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コランドの秘密

 父が学校に電話して確認したところ、夏休みまで学校に出席しなくても、夏休みの補講と課題提出をこなせば進級できるらしい。ただ、最低でも必要出席日数に足りない分の補講出席と、履修が必要とされる単元についての課題提出が求められるため、早く学校に出席すればするほど補講の量も課題の量も減るそうだ。夏休みまで出席しなければ必要な補講も課題の量もかなり膨大になり、現実的には進級は不可能ではないか、とのことだった。


 父と母は、かなりショックを受けているようではあったが、


「相談には乗るが、結局は自分で決めるしかないから、よく考えて自分でどうするか決めなさい」


 そう言って、特に説教をするでもなく俺を解放した。


「ねえ、お兄、今日はこうやって外に出られたんだからさ、頑張って学校も行きなよ。パパもママも、お兄を信じてるから何も言わないんだよ」


 遊の言葉が耳に痛い。俺は、分かっている、とだけ言って、自分の部屋に引きこもった。


 憂鬱な気分のまま、俺はルナファンにログインした。ギルド表示ではコランドとユエがいることになっているが、ユエは放置露店なのかも知れない。俺は何となくコランドに囁きを送った。


『コランド、いる?』


『ええ、いますよ。今日はお疲れさまでした。そして、ごめんなさい』


 コランドが謝る。今でも、コランドがあの美少女であったことが信じられない気分だが、こうして謝るからには、事実なのだろう。


『いや、こっちこそごめん。男だって黙ってて……軽蔑した?』


『いえ、僕たち、同類というか、共犯者ですよね(笑)』


 よかった、本音はどうであれ、表面上は友好的な関係を維持できそうだ。


『そうね、これからどうしよう? みんなコランドがナナミンでナナミンがコランドだと思ってるし……正直に言うべきなのかな?』


『僕はこのままでもいいと思っていますよ。ナナミンと共通の秘密を持てたのは、嬉しいですし』


 コランドは優しい。俺はなんだか、こいつとなら何でも話し合えるような、変な気分になっていた。


『ねぇ、コランドは引き籠っているの?』


『えっと、それは……平日の昼間にあれだけゲーム内で遭遇しているのに、隠しても意味ないですね。その通りです。まあ、引き籠りというよりは登校拒否ですけど。ナナミンもですか?』


『私は登校拒否を超越して絶賛引き籠り中よ。今日外へ出たのが2カ月ぶりだわ』


『あはは、あんなに可愛いのに、引き籠ってるんですね』


『いや、可愛いのはコランドでしょ。私はネカマなのに嘘ついていたのをみんなに許してもらうつもりで頑張って女装しただけだから。普段はださださの男のカッコだよ』


『僕だって、別に可愛くなんてないですよ』


『いやいや、あれだけ可愛いならどう考えてもリア充でしょ!』


『リア充なら登校拒否なんてしていませんよ』


『それもそうか……ねぇ、どうして登校拒否してるの?』


『言わないとだめですか?』


 しまった、調子に乗って深入りしすぎたか。


『いや、もちろん言いたくないならいいんだけどさ』


『……ひょっとしたら、僕は誰かに聞いてもらいたいのかも知れませんね。あまり気分のいい話ではないと思いますけど、それでもいいですか?』


『ええ。もちろん』


 そう答えたものの、一瞬後には俺は後悔していた。


『友達が、自殺したんです』


 思っていた以上にヘビーな話だ。俺は何も言えなかった。ただ面倒くさくて引き籠っている俺とは、理由の重さが違う。


『友達と言っても、本当はそれほど仲が良かったわけではなくて、ただのクラスメートの男の子だったんですが、そのクラスメートがクラスの中でいじめにあっていたんです。僕は、そういうのが許せなくて、いじめている子たちに止めるように言ったんです。


 そしたらそいつらは、「こんなキモい奴を庇うのかよ。お前らデキてるんだろ」と、汚い言葉で僕まで罵るようになりました。その男の子は、優しい子だったんでしょうね。自分だけでなく僕までいじめられるようになってしまったことに心を痛めていたようでした。そして、僕にごめんねとメッセージを残して、自宅のマンションから飛び降りたんです。


 誰も彼を助けてくれませんでした。僕は彼が死ぬ前から何度もいじめがあることを先生に訴えましたが、とり合ってもらえませんでした。先生たちは彼が死んだ後ですら、いじめはなかった、彼がおかしかっただけだと言い張ったんです。彼をいじめた奴らも、何事もなかったかのように楽しく毎日を過ごしています。死んでしまった彼は、生き返ることはありませんし、もう二度と笑うことも、何かを楽しむこともできないのに。


 僕が学校にいけば、奴らはまた僕をいじめるでしょう。僕はいじめに屈する気はありませんが、ただ相手をするのに疲れたんです。いじめをする奴らも、いじめを見て見ぬふりする大人たちも。僕と彼らとでは、言葉が通じないんです』


 コランドの紡ぐ苦悶の言葉を、俺はただ聞くことしかできなかった。こんな時に、コランドの望む救いの言葉をかけてやれるほどの知恵も、人生経験も、俺にはなかった。


『すみません、こんな暗い話に付き合わせて』


『私こそ、ごめん。何も言えないのに話せだなんて偉そうなこと言って……』


『いえ、聞いて貰えただけで気分が楽になりました』


『私には、あなたの登校拒否が正しいのかどうなのかはわからないけど、これだけは言えるわ。いじめをしていた奴らも、先生たちも、人間の屑だって』


『ありがとうございます。その言葉を聞けただけでも話した甲斐がありました。でも、少し疲れちゃいました。一旦落ちますね。また、8時頃繋ぎます』


『わかった。また後で』


 コランドが落ちた後も、俺はなんとなくぼーっと、コランドとのチャットのログを眺めていた。


***


『あ、ナナミン繋いでるじゃんww 今日はお疲れ様www』


 どれくらい時間が経ったかのか、気が付くと薔薇雄が繋いでいた。


『あ、お疲れ様。今日はごちそうさまでした。もう東京に着いたんですね』


 適当に返事を返す。


『あら、ナナミン繋いでいたんですの!? 声をかけてくれないなんて冷たいですわ』


 ユエだ。露店をしながら時々チャットに動きがあるかを確認しているのだろう。さっきまでコランドとの囁きしかしていなかったから、ユエが気付かなかったのも無理はない。


『いないのはコランドだけかぁ。珍しいわね!』


 弓子も繋いでいたらしい。


『それにしても、コランドの女装、可愛かったよねぇw 男の娘まぢ萌えるわww 犯したい!www』


『これこれ、未成年のいるところでそんながっついた様子は恥ずかしいよ(笑)』


 弓子が嗜める。


『いやぁ、だってああいう若くて可愛い男の子みると、職場の男とかまぢでどうでもよくなるわww』


『気持ちはわからないでもないけどね(笑) ナナミンはどう思う?』


『えっ!? わ、私!? それは、その、普通の男よりは、悪くないと思うけど……』


 俺はどきどきしながらも適当に答えた。なんだ女装の俺、大人気じゃないか!?


『確かに、思ったよりも悪くはありませんでしたわね』


 ユエも同意する。しかし……。


『でもわたくしは断然ナナミンloveですわ!』


 ユエが俺だけに囁いてきた。ああ、俺も同感だ! そう答えたい気持ちをぐっと堪え、無難にお礼だけ返しておいた。


『さて、コランド来たら早速タワー・オブ・デスだね。ネットで攻略した人のブログ見てたんだけど、「60階に行けば受付嬢の言っていた絶望の意味がわかります。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、この絶望を是非仲間たちと一緒に味わってください」とか書いてたよ!』


『おぉー、どんな風に絶望するのか、どきどきするねww』


『ほんと、昨日の興奮が甦ってきますわ。ナナミン、今日も期待していますわよ』


『ええ、僕も期待しています。もちろん、ユエの賄賂にも、弓子の罠にも、薔薇雄のマゾヒズムにも!』


『おー、コランド来たー!』


 俺は時計を見た。ジャスト8時だ。


『ちょっとまて、おいらのマゾヒズムってなんだーww』


 薔薇雄がいじられて少し嬉しそうだ。


『じゃあ、張りきってタワー・オブ・デスの攻略いこっか!』


『ええ、そうしましょう」


 俺がそう答えると、みんな少し沈黙した。何があったのか訝っていると、コランドから囁きがきた。


『あの、薔薇雄と弓子からの個人的なお誘いがすごいんですが……』


 なるほど、そういうことか。しかし、薔薇雄のみならず弓子からも誘いがくるとは……あの女装子は俺だとカミングアウトしたい誘惑に駆られてしまう。


『私の所にもさっき、ユエからのラブコールがあったよ……』


『あ、こっちにもユエからきました! 』


『ユエの奴、両刀使いか!』


『 あはは(笑) でも、僕たち二人とも、もてもてですね!』


『だね、リア充みたいだ。個人的には、あの場で言ったとおり「ナナミン」が一番好みだったんだけどね』


 思い切って言ってみる。しかし、コランドからの返事は鈍かった。


『……ありがとうございます』


 少し間を置いてそう返事がきただけだ。


 仕方なく、俺は一人で先にタワー・オブ・デスの前まで移動した。


『私はもう塔で待機してるよ』


『ごめんごめん、すぐ行くよ!』


『わたくしも、すぐ行きますわ』


 それから5分ほどで、みんなが塔に集まってきた。何かみんながちぐはぐな感じで、俺はなんとなく嫌な予感を感じながらも、ナナミンに意識を集中した。


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