捜索
その後、他の仲間たちとどんな会話を交わしたのかよく覚えていないが、気が付くと、俺はゲームから落ち、何をするでもなくルナファンのタイトル画面を眺めていた。
「コランド……コランド……」
時折何となく名前を口にしてみると、その度に嗚咽が漏れた。
「お兄、もう寝るんだからキモい独り言やめてよ!……って、どうしたのお兄!? なに泣いてるのよ!?」
仕切りカーテンを開けて怒鳴り込んで来た遊が驚きの声をあげる。見たことのない兄の泣き顔を見たのであるから当然だろう。
「コランドが、コランドが死んだんだ……」
「はぁ? こらんどって、何? ゲームのキャラ??」
遊が見ているというのに、涙が止まらない。俺は頷いた。
「そんな、ストーリー上キャラが死ぬなんていくらでもあることでしょ? そりゃ、多少は悲しいかもしれないけど……」
「コランドは人間が動かすプレーヤーキャラだ。ストーリーの都合で死んだわけじゃない!」
俺はムキになって言い返した。
「はぁ? プレーヤーのキャラなんて、それこそ死んでもいくらでも生き返るんじゃないの?」
「キャラが消えたからもう生き返らないんだよ!」
「そんな、よくわからないけど、たかがゲームの話でしょ?」
声を荒げる俺に遊が困惑した顔をする。
「たかがゲームでも、もう二度とコランドと喋れないんだぞ? 俺にとって奴が実際に死んだのと一体何が違うんだよ!?」
「お兄……」
恐らく、俺の言っていることは遊には半分も伝わっていないだろうが、遊は俺の側に歩み寄って、俺の頭を抱いてくれた。遊の腹部に顔を埋め、俺はみっともなく泣いた。
「コランド……俺、多分あいつのこと、好きだったんだ……」
少し落ち着きを取り戻した俺は、何となくそう口にしていた。口にして初めて、俺は自分の気持ちに気付いた。俺の言葉に遊が俺の頭を突き放す。びっくりした俺に、遊は真剣な顔で言った。
「お兄、よくわからないけど、お兄はそのコランドっていうキャラを使っていた人のことが好きで、その人自身は死んでないんだよね?」
「ああ、関西に住んでるらしいってことしかわからないから連絡のとりようもないけど……」
「なら諦めないで探しなよ! 現実には生きてるなら、もう一度会える可能性はあるでしょ! それなら実際に死なれるよりも何万倍もマシでしょうが!」
「遊……」
確かにその通りだ。可能性は高くないだろうが、見つけられる可能性は0じゃない。
「頑張ってみなよ。女装でも何でも、応援するからさ」
「……そうだな。ネットで手掛かりを探すとか、出来そうなことはあるもんな。頑張ってみるよ。ありがとな」
「でも、その結果お兄がストーカーとして逮捕されたら、その時はまぢで兄妹の縁切るからね」
冗談めかして遊が言ったが、実際のところは笑いごとではない。一途な片思いに基づく調査行動とストーカー行為は紙一重だ。気をつけなければなるまい。
「兄妹でなくなるなら、遊を口説いてやるよ」
「全力で遠慮させてもらうわ」
遊が舌を出す。相変わらず可愛くないが、遊のおかげで「コランド」の死と冷静に向き合える気がした。
***
コランドがいなくなって暫くの間、俺はみんなに断った上でルナファンを休止した。ネット上でコランドの手掛かりを探すためだ。コランドが漏らしたごくわずかな情報、すなわち、コランドは関西に住む中学3年生であり、クラスメートが自殺しており、学校側はいじめの事実を否定しているという情報を元に、コランドの通う中学校を特定できるのではないかと考えたのだ。
コランドのクラスメートがいつ自殺したかははっきりとはわからないが、学校にいったら、いじめを行っていた奴らにいじめられる、との発言があったことから、今もコランドといじめっこは同じクラスなのではないか。つまり、その事件はコランドが中学3年生になってから起きたのではないかと推測できるのだ。そうだとすれば、自殺があったのは今年の4月以降の話ということになり、該当する事件の数はかなり少なくなる。
ネットで調べたところ、4月から今月(6月)までの間で、報道のあった中学生の自殺者は全国で5人だった。そのすべてで、自殺の原因は不明とされていた。
俺は何とか自殺のあった中学校にあたりをつけて、片っ端から電話をかけてみたのだが、学校側の反応は冷たかった。「部外者には答えられない」「いじめのあった事実は把握していない」のような形式的な応答であしらわれ、食い下がっても一方的に電話を切られるだけだった。
その後、ネットでいろいろと調べる中で、遺族が外聞を慮って自殺があった事実を隠すケースもあり、実際の自殺件数は報道される件数よりも多いことを知った。結局、俺にできたのはそこまでで、考えが甘かったというしかない。
ルナティックファンタジーの「コランド」というプレーヤーについてもファンサイトや掲示板などで調べてみたが、何ら情報を手に入れることはできなかった。コランドはルナファンの中でも友達は少なかったのだろう。ただ、「コランド」で検索していくと、「コランド」という言葉の意味は知ることができた。
恐らくは、日本語の鋼玉石を意味するフランス語だ。英語ではコランダムという。コランドで検索して一番にヒットするのは韓国車だが、こちらが由来ではないだろう。
鋼玉石はルビーやサファイアの原石で、加工の仕方によってルビーにもサファイアにも変わるらしい。赤と青、全く真逆の色の宝石であるのに、元は同じ鋼玉石だというのであるから驚きである。コランドは、男にも女にもなれるゲームの中の人生の比喩としてこの名を選んだのかも知れない。
調べものが一段落ついて、俺はルナファンに戻った。コランドが見つからなかったことをみんなに報告するためだ。
『そかぁ、まぁ、不可能だとは思ってたけど。ナナミンだけでも戻ってきてくれてよかったよww』
『そうですわね。でも、わたくしは、次にコランドに会うことがあれば言ってやりたいことがあるんですの。あなたがしたことは命を大切にする行為ではなく、自殺に他ならないって』
ユエの言葉は、コランドにとっては余りにも残酷だが、それでも真理に近い気がする。
『私も同感だわ。もちろん、戻ってきてくれるなら言う気はないけどね』
『まぁ、コランドのことは気長に待つとしてさ、折角おいらがマスターになったんだから、ギルド名変えたいなw 意味を知ると、このギルド名ちょっと悲しいしww』
『そうね。いつかコランドが戻ってきた時に元気になれるような明るい名前がいいわね』
『おいらに幾つか案があるよww』
『拝聴しますわ』
『ギルマスを讃えるべく、「雄奴隷」とか、「雄プレイ」とか、「どM魂」とかどう!?ww 』
『当然却下不許可ですわ!』
『薔薇雄の意見を聞いたのがバカだったわね。弓子なんかいい案ない?』
『うーん、こんなのはどうかな? その名も、そりすと!』
『ギルド名なのに?ww』
確かに、独奏者を意味するソリストは、ギルド名としてはいかにも不似合いだ。
『うん。私達ってさ、ほら、普段はソロ狩りメインだし、一緒に戦う時もソロの延長のような戦い方しか出来ないでしょ? コランドにしたところで、結界の張り方とかソロ狩りの延長みたいな動きだったし。そんなソリストな私達が楽しく遊べるギルドって、そんな思いを込めてみたんだけど!』
なるほど、言われて見れば俺たちには似合いかも知れない。
『その微妙に前を向こうとしている後ろ向き感は悪くないわね』
『でしょ!?(笑)』
『確かに悪くないですわね。でも、残念ですわ。「天才商人ユエユエとその下僕たち」、を提案しようと思っていましたのに』
『「悪徳商人ユエユエと善良な一般消費者たち」、なら別にいいよww』
『悪徳……あなたわたくしのことをそんな風に見ていたんですわね? よーく覚えておきますわ!』
『まぁまぁ、じゃあ、そりすと! に決まりで!』
これで、会話が途切れるのを気にする天使ともお別れだった。