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風呂場にはクマはいなかった。

「まずいな、非常にまずい……」


 取りあえずログアウトした俺は思わず口に出して呻いていた。


「人のいるところで独り言、キモいよ」


 相変わらず、遊が冷たい目で睨んでくる。


「気にするな。妹は人じゃない」


「意味わかんないんだけど」


「人のいるところでスカート脱ぐ奴よりはまし、と言った方がよかったか?」


「むかっ、お兄が覗いたんでしょ!」


「覗くも何も、わざわざ寝ている俺の頭のそばでスカートを脱ぐあたり、見られたい願望があったんじゃないのか?」


 さっきは寝惚けていたから気づかなかったが、今思えば、いくら同室とはいえある程度の広さがあるのだから、俺の近くで着替えるのは異常だ。まさか本当に見せるつもりだったのだろうか?


「も、妄想も、そこまでいくと笑えないわ! パパに言いつけるわよ!?」


「いいぞ、別に俺は寝ている頭のすぐ近くでストリップを始められて、色気のない汚い熊パンツを見せられた被害者だからな。父さんにも事実を話すだけだ」


「な、汚くなんてないもん! 毎日洗ってるし! しかも、おめでたいわね。キモヲタヒッキーの残念な息子と可愛い娘、パパがどっちを信じるかもわからないの?  お兄が私の下着みて真っ赤になって欲情してたなんて知ったら、お兄なんて死刑確定だよ!」


 父は確かに遊に甘いが、世間的に見れば俺にも十分以上に甘いだろう。残念な息子というのは、否定しようもない事実だが。


「誰が欲情した? 単に見馴れてないからお前のはしたない格好が恥ずかしかっただけだ! お前も、俺を誘惑したいならあんな餓鬼っぽい熊パンツじゃなくて、ローラ・ラランくらいはけ!」


「うわ、女物の下着ブランド知ってるとかドン引きだわ」


 遊がわざとらしく後退りする。


「知ってるだけなら別に構わんだろ。コレクションしたり自分ではいたりするのは多少問題かも知れんが」


 それすら、下着泥棒ではなく自分で購入して、他人に迷惑をかけないのであればさして問題ないと個人的には思うのだが。


「そこまでし始めたら兄妹の縁切るわ」


「兄妹の縁なんて切ってどうするんだ? お前まじで俺と恋愛関係になりたいのか!?」


「ば、ば、バカじゃないの!? どうすればそんなキモい発想になるのよ! 残念過ぎる兄が恥ずかしいからに決まってるでしょ! 同じ血が流れてるとか他人に知られたくないだけよ!」


 何やら遊は本気で怒っているようだ。失礼な奴だ。


「他人の目なんぞ、俺は気にしないぞ。大体、家から出なければ目を合わすこともないからな」


「お兄が良くても、家族は恥ずかしいんだからね。パパやママのことも少しは考えてよ」


 遊の口調はきつかったが、声は寧ろ冷めていた。肩をすくめた俺に諦めたような溜め息を残して、遊は部屋から出ていった。


 俺はベッドに大の字になった。引きこもってるくらいでなぜ妹にあんなことを言われなくてはならないのか。確かに父母には多少迷惑をかけているかも知れないが、それでも全国で数万人いるヒキオタニートの一人というだけの話だ。珍しくともなんともない。


 ただ、確かにこれからどうするかをそろそろ決めなければならないだろう。高校を放校になれば家からも追い出すと言われている。居座ることが絶対に無理とは思わないが、居づらくなることは確かだろう。俺にしても、好き勝手できなくなるくらいなら家を出たい。もちろん、バイト経験も貯金もなく、ゲームやマンガアニメ、PC等多少のオタク知識以外には、さしたる専門知識もスキルも持ち合わせていない俺が一人で生きていくなど、不可能にも程があるのはわかっているのだが……。


 当たり前かも知れないが、何の名案も思い付かない。俺は取り敢えず風呂に入って気分を変えることにした。


***


 基本的に、今の俺の生活は不規則である。昼夜はほぼ逆転しているし、風呂も入ったり入らなかったり、早朝にシャワーで済ませたりと様々だ。だから、こうしてたまに常識的な時間に風呂に入ろうとすると、風呂場で遊と鉢合わせになることも……ありそうなものだが実はほとんどない。別に覗こうとしたことがあるわけではないのだが、密かに警戒されているのではないか、と思うほど遭遇しないのだ。


 今日も洗面所に行くとそこに遊の姿はなく、風呂上がりの父がいた。


「珍しいな。こんなまともな時間に風呂か」


 そもそも父がこの時間に家にいる方が珍しいのだが、俺は、まぁ、とだけ答えて父をかわし、さっさと服を脱いで洗濯かごに入れた。


「こんな乱れた生活をしているのに、別に太ったりはしていないんだな」


 父は何とか俺とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのだろうが、俺にはそれが煩わしい。俺は再び、まぁ、とだけ答えて風呂場に入った。


 シャワーで熱めの湯を浴びながら、俺は自己嫌悪を感じていた。こうして父を避けなければならないのは、父のせいではなく、自分のせいだろう。それは、自分が今の生活を心の中で恥じていることの裏返しだ。遊にどれだけ偉そうなことを言っても、結局俺は残念な奴なのだ。


 もやもやした気分のまま適当に体を洗って、俺は湯船に入った。こうしてなんの気がねもなく勿体無いくらいにシャワーの湯を浴びて、清潔な湯船の中で体を伸ばすというごく当たり前のことも、自分一人で生きるなら実現はかなり困難かも知れない。そんな風に考えてまた気分が落ち込む。なんとか現状を打破しなければと思うのに、どうしていいかもよくわからない。ネトゲの世界では勇者でも、リアルではキモオタヒッキーな俺は、生存戦略をどう考えるべきなのだろうか……いくら考えても、親に寄生しない限り生存不能という至極当たり前な結論に至るだけたった。


 湯船に浸かりながらぼーっと鬱な気分に耽ることしばし、ふと気が付くと、視界に何やら見慣れたものがあった。白く、もちもちとした細長い二本の棒のようなものだ。しかしそこには、さっきまでいた熊の姿はない。


「熊じゃ、ない……?」


 俺は思わず呟いてしまった。


「きゃ、きゃあ!? お、お兄!?」


 なんだ、熊じゃなくて遊か……遊!?


「うぉっ!? お、お前何で裸でこんなとこに突っ立ってるんだよ!?」


「こっちのセリフよ! なんでこんな時間にお風呂に入ってるのよ!? ヒキオタニートの分際で生意気な……」


「意味がわからん。にしてもお前、まだ毛が……」


「ばか、見るな!見るな! 早く出てけ!出てけってば!」


 俺の冷静な指摘に、言いながら半狂乱で遊が俺の頭を湯船に押さえつける。苦しい上に、これでは出ていくこともできない。


「やめろ、まぢで死ぬ!」


 俺は必死で抵抗して、遊を押しのけようとした。遊もむきになって押し返してくる。そして……


「きゃっ!?」


 脚を滑らせた遊が俺に抱き付くような格好で湯船に落ちた。眼前には遊の顔。こんなに近くで遊の顔を見るのは何年ぶりだろうか? 一緒にお風呂に入っているこの状況も、それこそ小学校以来だ。


「お兄……」


 遊が潤んだ瞳で俺を見つめる。


「遊……」


「何どさくさに紛れて抱き付いてるのよ! 早く出て行け!」


 至近距離から頭突きを喰らった。激しい痛みに不条理を感じながらも、俺は風呂場から撤退した。


***


 うーむ、あれが女性のあそこか。十年以上前には一緒に風呂に入っていたのだから、生でみたのも初めてではないはずだが、なかなか衝撃的だった。今日日、無修正のavなどネットでいくらでも見られるわけだが、ああいうプロに近い大人の女性のあそこが、俺にはどうしてもグロテスクに見えて仕方がない。その点、遊のそれは何と言うか、自分の理想である2.5次元のそれ、もっと言えば、俺の思い描くナナミンのそれに近い気がした。


 しかし、妹の裸を見て眼福だったかもと思ってしまう自分が自分でも気持ち悪く、情けない。風呂に入ってリラックスするつもりが、余計に病んでしまったようだ。


 部屋に戻った俺は、すぐに部屋の仕切りカーテンを閉めた。ただそれだけで俺の「部屋」が完成する。二人の部屋の入り口側が遊の「部屋」で、奥が俺の「部屋」だ。普段は面倒だから、自分ではカーテンを閉めず、遊が寝るときに閉めるのを待つのだが、さすがに今はきまずい。夜、風呂に入った後なら俺の方にある共用のクローゼットを遊が使うこともない。遊が落ち着くまで無視を決め込むのがいいだろう。


 俺は再度ルナファンにログインした。


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