむなく、俺は胸をもみ続けた。遊の微乳の感触は、厚手のパジャマ越しでは正直よくわからない。柔らかい気もするが、他の場所の柔らかさと極端に変わるわけでもなく、確信はもてなかった。無反応な妹相手にこの行為はかなり虚しい。それでも少し続けていると、パジャマの上からでもわかるしこりを見つけた。


(こ、これはもしや!)


 テンションの上がった俺は、そこを中心に攻めていく。むにむにした感触が実に興味深い。趣旨を忘れそうになるが、別にいたずらをしているわけではなく、遊を起こそうとしているだけだ。うん、俺は悪くない。暫く続けていると、ようやく遊が目を開いた。


「ふぇ、お兄??」


 寝惚け眼で、状況はよく飲み込めていないらしい。残念ながら、その手のまんがやゲームのように、感じたりもしていないようだ。


「やっと起きたか。いきなり抱き付いてくるなよ。お前は欲求不満の痴女か?」


「え? え?」


 当然、遊が目を開けた段階で胸を触るのはやめている。何を言われているのかを必死で理解しようとしているのだろう、しばらく周りをきょろきょろした遊は、自分が、俺の首に腕を回して抱きついているのに気付いたようだ。遊がぴくぴくと震えだした。怒っているのかも知れないが、この状況では俺を責めるわけにもいくまい。


「やっと気付いたか。いきなり抱きつかれて迷惑してるんだ。離してくれ」


 俺の情理を尽くした説明に納得した様子もなく、遊は無言で膝を蹴りあげた。俺の下腹部に遊の膝がめり込む。


「お、お前、何を……」


 痛すぎて声にならない。俺は無様にも床をのたうち回った。


「死ね、けだもの!」


「何でだよ、お前が抱きついて……」


「アンタがわざわざベッドで寝るあたしに近づいて来ない限り、あんな体勢になるわけがないでしょ!」


 我が妹ながら鋭い指摘だ。俺は有効な反論もできずに黙って転がりまわっていたが、幸い、遊は起き上がって追い打ちをかけては来なかった。俺はなんとか痛みをこらえながら、転げ出るように部屋から逃げ出した。


***


 部屋の外で再び遊が寝付くころ合いを見計らって部屋に戻った俺は、当初の予定通りネットサーフィンで時間をつぶした。辺りが明るくなりはじめ、暫くすると仕切りカーテンの開く音がした。振りかえると、遊と目が合った。遊は、俺を睨みつけると、何も言わずに仕切りカーテンを閉め、勢いよくドアを開けて部屋から出て行った。その後、部屋の外から叫ぶような遊の声が聞こえてきた。


「もうホントに嫌だ。お兄キモい。一緒の部屋はいや!!」


 父と母に訴えているのだろう。昨夜胸を揉まれたとか夜這いをかけられたとか、あることないこと吹聴されやしないかと冷や汗が出たが、幸い、遊はキモいを連発するだけで具体的な話は出てこなかった。


「航、ちょっといいか?」


 しばらくして、珍しく父が俺の部屋に入ってきた。


「なんだよ、遊の肩ばっか持つのかよ」


「まあそう言うな。遊もお前と同じで思春期なんだろ。大目に見てやれ」


「俺は思春期なんかじゃ……」


 否定しかけて、俺は否定できる根拠を何一つ持っていないことに気付いた。親の言うことも聞かず、引き籠ってゲームばかりしている今の状況は、確かに思春期と言われても無理はないのかも知れない。


「誰しも、思春期には自分は特別なんだと思っている。父や兄といった、身近な異性へ嫌悪感も覚えたりするのも、その裏返しだろう」


「別に、遊は父さんを嫌ったりはしてないだろ」


「ありがたいことに、優しい息子が娘の嫌悪感を一手に引き受けてくれているからな」


 父は苦笑した。


「それに俺だって別に、自分が特別だと思っているわけじゃない。ただ、面倒なんだ。学校に行って、くだらない友達付き合いしたり、勉強したりすることが」


「まあ、確かに、特別の程度も、意味も、人それぞれだろうな……少なくともお前は、学校で学ぶことや、友達づき合いが無意味だと思っている時点で、自分を特別扱いしているんだと思うんだが。周りの人間がバカに見えるんだろ?」


「そ、それは……」


 そんな風に具体的に考えたことはなかったが、自分の気持ちを突き詰めていけば、確かに父の言葉に近い感情がないわけでもない。


「だが、残念なことに、自分を特別だと思っている人間が、本当に特別な人間である可能性はかなり低いだろう。だから、大抵の人間はある程度成長した段階で気付くんだ。自分はあまり特別ではない、と」


「父さんも?」


 父は、どう考えても平凡なサラリーマンだ。温厚で優しい父だが、息子の目から見て、特別と言えるような要素は見当たらない。


「ああ。俺がそれに気付いたのは、今の会社に就職したときだったな。それまでは、自分は特別だから普通のサラリーマンになんてならないだろうと思っていた。だが、働かないと食べてはいけないのだということを身をもって実感し始めた時、嫌がおうにも思い知らされたんだ。今の自分にできる、糧を得られる行動は、普通の会社勤めしかない、ってな」


「……」


 何も言えない俺に、父は続けた。


「結局、何もしなくても飯を食える立場にいる間は、現実を直視することから逃げられる、そういうことなんだと思う。だからお前も、俺が養ってやれる間は好きなように夢を見ればいい。お前にはまだ、本当に特別かも知れないという可能性もあるしな。ただ、本当に特別な人間は、おそらく、現実を直視しても特別なはずだ。夢を見るにしても、現実逃避にだけはなるなよ、というのが、年老いた父からの忠告だ」


「別に、俺がどうしようと勝手だろ。父さんが養ってくれなくたって、いざとなればフリーターとして食いつなぐなり、『なまぽ』貰うなりして生きていくくらいはできるさ」


「フリーターとか生活保護受給者とか、そんなものになりたいのか? それが今の生活の果てにあるお前の『夢』か?」


 この時初めて、父の顔が曇った。悲しそうな顔だった。


「そりゃ、俺だって……本当は、悪の魔王をやっつけて可愛い女の子を助けるような、ゲームの中の勇者みたいな人生を送りたいさ! でも、それこそ荒唐無稽な、現実逃避の夢だろ!?」


 そんな父の顔に、俺は思わず、本音に近い部分をぶちまけていた。高校生にもなってそんな馬鹿げた妄想を持っている息子を見て、更に悲しい顔をされるかと思ったのだが、父は少し微笑んでいた。


「確かに荒唐無稽だが、それでも俺はお前に、フリーターよりは勇者を目指してもらいたいよ。夢を追うための準備期間としてならフリーターも悪くない。ゲームの中の勇者だって、最初から魔王を倒せるわけじゃないしな。努力して力や知恵を磨いて、幾多の困難を乗り越えて女の子に至るわけだ。現実世界だって、そう異なるものじゃない」


 思い出した。すっかり忘れていたが、俺は、小学生くらいまではよく父と一緒にゲームをしていたのだ。父もRPGは好きだったはずだ。


「だから学校に行け、ってか? なんだかんだ言ったって、俺に学校に行って欲しいだけなんだろ」


「学校にいくばかりが知恵を身につける方法じゃないだろ。学校に行かなくても天才ハッカーな子供もいるわけだしな。自分に向いていると思う方法で知恵と力を磨いてくれればいいさ。残念ながら、お前が勇者になれるほど特別である可能性はそう高くはないだろうから、いつかは勇者になることを諦める日が来るかも知れないが、それでも勇者を目指す過程で磨いた知恵と力は、無駄になったりはしないはずだ」


 多分に説教臭いが、正論だろう。こういう真面目な話をされると、正直反応に困る。俯いて口を噤んだ俺に、父が続ける。


「正直、お前が学校に行くか行かないかはどちらでもいいと思ってるよ。ただ、もったいないとは思うが」

「もったいない? 学校なんて、ただのモラトリアムだろ」


「確かに、モラトリアムの意味合いが強いな。だが、今だけだぞ。自分と同じレベル帯の女の子が豊富にいて、しかも純粋に恋愛を楽しめる環境は」


「な、何の話だよ!?」


「学生でなくなれば、出会いの機会なんてそんなにないってことさ。その上、金だの地位だの無粋な価値基準が女性の中に芽生えてくる」


 おどけたように、父が言う。


「ふざけるなよ! ほっといてくれ!」


 俺はかっとなって父を怒鳴り付け、父を部屋から追い出した。いつになく真面目な話で父のことを少し見直しかけたのに、結論が女の子が沢山いるから学校へ行けだとは、俺のことを馬鹿にし過ぎているにもほどがある。大体、女の子が沢山いるだけできゃっきゃうふふの楽しい学生生活を送れているなら、そもそも引き籠ったりはしていないだろう。


 やりきれない、不快な気分のまま、俺は布団に入って目を閉じた。


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