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最強ボス、討伐!

「お兄、ごはんだよ」


 遊の声で俺は現実に引き戻された。


「わかったよ」


『ご飯落ちしますね』


 俺は素早くキーボードを打ち込む。ソロ生活に慣れきっているため、ギルメンが口々に、『おつー』、だの、『いてらー』だの発言しているのが何となく新鮮だ。


「胡蝶の夢だの偉そうなこと言っても、ごはんはこっちで食べるんだね」


 丁度狩りが一区切りついていたこともあるが、自分にしては珍しく、呼ばれてすぐにログアウトしたというのに、遊がちくりと嫌味を言ってくる。遊にしては、少し奇をてらった嫌味だ。ひょっとしたら、胡蝶の夢の意味がわからずわざわざ調べたから使いたかったのかもしれない。だが、こういうひねったセリフには寧ろ単純な返しが効果的だ。


「ゲームの中で飯が喰えるわけがないだろう。お前、頭大丈夫か?」


 案の定、遊は真っ赤になった。間抜けな発言を指摘された恥ずかしさ半分、怒り半分といったところか。


「な、何よ、いつもバカ言ってるお兄に言われたくないわ!きもおたなんて死んじゃえ!」


「ふげっ!?」


 遊が思いきり俺を蹴飛ばす。くまさんを惜しげもなく晒す見事な上段回し蹴りだ。俺は蹴られた側頭部をさすりながら、部屋を出て行った遊を追った。


 ダイニングには当然ながら母と、いつ帰ってきたのか父の姿がある。珍しく、定時で仕事が終わったのだろう。

 父も母も、引きこもっている俺に怒ったりはしない。そんなことをしても無駄だと理解しているのだろう。


「自分の人生なんだから自分の好きなように生きればいい。但し、養ってやるのは学生の間だけだ。学生でなくなったら自立してくれ」


 父は、俺が学校に行かなくなってすぐに、俺にそう言っただけだ。父の言い分は理解できる。逆に言えば、学生でいる間は、大学まででも大学院まででも面倒をみてやる、ということだ。恵まれている、と言うべきだろう。だから俺も、少なくとも高校を放校処分になる前に引きこもりをやめるなり、働き口を見つけるなりしなければならないと考えている。考えているんだが……今さら学校に戻る気にもなれず、一人で生きようにも生活保護を貰うくらいしか方法が思い付かないのが現状だ。もっとも、なまぽにしたって、ネットで話題になっているから簡単に貰えるような気がしているが、貰い方を具体的に知っているわけでもなく、ガキの浅知恵に過ぎないだろう。


「いただきます」


 皆が口々にそう言った後は言葉少なに食事が進む。時々、遊がバカなことを言って父と母を笑わせるくらいだ。いたたまれない。


「ごちそうさま」


 俺はろくに味わいもせずに食事を掻き込み、そそくさと逃げ出すように席を立った。


「航!」


 父が俺を呼び止めた。面倒くさい説教が来る……そう思って、俺は捕まらないように歩きながら返事をした。


「なに?」


「ゲームをするのは構わないが、女言葉で独り言をいうのは止めた方がいいと思うぞ」


 気付いていなかったが、どうやら、ハイになったときに無意識のうちに独り言が声にでているようだ。部屋の外に漏れていたのだろうか? 気を付けなくては、確かに我ながらかなり痛い奴だ。


「……ご忠告、痛み入る」


 何とかそれだけ言い残して、俺は自室へと戻った。


***


『ただー』


 自室に戻った俺は早速ルナファンにログインした。時間は7時過ぎ。集合時間にも十分間に合っている。


『おかー』


 コランド、薔薇雄、ユエの三人が口々に返してくれる。


『はじめまして、ナナミンさん。魔弓の弓子です』


 これが、ちゃんと学校に行って、部活までしているリア充の弓子ちゃんか。


『はじめまして、剣妖のナナミンです』


 こちらも無難に返す。


『ハジメマシテ暗変ノバラオデス』


 ダークストーカーは、暗闇を歩く者で暗歩と略されることがあるが、ダストやゴミの方が一般的だ。暗変という略し方は初めて見たが……


『暗い(ダーク)変質者(ストーカー)、確かに薔薇雄にぴったりですわね』


 なるほど、そういう意味か。確かにぴったりだ。


『ホメルナヨ』


『誰も誉めてへんわ!』


 弓子が突っ込む。仲が良さそうだ。新参の俺には少々居心地が悪い。


『まぁ、みんな揃ったところで、そろそろ行きますか』


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、コランドが仕切る。


『そうですね、さっさと狩ってしまいましょう』


 俺は一も二もなく同意した。


『レジェンド・オブ・デス の出現は確認してるのよね?』


 弓子が尋ねる。


『ええ、20分前には湧いてました。それからマップの入り口で待機していますが、討伐隊は来ていませんね』


 コランドが答える。ちゃんと見張りまでしてくれているとは感心だ。


 魔王(ボスキャラ)は数時間おきにしか現れない上に、強力なレアアイテムを落とす可能性があるため、通常は幾つかのパーティーで取り合いになる。しかし、レジェンド・オブ・デスほど強大な魔王になると、人数が揃わない等の理由で放置されることも多いのだろう。


『じゃあ、直接、嘆きの森に向かえばいいですわね』


『ええ、そうしてください」


「ラジャ、ムカウヨ』


『うし、いくわよー!』


『ちょっと、みんな準備できてるの? 何か特殊な準備とか作戦とかいらないの?』


 即現地集合という流れに、俺は少し焦った。レジェンド・オブ・デス 狩りなどしたことがないのだ。実際に狩る前に作戦会議くらいはあると思っていたのだ。しまった、攻略サイトで予習すべきだったか。


『さっきと同じですよ。貴女にできることをしてくれればそれでいいです』


『そうそう、こんなネタキャラパーティーで最強ボスを狩ろうと言うんだから、各自が思う存分暴れたらいいんだよ!』


『サクセンタテタッテスグニワスレテボウソウスルシナ』


『それは薔薇雄だけですわ!』


『まぁ、そういうことです。強いていうなら、命は大事にお願いします』


『わかったわ』


 みんなで好き勝手暴れる、それはとても素敵なことに思えた。俺も、簡単に消耗品を整え、レジェンド・オブ・デス の棲む嘆きの森へと向かった。


***


 嘆きの森の入り口で合流した私たちは、コランドの案内に従って森を進んだ。

森には、魔王顕現の影響だろう、常にも増して怪物たちがひしめきあっている。


「がんがんいくわよー!」


 怪物が視界に入ると、弓子はせっせと罠を仕掛け始めた。


「わ、罠なの?」


 私は信じられなくて聞いてしまった。


「別に不思議はないでしょ?」


 魔弓は魔術師と狩人に共通する上位職だから、確かに罠も使えるはずだけど、普通は魔力を込めた超威力の遠距離射撃を得意とする職業だ。瞬間最大火力は全職中でも屈指なものの、大量の矢と魔力を消費するため持続力に欠けるのが特徴、というのが一般的な解説なんだけど……


「まさか、魔弓なのに罠師?」


「もちろん! 弓なんて持ったこともないわ!」


 弓子が誇らしげに言う。


「じゃあ、なんで弓子なのよ!?」


 このギルドにいる以上、普通の魔弓とは思っていなかったが、それでも名前からして、弓は普通に使うと思っていたのだ。


「ああ、名前が弓子なのは、魔弓的な意味ではなくて、中島的な意味でだから」


「フルッ、モマエイクツダヨ」


 私にはその言葉の意味がわからなかったが、薔薇雄にはわかったようだ。


「ともかく、必殺の罠は張ったから、敵を釣って来てよ、コランド」


「はいはい、分かりましたよ」


 コランドが敵に近付き、上手く罠へと誘導する。


「どっかーん!!」


 弓子が爆発音を自分で口にした瞬間、罠が大爆発を起こし、敵を粉微塵にした。


「ど、ど派手ね」


 当然だが、普通の魔弓とパーティーを組んだことすらないのだから、魔弓のマジックトラップなど見るのは初めてだ。爆発音といい、爆発の煌めきといい、かなり爽快だ。弓子がこの型を目指した理由がわかる。


「へ、もえたろ?」


 確かに凄い威力だが、弓よりも更に燃費は悪いだろう。もちろん、それを指摘するような野暮なことはしない。そう、私たちは所詮、同類なのだ。


「ほらさくさく進みますわよ!」


 見せ場がないからか、ユエが急かす。私たちは、再び前進を始めた。

 適当に敵を駆除しつつ進むことしばし、私たちは、大量の手下を従えたレジェンド・オブ・デス の姿を捉えた。


「うぉー、レジェンド・オブ・デス様!」


 弓子が興奮気味に叫ぶ。


「間近で見ると迫力ですね」


 私もコランドと同意見だった。全身を、青を基調とした完全鎧(フルプレート)に包み、長大な黒い剣を構えるその姿は、最強魔王の貫禄たっぷりである。しかも、その周りには、実に12人もの騎士を従えている。まさに魔の軍勢といった感じだ。


「アノ剣フトクテナガクテカタソウダネ」


「貫かれたいんでしょ?」


「ウン、トッテモ」


「あ、あなたたち、下品ですわよ!」


 薔薇雄と弓子の下ネタをユエがたしなめる。


「ごめんねぇ、お子さまには刺激が強かったわねぇ」


 弓子がユエを冷やかす。


「貴女方のように安売りしていないだけですわ」


「まぁまぁ、二人ともその辺で」


「そうね。じゃれ合いは、奴を屠ってからにして」


 コランドの言葉を継いで、私も戦闘に入ることを促した。


「了解! 派手に決めるわよー」


 弓子が張り切って罠を仕掛け始めた。


「じゃあ、釣ってくるわ」


 罠の設置が終わりそうな頃合いを見計らって、私はレジェンド・オブ・デス に向かって歩を進めた。レジェンド・オブ・デス とその手下達を罠まで誘導し、私自身が罠の上に立ってレジェンド・オブ・デス 達を迎え討つ。一歩間違えば袋叩きにあって瞬殺されかねないが、そこはもうこの仮初めの仲間たちを信じるしかない。望むらくは弓子の罠で、手下が一掃されることだが……そうはならなかった。そもそも、手下は襲ってこなかったのだ。


「おほほほっ! わたくしの前にひざまづきなさい!」


 ユエが高笑いをしている。これは、商人スキル、賄賂地獄(ブライブストリーム)!?  一匹あたり1000(1k)ユエで敵を数秒間行動不能にするスキルだ。1kと言えば中級の回復薬を1本買える金額だから、金銭消費が激しすぎる上に、敵の攻撃を先送りにするだけで敵を倒せるわけではないため、死にスキル或いはネタスキルの代表として扱われている。


 当然、魔王には効かないが、取り巻きには効くらしい。しかし、雑魚とは 言え、取り巻き達も高レベルである。ブライブストリームの効果は敵とのレベル差で決まるはずだから、ユエのレベルがカンストしているとは言え、効果時間はかなり短いはずだ。しかも、一匹ではなく12匹である。秒単位で12kずつ消費するなど、魔王討伐までに一体何百万ばらまくことになるか想像もつかなかった。しかし、それだけの資金をユエは有しているということだし、これこそがユエのパーティーでの存在意義なのだろう。


 ユエのおかげで、私を追って罠までついてきたのはレジェンド・オブ・デス 一人だった。


「爆ぜちゃえ!」


 弓子の掛け声と同時に罠が爆発し、レジェンド・オブ・デス にすくなからぬ打撃を与える。


「ソード・ダンス・カウンター!」


 私はレジェンド・オブ・デス を迎え討ったが、焦りがあったのだろう、最初の数発、立て続けにカウンターを失敗してしまった。


「聖域結界!」


 すぐさまコランドが回復してくれる。私はなんとか落ち着きを取り戻し、レジェンド・オブ・デス の攻撃リズムを掴んだ。一旦リズムを取りさえすれば、後はこちらのものだ。私はレジェンド・オブ・デス の物理攻撃をほぼ完璧に返し始めた。レジェンド・オブ・デス の物理攻撃はレディF と同じく秒間8発。ことごとく攻撃を返せば、レジェンド・オブ・デス とは言え相当痛手のはずだ。


「マヂカヨ、スゲー」


 今のところ、特に何もしていない薔薇雄が感嘆を口にする。誉めて貰って恐縮だが、私自身は余裕というわけではない。リズミカルに、且つ予想外の時空の狂い(ラグ)にも対応するように秒間8回スキルを放つのだ、相当な集中力がいる。 しかも、どんなに完璧に動こうとも、レジェンド・オブ・デス は凶悪なスキルと魔法を連発するためソード・ダンス・カウンターで全てを弾くことは不可能なのだ。 集中力が切れれば、おそらくあっという間に私は刻み殺され、コランドでもフォローはできないだろう。


 それでも、ユエのおかげで雑魚の攻撃がないため、カウンターを決めている限り被弾は相当少ない。このまま順調にいくなら、コランドは余裕でフォローしてくれるに違いない。


「憤怒に入ったわよ。気を付けて!」


 弓子が注意を促す。早くも魔王か本気になったのだ。確かに、ここからはレジェンド・オブ・デス の攻撃も格段に強くなる。身体を完全に覆っていた鎧を脱ぎ捨て、露出度も格段にアップだ。ちなみに、鎧を脱いでも、身に纏ったオーラのお陰か、防御力は落ちないらしい。


「魔力崩壊!」


 本気になったレジェンド・オブ・デス がスキルを放つ。出た、後衛殺しだ!


 通常の攻撃魔法は、それを受ける者の魔力が高ければ高いほど威力を殺がれる。すなわち、高魔力を誇る後衛の魔術師系や司祭系の職業にとって、魔法はそれほど脅威ではないのだ。しかし、この魔力崩壊は別である。相手の魔力が高ければ高いほど、威力を増すのだ。そのため、魔力が高く、体力が低めの魔術師系司祭系にとっては、一撃必殺に近い攻撃なのだ。


 私は思わずコランドに目をやった。コランドは瀕死の重症を……負ってはいなかった。それどころか、ほとんどダメージを受けていないように見える。


「嘘、何で平気なの!?」


 私は思わず驚きの声をあげてしまった。魔力は司祭系にとって最重要の素養(ステータス)である。しかし、レジェンド・オブ・デス の放つ魔力崩壊を受けてこの軽症で済んでいることからすれば、可能性は一つだろう。


「ああ、僕は魔力切りの司祭ですから」


 コランドはあっさりと答えた。成長要素から魔力を切り捨てた司祭……信じられないが、思い当たる節もある。確かに初めて会った時にかけてもらった回復魔法の威力は、かなり低かった。わざと威力を落としたのかとも思ったが、今思えば、基本的に温厚善人っぽい彼が、そんな嫌味なことはしないだろう。


 つまりコランドは、魔力を切って、威力が魔力に左右されない結界系の魔法を中心に習得した、異質な司祭だということだ。恐らくは、魔力の代わりに生命力を高めるなどして生存率を上げているのだろう。そんな彼であれば、確かに魔力崩壊も痛くないし、レジェンド・オブ・デス 相手に最後衛も不要だ。


 お陰で私の心には、かなりの余裕が生まれていた。現状、戦局は想像していた以上に有利だ。ユエが無尽蔵の金をばらまいて手下を押さえ、私がレジェンド・オブ・デス と真っ向から斬り結ぶ。弓子がド派手な罠で着実にレジェンド・オブ・デス の体力を削る。

 そして薔薇雄は目立った活躍こそないが、バックスタッブしてショボいダメージを叩き出している……ショボい!? バクスタは単発高ダメージスキルの典型なのに!


「ちょ、薔薇雄、なんでバクスタでそんなに威力低いのよ!?」


 私は段々楽しくなってきて、つい無駄口を叩いてしまった。


「モマエラトチガッテツツマシインダヨ。イワセンナハズカシイ」


「慎ましい? 単に殴るより殴られるのが好きなMってだけやん!」


 弓子が突っ込む。


「ポッ」


「否定しないの!?」


「照れないでくださいませ。気持ち悪いですわ!」


 私もユエも突っ込んだ。


「しかも、盗賊系の癖に短剣じゃなくて斧だし……」


「オノノホウガカリガデカクテタクマシイダロ」


「黙って下さいませ、このど変態!」


 最強魔王を相手に、命賭けで無駄口を叩く、そのチープなスリルが堪らない。


 余裕ができた、とは言っても、勿論楽勝というわけではない。事実、私にしたところで、ほんの数瞬レジェンド・オブ・デス のリズムを見失えば、コランドのフォローが間に合わないほどの痛手を受けて死にかねないのだ。


 そして、私が死ねば、このメンツでは正面からレジェンド・オブ・デス を支えられはしないだろう。悪ければ即全滅、良くても皆が乱歩で飛んでパーティー崩壊だろう。


「みなさん、よくこの状況で喋れますね」


 呆れたようにコランドが言うが、指摘する時点で彼も同罪だ。そんなこと彼にも分かっているだろうから、敢えて乗ってきた、と言うべきだろう。


「じゃあ、いっちょ派手に決めてアゲルわ!……レッツ・ダンシング!」


 私は、調子に乗って踊り始めた。無論、最終奥義で止めを刺すためだ。


「え、それは……」


 コランドが口ごもる。私は無視して、レジェンド・オブ・デス の攻撃の切れ目を縫ってステップを挟む。


「ちょっと、それって」


 弓子も、私が何をしようとしているか気付いたようだ。


「アルティメット・ダンス!」


 私が最後のステップを刻み、最終奥義ワールドエンド・ソードダンスの準備が整う! しかし……。


「何ですの、これ? 動けませんわよ!?」


「チョッ、オマ、マヂカヨ!?」


 あ、しまった、パーティーメンバーが金縛りになるの忘れてた……。


 ユエの賄賂地獄が終わったせいで、取り巻きたちが一斉に私に襲いかかる。取り巻きたちはもともとユエの賄賂で魅了されていたため、私のダンスが効かなかったのだろう。コランドの聖域結界の効果は多少残っていたが、それもすぐに切れてしまった。奥義発動の準備でカウンターも不可能なため、レジェンド・オブ・デス と取り巻きたちの全ての攻撃が私に集中し、私は一瞬で瀕死の状況だ。


「ナナミン、飛んで!」


 コランドが叫ぶ。私は咄嗟に乱歩を使ってしまった。


「チュウチョナク㌧ダネ」


 ギルドチャットで届く薔薇雄の声が痛い。みずからの無謀で危機を招きながら、仲間を見捨てて一人で逃げてしまった。私が同じことをされたら、激怒するだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 私は必死で謝りながらも罵声を覚悟した。


「謝る暇があったらさっさと戻ってください!」


 コランドから飛んできたのは罵声ではなく前線に戻れとの指示だった。


「ア゛オー、モ゛ッドハゲシクー」


「薔薇雄は早漏だからいつ逝くかわからないわよ」


 弓子が下ネタ混じりに言う。私に代わって薔薇雄がレジェンド・オブ・デスを引き受けてくれているのだろう。私は乱歩ではなく、座標指定できる貴重なテレポアイテム、アポインテッドテレボを使った。


「アポで戻ってきたのはいい判断ですわね」


 賄賂をばら蒔きながらユエが言う。私はレジェンド・オブ・デス を引き受けている薔薇雄を見た。


「な、何よそれ……」


 あまりのことに、私は助けに入るより先に呻いてしまった。薔薇雄は、私のようにレジェンド・オブ・デス の攻撃を無効化することなく、真正面から攻撃に耐えているのだ。普通、ダストを含む盗賊職は素早い動きで華麗に敵の攻撃をかわすのだが、相手がレジェンド・オブ・デス ともなれば盗賊職の回避力でも攻撃をかわすのはかなり困難だ。それが、私がいなければ誰もパーティーを支えられない、と思っていた理由だったんだけど……。

 薔薇雄は、ほとんどどころか、ことごとく攻撃を喰らっている。貰っているダメージは決して少なくはなく、何とか耐えているのはコランドのフォローがあってこそだが、それでもレジェンド・オブ・デス相手であることを考えれば驚異的な防御力と体力である。


「ナナミン、感心してないで早く代わってください。流石にキツいです」


 コランドに促されて、私はレジェンド・オブ・デス に向かう。


「待って、まだ間に合うよね!?」


 弓子が叫ぶ。言われて思い出した。ダンスの効果がまだ残っている!


「そうね、コランド、薔薇雄、もう少し耐えて。魅せてあげるわ!」


「モレモイ゛グ、イ゛グ!」


「ワールドエンド・ソードダンス!」


 剣を縦横に振るいながら私は舞う。私の舞いにバックコーラスをつけるように、レジェンド・オブ・デス が可愛い悲鳴をあげる。しかし、全段叩き込んでも、レジェンド・オブ・デス はまだ息絶えはしなかった。そろそろ薔薇雄も限界、そう思った瞬間……。


復讐(アベンジ)!」


薔薇雄が、爆発した……ように見えた。そうか、ダストにはこれがあったのか。喰らったダメージを相手に返すゴミスキルだ。それでも私が戻るまでに相当の累積ダメージを貰っていたのだろう、薔薇雄が叩き出したダメージは、私のワールドエンド・ソードダンスより上だった。流石のレジェンド・オブ・デス も、遂に断末魔の叫びをあげた。


「美味しいとこ、持って行かれたわね」


「77リ」


「ナナミンが踊り出した時は冷やっとしたけど、結果オーライだったね!」


 弓子が明るく言う。


「金縛りになるなんて知りませんでしたわ」


 ユエは少し恨んでいそうだ。


「まぁ、使う人は滅多にいないでしょうし、知らなくても仕方ないですよね。僕も、初対面のときにやられて初めて知りましたしね」


「オカゲデイッパイデタヨ」


「何がですか!?」


「モチロン、xxxx、ゲフンゲフン」


 きっと、ダメージと言いたかったのだろう。私は無視した。


「さて、レアも出ませんでしたし、とりあえず戻りましょうか」


 言ってコランドが帰還の結界を張った。


***


「うおー、すげー! ほんとにレジェンド・オブ・デス に勝てた!」


 ゲーム内ではクールを装っているものの、俺は興奮して思わず叫んでしまった。今まで獲得していなかったレジェンド・オブ・デス 討伐のトロフィーを見ると、嬉しさが込み上げてくる。


「お兄、うるさい、キモい、黙れ」


 遊が毒づくが、その程度は俺の熱を冷ますことはできない。


『でも、ほんとに倒せるなんて思っていませんでした』


 しみじみと、俺はチャットを送る。


『最初から倒せると言っていたのに、僕のこと信じてなかったんですか?』


『そりゃ、ね。話半分に聞いていたわ。だって、レジェンド・オブ・デスよ? 確実に勝とうとするなら10人くらいのパーティーになると思っていたもの。それを、一次職込みのたった5人で倒せるなんて思わないじゃない』


『まあ、ユエの賄賂があるからね。実際には、あのとりまき倒すのがしんどいわけだし』


『確かに、とりまきいたら私では耐えられませんでしたね』


『ほーっほほ、解っているならよろしいのですわ』


 いくらかかったのか聞くのも考えるのも怖いが、あれだけ私財をなげうってくれるプレーヤーはまずいないだろう。


『でもほんとにごめんなさい。金縛りにした上に飛んじゃって』


 一応、改めて謝っておく。我ながらカッコ悪かったと思うからだ。


『いえ、あれは見事な判断でしたよ。あそこでナナミンが飛ばずに死んでしまったら、僕が蘇生させようとする間に全滅していたかも知れませんし』


『ダンスのおかげで、ワールドエンド・ソードダンスとアベンジを叩きこめて結果としては早く倒せたと思いますわ。お陰で私のお財布の負担は減りましたわね』


『薔薇雄にしても、見せ場があってよかったでしょ(笑)』


『マアネ。カイカンダタヨ』


 みんなフォローしてくれる。くそっ、こいつらなんかいい奴だな。


『てか、レジェンド・オブ・デス相手にダメージ低過ぎでしょ、薔薇雄。何よあの防御力? しかも、アベンジ型とか意味不明だわ』


 これ以上気を使ってフォローされるのも辛いので、話題を変える。


『まぁ、わたくしほどではないですが、育成は相当困難ですわね』


 ユエのいう通りだろう。それでも、薔薇雄のレベルは97である。恐ろしい執念だ。


『戦い方もマゾなら育成もマゾ。心底変態よね』


『ソノテイドノノノシラレカタヂャコウフンシナイヨ』


『まぁ、変態を詰って悦ばせるのも不毛ですわ。わたくし的にはナナミンのプレイスタイルが驚きですわ。スキルのショートカットキーを秒間八回も連打してるんですわよね?』


 ルナファン では、キーボードの任意のキーにスキルを割り当てることで、そのキーを押すだけでスキルを出せる。だから確かに、俺は秒間八回キーを叩いているのだが……。


『別に驚くことじゃないでしょ? ●橋名人は秒間16連打だよ!?』


『フルイッテ』


 弓子と薔薇雄のネタが分からない。二人とはジェネレーションギャップがありそうだ。


『一応、カウンター を二つのキーに仕込んで二本の指で連打したりしてますけどね』


『なるほど、それならなんとなくできそうですわね』


『連打するだけならなんとかなるでしょうけど、ナナミンは敵のスキル使用でタイミングをずらされてもきっちりカウンターをとりますからね。簡単には真似できませんよ』


『別に音ゲーみたいなものだよ……』


 誉められるのは嬉しいが少しこそばゆい。謙遜しようとして言ってみたが、音ゲーが得意なことをアピールしているように見えたかも知れない。


『何にしても、ギルド狩りなんて久々だったし、楽しかったよね!』


『そうですね。念願だったレジェンド・オブ・デス も狩れて、感慨もひとしおです』


『私も楽しかったわ、とても……。誘ってくれて、ありがとう』


 なるべくいい雰囲気のうちに抜けようと思って、俺は改めてお礼を言った。


『え、何それ? そんな最後みたいな言い方……』


『やっぱり、抜けてしまうんですか?』


『はい……元々そういう話でしたし』


『ェー、モットハァハァシヨーゼ』


『薔薇雄のこういうところが嫌なのなら、わたくしが黙らせますわよ?』


『シ、シドイ』


『別にそういうわけではないんだけど……』


 楽しく、居心地は良かったが、リアル男がいる以上油断はできない。前いたギルドの雰囲気も、カミングアウトまでは悪くなかった。コランドだって、今はいい奴だが、俺がネカマだとわかればどんな態度をとるかわかったものではないのだ。


『確かに、ナナミンは、一度共闘するだけで仲間になるわけではないと言っていましたし、僕もその条件でお誘いしましたから止める権利はないのですが……それでも、もう一度だけ、誘わせてください。ただの共闘ではなく、僕たちの仲間になりませんか?』


 これは困った。これだけ丁寧に誘われると、すげなく断るのも気が引ける。実際、断る理由も、コランドがネカマを差別するかも知れないという漠然とした不安だけだ。しかし、仮にコランドがネカマに寛容だとしても、一旦リアル女だと嘘をついた手前、バレた時に気まずいことに違いはない。


『すみせんが……』


 悪いとは思うのだが、やはり俺には無理だろう。


『勿論、無理にとは言わないけど、折角こうして楽しく遊べたんだから、理由くらい教えて欲しいかな』


 弓子が理由を求める。仕方がない、正直に話すか?


『えっと、私は、その、色々あって男の人が苦手なんです』


 嘘はついていない。こうしてトラウマを匂わせておけば、そう深くは追及できないはずだ。


『わかりますわ! 男なんてみんな下品で下劣で、最低ですものね!』


 ユエが力強く同意する。そこまで言われると男の俺としては複雑な気分だが。


『ここでいう男っていうのは、コランド? それとも薔薇雄?』


 弓子が問い詰めてくる。本当はコランドだけだが、名指しでコランドというのも気が引ける。


『どっちもです。薔薇雄がリアル女性と言うのは聞いているのですが、やっぱりそういう言葉使いはあまりいい気持ちはしないですし……』


『薔薇雄は止められるわよね?? 』


『うん。普通に喋れるよw』


 信念を持ったロールプレイだと思っていたのに、薔薇雄はいやにあっさりと半角カタカナを止めた。


『えぇ!? あれって、こだわりじゃなかったの!?』


『いやぁ、単に今朝から始めたネタだったんだけど、誰も突っ込んだりヤメロって言ってくれないから惰性でw』


『新しいギルメンが来たから張り切ったんでしょうけど、裏目に出ましたわね』


『あとはコランドかぁ。性転換でもする?』


 弓子がとんでもないことを言う。


『流石に無理でしょ!』


 思わず突っ込んでしまった。いくら俺でもそこまで言うつもりはない。


『ナナミンが入ってくれるなら、考えてもいいですけど……』


『えぇ!? 考えちゃうの!?』


 どこまで本気なのか、コランドが考え込む。


『切っちゃうのは勿体無いよw 男の娘でいいんじゃない?ww オフ会の時も女装してくる、それで完璧でしょ?www』


 薔薇雄もめちゃくちゃなことを言う。しかもオフ会なんて、冗談じゃない。


『何が完璧なのよ!? なんの解決にもなってないし、大体、オフ会ってなんの話よ!? 無理だわ!』


『オフ会かぁ。したことないけど、確かに女子会みたいで楽しいかもね。コランドの女装も楽しめるなら尚よしね』


 俺の異議を全く聞かずに、弓子が勝手に話を進める。


『ナナミン、このキモヲタ御用達萌え系MMO と言われるルナファン で、このギルドのリアル女率の高さは異常ですわよ? コランドも女装してくれると言ってますし、男嫌いの貴女やわたくしがギルド生活を楽しむのに、これほど相応しいギルドはきっと他にありませんわよ』


 ユエが正論で説得してくる。俺を含め、キモオタ御用達というのは事実だろう。ルナファンは自キャラやNPCも可愛いが、何より敵モンスターの大部分が擬人化萌え美少女化されており、しかも「オーバーキル」「クリティカルキル」という、敵モンスターの装備を破壊する如何にもキモヲタ向けなシステムが実装されているのだ。ネット某所の書き込みで見たところ、このゲームのリアル男女比は8対2だったから、確かに女性の方が多くなることは珍しいはずだが……。


『じゃあ、これからよろしくね!』


 有無を言わさぬ勢いで言い切る弓子に、反論する気力は俺にはなかった。


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